会員公開講座 小山薫堂さん「幸せの企画術」

2016年05月13日

2016年1月29日、恵比寿スタジオにて今年最初の会員公開講座が開かれました。今回は放送作家の他、アカデミー賞を受賞した『おくりびと』の脚本や熊本県のご当地キャラクター「くまモン」のプロデュースなど、マルチな活動を行っている小山薫堂さんに「幸せの企画術」をテーマに講演をしていただきました。

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幸せの質・量を常に大切にしている小山さんが仕事をするとき、自らに問うていることとして、「その仕事は新しいか、その仕事は楽しいか、その仕事は誰かを幸せにするか」というお話から講演は始まりました。

放送作家をしていた小山さんがプロデューサーとしての仕事も手掛けることになったきっかけは、自身の会社の近所にあるお弁当屋さんでつくってもらった自分の好きなものだけを詰めたお弁当がそのお店の人気商品になった経験でした。遊び感覚でしてみたことが身近な人の喜びにつながったことが小さな手応えになり、そのお弁当屋さんの商品企画を行うようになっていったそうです。

このように、小山さんはすべての価値の根幹には「感情移入」、何かに対する思い入れがあり、自分の45歳の誕生日に会社のスタッフからもらったプレゼントを例に出し、企画するということは「バースデープレゼント」をすることと同じであると述べられました。会社のスタッフたちは、当時筆をほしがっていた小山さんを喜ばせるために手づくりにこだわる筆職人の姿を撮った映像を見てもらった後に、その職人が制作した筆をプレゼントするというアイデアを考えました。小山さんはただ筆をもらう以上にその筆に価値を感じたとのことでした(その映像の内容が実はジョークだったのですが)。送る側も懸命に受け取る人のために考えることでプレゼントすることに感情移入し、受け取る側もその過程に感情移入することでプレゼントにより多くの価値を感じるとのことでした。

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バースデープレゼントの例のように、小山さんの会社では企画の練習として「サプライズ」がしばしば会社の中で行われています。普段スーツを着ようとしない小山さんの会社の副社長へは、スーツを着せるために、架空のブランド「CHALIE VICE」(「チャラい副社長」の意味)をつくり、会社外の人々も巻き込んでモデルに仕立てたとのことでした。このサプライズの後、小山さんは「CHALIE VICE」という架空のブランドのロゴが入ったバッグをつくり、あたかも自明のブランドかのようにして知り合いの人々に配ったそうです。こうして「CHALIE VICE」という架空の人物像が小山さんの周りで共有され、チャーリーの友人たち(架空の「CHALIE VICE」の人物像に共感する人たち)が商品をつくったことで、「CHALIE VICE」というこれまでにはないブランドが現実に生まれたのでした。小山さんは「CHALIE VICE」という新しい価値が生まれたのは「共感」がポイントであったと述べられました。

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新たな価値を作り出すためのもう一つのポイントとして、小山さんは「視点」を変えることを挙げます。「パンコさん」という元秘書へのサプライズとして、街中のハンコ屋の看板の「ハ」の文字の右上に輪(◯)を置いて、「パンコ」にした映像をプレゼントしたことで、街中にハンコ屋の看板を見つけると何だか嬉しくなるという話を例にしました。小山さんはこうした「気づき」が視点を変化させるだけで、何でもないものにも価値が生まれることを紹介しました。

「共感」をつくり出し、「視点」を変化させるという考えは、小山さんがプロデュースした熊本県の観光事業である「くまもとサプライズ」にも見ることができます。地域の人にとっても、観光客にとっても、飾りたてられたように感じるそれまでの観光の在り方に対して、小山さんは熊本の人自身に熊本の魅力を探して「気づき」の経験をしてもらい、その魅力を観光客の人たちに「共感」してもらうという観光の在り方を提案しました。ゆるキャラとして全国的に有名になった「くまモン」もまたそうした観光提案の一環であり、地域のイベントへの重点的な出演など、まず熊本の人々に共有されるような内に向けたキャラクターづくりを行われました。熊本の人々の支持を基盤として外に向けて発信されており、くまモンは熊本の産業のアイコンであるだけでなく、観光の在り方を表象しても言えます。こうした観光に対する考え方は、観光ビデオづくりにも見られ、制作された『くまもとで、まってる。』は特産品や観光名所を紹介するのではなく、熊本に暮らす一般の人々の姿を写すことで、熊本の人やものに「感情移入」してもらえることを意図したものになっています。さらに、続編では前作で登場する人々のその後を写すことで、より「共感」を得ることができるようになっています。

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視点を変えるだけで価値を与える他の試みとして、小山さんはこれから広めようとしているという「湯道」を紹介されました。自らおかしみのある話であることを示唆する一方で、日常で誰もがしているお風呂に入る行為から、大量の水を使っていることへの感謝の心や、同じお風呂を使うことで生まれる他人への思いやりの心など、多くのことを学ぶことができると小山さんは考えています。湯に入ることに、「道」という価値の枠組みを与えることで感謝の心を育み、慮る力を磨くことができると提案しています。さらに、小山さんは「茶道」が茶碗などの工芸品に付加価値を与えているように、「湯道」が人々に共有されることは、お風呂に入るためのより付加価値のついた工芸品が新たに生まれることにつながり、日本の伝統工芸を応援することにも貢献できると述べました。

最後に小山さんは、企画をすることとはヒット商品をつくることではなく、究極の企画は自分の人生を楽しくすることであると述べて講演を締めくくりました。自身のこととして主体的に考えるために必要な「感情移入」、それを行動に移す方法としての「サプライズ」、行動に移す際に意識すべきポイントとしての「共感」と「視点」。たくさんのユーモアに富んだ例が織り交ぜられており、新しくて楽しく、また誰かを幸せにする仕事をすることを常に意識しているという、小山さんらしい聴き応えのある素晴らしい講演でした。

泉勇佑