子ども建築塾2020年度 第10回「透明ないえ」発表会 前編
4月に入りすでにみんなが一様に進級して間もないその日は、暦にしてはやや早い暖気に包まれました。時折陽光が眩しいほどの、窓がすべて開け放たれた恵比寿スタジオ。都心の真ん中で、まるで屋外にいるかのようなさわやかな空気が嬉しく感じられます。
例年この時期の発表会は一年の集大成として、改まった外部会場で行うことが慣例ですが、慣れ親しんだスタジオでご家族に見守られこじんまりとあたたかな輪の中の開催となりました。(後に子どもたちに聞いたところむしろ緊張せずにかえって良かったとも。)
異例の幕開けとなった昨年。上半期は休講とし、やや状況が落ち着いた秋口から半期の開講です。例年、前後期二期編成のカリキュラムのうち、前期の課題にあたる「いえ」をテーマとした課題「透明ないえ」。さまざまな制約を受けながらも気持ちを切らさず向き合った半年間。途中、休講期間も経てそれぞれが辿り着いたいま、その作品に何が見えるでしょうか。さながらミニ作品集のようなスケッチや模型写真が並ぶ冊子を片手に、一枚ずつめくりながら目の前の模型と子どもたちの声に耳を澄ませます。
【Aグループ】久枝 ミウエンさん 「THE OPEN RESTING TREE」
垂直に伸びゆく木の骨組みの力強さと、まとう布や花々の柔らかさがバランスする作品。
2層目に掛けられている透明な布のようなものについて「さらに開けると究極の透明になるのがいい」とアストリッドさん。
塾生として3年目となるこれまでの経緯も踏まえ、得意としてきた「造形力、独創性」からさらに進化し、今回のテーマでは「空間を見つけられたのでは」と式地さん。
「スケッチが素晴らしい。構成がしっかりしてて建築としてきちっとできてさすが。」と実績も含め伊東さんも総括しました。
壁一面に瞬く惜しみない光のプリズムが、街の毎日に華やぎをもたらしてくれる作品。
「近くにこのようなステンドグラスがあったら、毎日そこに色が映っていいな~」とご近所さんの眼差しで羨むアストリッドさん。「まるでパリの『サント・シャぺル』のよう。色が透けて入ってくるのが想像できる。」と太田さんも眩い光に満たされている様子。伊東さんは当初のスケッチに対し「建築家が描くような描き方で素晴らしい。」と評価しました。
色鮮やかな空間がそれぞれのサークルに「ぎゅっ」と詰め込まれ、まるで瀟洒(しょうしゃ)な詰め合わせギフトのような作品。
「それぞれのサークルでそれぞれの透明が実現され、またどれもカラフルで個性的。一つ一つ丁寧でいろいろな体験ができて楽しい。」と嬉しそうなアストリッドさん。
「自分がその中にいるよう。周りをグルグル歩いているようでもあって、自分の気持ちで作っているところが非常にいい」と伊東さんも評価。
「そこにいるということ」
太田さんもこのグループの作品はみんな「そこにいることがありありと想像できている」と振り返りました。
模型を制作する上でのポイントの一つに「スケール」という点があります。小学校の授業などではあまり扱わない視点でしょう。当塾ではこれまでいろいろなスケールを試してきましたが、最近のいえの課題では1/30スケールに落ち着いています。子どもたちがより現実的に模型をとらえやすくするのが狙いです。
また、模型制作は自身の写真をもとに「自分」の模型(添景)をつくることからはじめます。家で過ごすさまざまなポーズ(例えば、本を読んだり寝転がる姿)を撮り、さらにお友達の写真なども加えることでよりリアルなイメージを作り上げていきます。
外形のバランスは視覚的に比較的とらえやすいものの、内部空間の広がりを想像できるか、自分がそこにいる感覚を得ているかどうかは、作品の共感にもつながる大切なポイントではないでしょうか。
【Bグループ】新城 夏萌さん 「#gradation world」
花弁の一枚一枚を形どったいくつもの部屋。そのどれもが違う花の香りに満たされているような芳しい作品。
「分析的でプレゼンも圧巻」と洒落も交え余裕をも感じさせる発表に太田さんはのけぞります。「一枚一枚の花弁がとても丁寧につくられている。」と伊東さんは納得の様子。また手元に配布された冊子に目をとめ「最初のイメージがすごく綺麗だね。」といたく感嘆しました。そこにはみんなが初期に描いたスケッチが載っています。
「スケッチと模型」
半年程前に描かれた初期のスケッチ、目の前の模型、プレゼンボードの最終スケッチを見比べ、「家にしようとするといろいろ考えてしまうけど…」と、この作品に限らず制作全般の過程について伊東さんは考えを巡らせます。
イメージ通りつくることができなかった、と本人も漏らした模型のある部分に、伊東さんも同様の違和感を感じたように、スケッチで表現することができても、模型の表現として至ることができないということは多々あります。
制約なく奔放に描くことができる「絵」という表現と、実在感をともなう「模型」。
どのようにしたらイメージのありのまま、もしくはそれを越える模型表現にかえられるのか。これから発表会後半でも度々この問いが繰り返されます。
ライト サラさん「COLORFUL TRIANGLE HOUSE」
思わず駆け回りたくなるような色とりどりの柱に囲まれたピロティ、かくれんぼにハラハラするテラス、遊び心が放たれた作品。
2階にある流線形の形をした「ハートのようなグニャグニャな部屋」について、「ふにゃふにゃ〜としたかたちがいい。」と伊東さんは元気をもらいます。「何がやりたいのかはっきしてていい。素敵!」とアストリッドさんも魅了されてた様子。
「色が重なっていてイマジネーションが沸く写真がとても綺麗。」とタイトルの通りの色のセンスの良さを太田さんも称えました。
「湯気という変わりゆく透明」「湯気が屋根がわり」という神秘的な短編小説を紐解くようなその先には、温かいお風呂が待っているという話題作。
一見して全体像がつかみづらい魅惑的な模型を太田さんは入念に読み解き「内部と外部、3つのお風呂すべての場所がきちんと考えられている。地面周りもきちんと場所をつくったところがよくできている要因」と大いに構成力を評価しました。「透明なような透明でないような…。時間とともに変わる。」というアイデアの素晴らしさにも伊東さんは触れました。
【Cグループ】山田 あおいさん 「Shining balloon パーク」
「カラフルスリーピー」「虹色マイホーム」と弾けるようなネーミングがつけられたまゆ玉のような空間に毎日が心躍る私のいえ。
「外からどう見えるか」全体像を彫刻的にアプローチした点がよかったと、制作過程を改めて振り返りながらアストリッドさんはうなずきます。「スケール、透明度のちがうものの折り重なりがいい」とそのバランス感覚の良さを指摘する伊東さん。球体の閉じがちな求心力を解体するため、開こうと努力し続けた姿勢にとても感心したと式地さんは語りました。
大きな木陰の下、思い思いのプライベートなひと時を味わえるような、ちょと贅沢なおうち時間が過ごせるいえ。
全体を軽やかに包むネット状の覆いにみな注目を寄せました。伊東さんは自身の作品である『ぎふメディアコスモス』を例に挙げ、「それは『大きな家と小さな家』というコンセプトで、大きな家に入ったときはまだ外と中の中間にいる感じで、小さい家に入ってはじめて中に入った感じ。その違いをだしたくて2段階にした」と紹介しました。まさにこの作品に通じるところです。アストリッドさんもいわゆる「小さい家」について、独りぼっちの場所でも「近くに他の人もいる安心感があり、それは透明ないえにとても必要」と相互の意味を確認しました。
ポッカリと開かれた天井には空があり夜景が覗きます。大らかに切り取られた円形の空間には広さ以上の広がりがある作品。
「それぞれちがった空間を感じるものがはっきり分かれているところがいい。」と断言する伊東さん。健人くんにとって大事なポイントであるお風呂に「どうやったら気持ちよく入れるのか」試行錯誤を繰り返した過程にアストリッドさんは非常に感心しました。なかなかうまくいかないながらも「どうやったら気持ちよくなるのか考えることは、何をつくるのにもすごく大事」と強調します。自分の思い描くものをかたちにするための粘り強い姿勢がこのグループの特徴だと式地さんも敬意を表しました。
先に述べた「そこにいる」感覚を持ちつつ、より自分の思い描くものに近づくにはどうすればよいか。自らに耳を傾けることは大人より得意でしょう。ただ、ものをつくる際に回路が混線し、優先順位を見失うケースもあります。どのようにしたら気持ち良くいられるか、どのようにしたら楽しめるか。子どもたちの傍らで伴走する学生、助手、講師もともに奮闘しています。
助手 柴田淑子