会員公開講座 関戸沙里さん、近藤奈々子さん「変わる大三島、地方移住者の報告」

2021年07月09日

2021年4月26日、コロナ禍により延期されていた2020年度第6回目公開講座が開催されました。今回の講座は、本塾が2011年以来行ってきた愛媛県今治市に位置する大三島での活動報告を主旨としています。島の状況を長年追ってきたメンバーとして、みんなの家スタッフとして活躍されてきた関戸沙里さん、神奈川県三浦郡葉山町の事務所と大三島を行き来しつつ島での各種プロジェクトに携わって来られた近藤奈々子さんを講師に迎えての講座となりました。

[関戸さん] 大三島みんなの家のスタッフになる

ことの発端は、2014年にしまなみ海道をめぐる旅行をした際に、大三島を初めて訪れたことでした。当時は、関戸さんが、2011年東日本大震災をきっかけに地方移住を考え始めていた頃。《今治市伊東豊雄ミュージアム》(設計=伊東豊雄、2011)で大三島へ移住した方々にまつわる展覧会と出会い、「移住についてもっと真剣に考えていきたい!」と2016年伊東塾の門を叩きました。そうして、翌年には、仕事の関係で首都圏を離れられなかった旦那さんを残し、単身大三島へ渡り、みんなの家スタッフとして勤務を開始されました(旦那さんも無事に後ほど合流されました)。

[関戸さん] みんなの家の運営に全力を注ぐ

「大三島は本当に自然!自然!こんな魅力的な場所で、人々を繋ぎ、活気を取り戻したい」と語る関戸さんは、試行錯誤を繰り返しながら、熱心にみんなの家を運営してきました。運営上の課題は、運営資金を確保すること。しかしながら、カフェだけで利益を生むことはなかなか容易ではありません。このような状況を鑑みて、伊東塾プロジェクトに興味を持った人・建築学科の学生・移住者など島外からの人口を当面のターゲットに据えてマーケティングを行ってきました。

大山祇神社参道に人流と活気を取り戻すプロジェクトの一環として、来訪者が気軽に立ち寄れるカフェとしての場所づくりを進め、島の魅力を発信しつつ利潤を得ることができる大三島の食材・加工食品の通信販売を始めました

2016年5月にみんなの家がオープンしてから、人口流入や周辺環境に変化が起き始めました。神社周辺では、居酒屋・地ビールバー・猪骨ラーメン店・洋菓子店などがオープンしたほか、島の反対側でも、移住者を中心とした飲食店等のビジネスが始まりました。さらに、みんなの家を訪れた家族が、大三島への移住を決断してくれた場面もありました。

みんなの家でも、参道へマーケット出店・貸切誕生日会の企画運営・島の住人を先生に招くワークショップ・島のおじいちゃんおばあちゃんたちとワインを楽しむ会など、島内外の人々をつなぐ活動を積極的に企画してきました。「みんなの家は、近隣島民・帰省した人・島に来るたびに立ち寄る人々が集う場所だった」と関戸さんがおっしゃる通り、2021年3月に開催されたファイナルマルシェには、多くの方々が集まり、それぞれのみんなの家への思いを共有することができたそうです。今後のみんなの家は、大三島みんなのワイナリーのワイン販売所として、人々を繋ぎ続けていきます。

 

[近藤さん] 大三島を行き来して建築を作る

近藤さんと大三島との関わりは13年程になります。大学卒業後、伊東豊雄建築設計事務所で12年勤務していた間に《岩田健 母と子のミュージアム》(設計=伊東豊雄、2011)プロジェクトを担当し、退所後は伊東建築塾メンバーとして《大三島憩の家》(設計=伊東建築塾+吉岡寛之 木平岳彦 近藤奈々子、2018)を担当されています。時には年に1/3もの日数大三島に通っていたという近藤さんは、大三島で建築を作ることの魅力として、以下の3点を挙げました。

  • 自然をすぐ隣にしながらものづくりができる
  • 自然の素材を再考できる
  • 立場を超えて横並びでつくる

《大三島憩の家》プロジェクトでは、大三島町立宗方小学校の1985年閉校後宿として利用されてきた既存建築をさらに快適な場所にするために、今治市地方創生交付金を活用して、建物の老朽耐震化対策・客室の洋室化・展望風呂の設置などのリノベーションを行いました。このプロジェクトでは、”作り方”に工夫があります。元請けから下請けへと指示が流れる一般的な施工体系とは異なり、施主が施工メンバーと直接コミュニケーションを取る個別発注形式とすることで、伊東建築塾設計チームの設計監理のもと、発注者・設計者・施工者が横並びで常に連携できる体系が構築されました。非常に手間と労力のかかる施工方法ではありましたが、その分、お互いの作業をスムーズに共有してフレキシブルな現場対応が可能となりました。

さらに、《大三島 素泊り茶房 トマリギ》(設計=木平岳彦+近藤奈々子、2019)でも、一社請負工事とせず、関わる業者さん達が横並びで工事を行う分離発注を採用することで、仲介料の発生範囲を抑えつつ、施主の思いを汲んだベストな施工を追求しました。これらのプロジェクトで採用された風通しの良い横並びの工事体系によって、島の建築材を用いて島民の方々も交えつつ施工することが可能になったそうです。各人にとって思い入れのある建物として、完成後は地域のイベントや飲み会の場として利用されるなど、住民の方々に愛される場所となりました。

このような活動で得られた建築設計の経験や考えは、近藤さんご自身の事務所の運営形態にも活かされています。設計者・左官職人・大工が協働し土地探しから設計・施工までを担う「株式会社 Same Picture Company」を立ち上げ、建物の始まりから使い続けていくところまでサポートする活動へと繋がったのです。

[近藤さん] 今後、どのように大三島とかかわっていくか

2011年以来、大三島の人流と活気を取り戻すことを目標として、伊東建築塾は地域の方々とともに様々な活動を行ってきました。愛媛県内の移住者の内訳を見てみると、今治市が2018年度は479人(毎日新聞調べ)と最多数を誇り、2017年度の大三島における地域おこし協力隊の定住率に至っては驚異の110%(大三島調べ)。本塾の活動と関係した移住人口も30人弱にのぼり、これまでの活動によって多少なりとも貢献できているのでは、という確かな手答えも感じつつあります。

さらに、みんなの家のオープンを契機として、8-9の店舗が開店しました。みんなの家は、小学生達が「じゃああそこに集合ね!」といいあえる目印となり、近所の方が料理のお裾分けを持参したり困った人が相談に訪れたりする場所にもなりました。また、島内の人々だけでなく、移住したい人・多集落の人々・近隣の島の人・海外から来た人など、多様な人々をつなぐポイントとしても機能しています。

一方で、「古くから島内で生活してきた人々は、実はあまりみんなの家に来ていない?」という反省の声も上がっているのが現状です。合わせて、運営資金の確保をどうするか、という点など困難は多々あります。今後は、みんなの家をどうやって活用していくべきか、通い続けながら考えていくそうです。「しつこく関わり続けることが大切だと思っている」という力強い言葉が大変印象的でした。

講演の後には、講座の参加者を交えつつ、今後のみんなの家の運営・活用方法を話題の中心としたディスカッションが行われました。当塾の大三島における活動が始まって10年が経過したことに加え、現在、コロナ禍で人々のライフスタイルが変容しつつあります。今回の公開講座は、このような状況を踏まえつつ、当塾と島との関わり方を改めて議論する良い契機となりました。

岩永 薫