会員公開講座 串田和美さん「演劇って何だろう」

2022年05月27日

2021年12月25日、小劇場演劇第1世代の旗手として演劇に関する多方面でご活躍されてきた串田和美さんをお迎えし、本年度5回目の公開講座が開催されました。串田さんは、ご有志の方々と共に1966年に劇団自由劇場(後にオンシアター自由劇場と改名)を結成され、演出を手掛けられた「上海バンスキング」など数々のヒット作を生み出してこられました。さらに、1985年にBunkamuraシアターコクーンの芸術監督に就任して設計段階から同劇場立ち上げに関わられたほか、2003年にはまつもと市民芸術館館長兼芸術監督(2021年4月から総監督)に就任され、文化芸術が賑わいをもたらすまちづくりに尽力してこられました。

普段なら講師の方が登壇されている状態で始まる本塾公開講座ですが、今回は一味違います。開始時間になると、茶色のお面を被り太鼓を抱えて後方から颯爽と現れた串田さんは、まず、とある漁師夫婦に起きた不思議な出来事の語り手として、時には歌いながら、時には太鼓を鳴らしながら、迫力のある一人芝居をご披露くださいました。場が和んだところで講座の開始です。今回の講座では、串田さんが携わってこられた活動をお伺いし、串田さんご自身も常に自問自答してきた「演劇って何だろう」というテーマについて会場の皆さんと共に考えました。

1960年代、小劇場演劇ムーブメントを牽引
串田さんの実践は、まさに「演劇って何だろう」という問いを起点に始まりました。1960年代、当時アングラと呼ばれた小劇場を舞台に、西洋的な従来の演劇とは異なる演劇の試みが自然発生的に始まります。串田さんご自身も、六本木通りに面する小さなガラス屋の地下に作った劇場を拠点として芝居を始めました。

この演劇空間は、当時の演劇の既成概念とは何かもが違いました。観客がすしづめとなった小さな空間には、演者と観客との距離がとても近く、互いの息遣いを感じ目線を捉え合える一体感がありました。あまりにも狭く楽屋もないため、血だらけになる演目の際には、路地に出てペイントを落としている際に警察が駆けつけたこともあるのだそう。このような経験を通して、串田さんは「演劇もこういうところでできるんだ、芝居という活動の幅はこんなに広いんだ!」と、演劇の懐の広さを実感されました。

Bunkamuraシアターコクーンに反映された演劇観
「『演劇ってなんだろう』と考え続けることは常に創作の源だった」と語る串田さんが、演劇が実践される空間づくりに一から携わられたお仕事が、Bunkamuraシアターコクーンの立ち上げです。東京都・石本建築事務所の責任者たちと開業までの4年間議論を重ね、それぞれの立場からより良い演劇空間のあり方を突き詰めました。議論の際に串田さんが特に意識されていた点は、「演劇作品の見せ方を工夫できる動線や設備」と、「劇場に居合わせた人たちが暖かな一体感を感じる空間づくり」です。そうして、大きな搬入口を劇場の中心軸上に設け渋谷の街との繋がりを演出し、客席と舞台との高低差を反転できる仕掛けを備えた一体感のあるコンパクトな空間を実現しました。

地方と演劇
串田さんが模索してこられた「演者と観客との一体感」を実現する上でカギとなったのは、「両者の物理的な近さ」だけではありませんでした。地方を巡業するうちに、串田さんは「その土地で生活し生きている人々が、生活の延長線上で演劇を見たいと思い、見終わった後に皆で団欒できるような場所をなんとか作れないだろうか」というイメージを持ち始めます。そうして、「観客の生活に入り込む」ことで演者と観客との一体感を実現する試みが、長野県松本市で始まりました。特に、本塾との関わりが深かった出来事に、まつもと市民芸術館の設立があります。まつもと市民芸術館館長兼芸術監督として、伊東豊雄塾長や近隣住民の方々と共に、松本市の芸術拠点にふさわしい施設のあり方を追求しました。住民の方々は当初案に強く反対を示すほど本プロジェクトに関心を寄せており、明確に意見を表明してくださったことが印象的だったそうです。

演劇とは
串田さんは「“演劇”が特定のものとして定義されることで、”演劇”の奥深さや豊かさが失われてしまうのでは」と問いかけます。
例えば、英語の“theatre”という言葉は、演劇が繰り広げられる場所“劇場”を示すことも、“劇”そのものを示すこともあります。また、日本語の“芝居”も、興行の際に設けられた芝生の見物席を“芝居”と呼び始めたのをきっかけに、演じられる演劇自体を“芝居”というようになったと言われています。ここから、串田さんは、「“theatre”=“演劇”には、観客・演者・作品を支える多様な人々が賑わいを生み出す行為と、それが行われる空間、全てを含むニュアンスがある」と解釈されています。

だからこそ、「“演劇”は、生活の中にもあり、道端で起こることもある。そして、経済的な側面や興行規模など現実的要素ではなく、その時々の状況・価値観・居合わせた個々人の思い等によって、演劇・劇場それぞれに固有の価値があるという信念を持っている」という力強い言葉で講座は締めくくられました。

岩永 薫