会員公開講座 名和晃平さん「アートって何だろう」
4月16日、彫刻家の名和晃平さんをお招きし、本年度最初の公開講座が開催されました。名和さんは、彫刻家として様々な素材や技術を駆使した表現を生み出すかたわら、自身の主催するスタジオ「Sandwich Inc.」を拠点に、建築や舞台美術など様々なプロジェクトを手掛けています。
今回の講座では、これまでの名和さんの活動とインスピレーションの源を振り返りつつ、近年の創作活動についてお話を伺いました。
生命と情報について考えた代表作「PixCell」
名和さんが現代美術を志す契機となった出来事は、1998-1999年のイギリス・ロンドンへの留学です。当時、バックパッカーとしてヨーロッパを旅した名和さんは、ヨーロッパ・アジア・アメリカと緩やかに繋がる現代美術の潮流にインスパイアされ、日本帰国と同時に行動を起こしました。
名和さんが着目したのは、当時一般家庭でも普及し始めていた、インターネットです。Macとネット環境を準備し、画面上に表示された、ヤフーオークションに出品されていた動物の剥製に目をつけました。「生き物が剥製化されて、それがデジタル画面上にある」という、モノのフォーマットの変化に面白みを見出した名和さんは、「様々なモノを透明な球体を用いてピクセル化=情報化することでフォーマットを変更する」という作品群「PixCell」のコンセプトの着想に至りました。
以来、「PixCell」は20年以上にわたる長期プロジェクトとなります。最近の作品では、情報の窓口として象徴的な“カメラ”をモチーフにしたものがあります。また、ロンドン留学中に撮影したスイス・ドルナッハのシュタイナー建築の写真群をピクセル化した作品では、アナログフィルムからデジタルへとテクノロジーによってフォーマットが移行してきた写真の面白さに注目しました。こうして、名和さんは「あらゆるものが情報化されていく世界や、生命と情報、宇宙と生命、といったテーマを考え続けてきた」のだそうです
集合とエネルギーの表現
光の殻で覆われた「PixCell」が“映像の細胞”の集合体であったように、小さなセルの積み重ねで生まれる大きなヴォリュームを、泡のインスタレーション「Foam」(2013年、あいちトリエンナーレ)で表現しました。また、「Fauna」(2013年、犬島–家プロジェクト 「F邸」)では、水滴が集合し繋がりあって鹿や少年といった物体が現れる様を立体化しました。
一方、「Flora」(2013年、犬島–家プロジェクト「F邸」)では、重力に反して伸び上がる生命の姿を象徴的に表現することで、生命と重力との関係を考えました。平面作品の「Direction」(2011年~)では、絵の具をキャンバスの上から垂らす手法により重力が描く線を作品にし、「Force」(2015年~)では、途切れることなく細く流れ続けるシリコンオイルを用いて重力線を可視化しました。
また、インク入りのタンクやキャンバスの動きで描くペインティング「Moment」(2014年~)では、移動する瞬間を連続的に捉えることで運動の力学を現出させています。同様のコンセプトは、カメラを用いて、高速で移動している状態での撮影により移動する粒子を焼き付けた作品にも生かされています。
名和さんは、ある特定の力だけでなく、“エネルギー”のコンセプトそのものを彫刻で表す試みもなさっています。例えば、「Biota」(2013年、犬島–家プロジェクト「F邸」)は、中心に向かって働く急激な引力によって、あるいは中心で起こったビックバンによって、もたらされた混沌とした宇宙をイメージした彫刻です。「Manifold」(2013年、韓国・天安)では、地面から突き出したエネルギー体が空中で繋がり蠢いている様子をイメージしました。
これらの彫刻は、テクニカルな工夫と、技術・機械を利用した厳密な造形によって支えられています。手作業によって成果物に現れざるを得ない恣意性をできるだけ排除し、あらゆる人が共感できる身体性や感覚に接続され得る作品表現を追求されているそうです。
湧き出て弾ける表現
名和さんの創作活動の根底にある重要なテーマの一つに“生命”があります。「Fountain」(2022年)では、湧き出た命が生を謳歌し土に還るという循環を表しています。ポップコーン・弾ける種子・噴き出す液体など様々な形を3Dスキャンしたりシミュレーションに加えたりすることで、生き生きとしたダイナミックな造形を実現したそうです。
植物の種子をモチーフにした「Blue Seed」(2020年~)では、紫外線に反応して発色する顔料を用いることで、コンピュータ制御されたレーザー光の照射に伴って異なる大きさの図像が浮かび上がっては徐々に消える動きを透明なアクリル板上に見ることができます。このような表現により、命の誕生や生命システムの永続性が表されています。
同様に、コンピュータ制御された絶え間ないシグナルを活用することで生命が生成され続ける様を表現した作品に「Biomatrix」(2018年~)があります。シリコンオイルとパール系顔料を混ぜた液体に、様々な空気量・タイミングを掛け合わせた気泡を出し続けることで、破裂音を響かせながら呼吸する皮膚を思わせる、独特の知覚体験を実現しました。
時間や場所との関係性を表す表現
名和さんは、さらに大規模なインスタレーションやパブリックアートも手掛けてこられました。「パブリックアートとしての彫刻は、展示される場所や時間との関係性が大切だ」と、名和さんはおっしゃいます。
「神勝寺 禅と庭のミュージアム」内にあるアートパビリオン「洸庭」(2016年、広島県福山市)では、静寂と暗闇に満たされた木船のような建物内で、水面に反射する光を眺める時間を過ごすことができます。目の構造を建築に重ね、人間の意識の流れを体感しつつ瞑想の時間を過ごせるようなパビリオンを目指しました。
Reborn-Art Festivalの作品として制作された「White Deer (Oshika)」(2017年、宮城県石巻市)は、名和さんが牡鹿半島を視察した際に鹿の家族に遭遇した出来事に着想を得ています。水滴が集合して鹿が生み出される犬島(※作品「Fauna」参照)から牡鹿半島・萩浜にたどり着き、ルーツの犬島を振り返る仕草を表しているそうです。
同様に、GINZA SIXで2022年12月まで展示が予定されている「Metamorphosis Garden」(2021年)も、犬島の「Biota(Fauna/Flora)」の延長線上に構想されました。空中に面的に浮かぶ水滴に、植物が光や水に向かう様をあらわした「Ether」(2014年)や、「Trans-Deer」が立ち上がっています。同作は、下から見上げると、水中から水面を眺めているかのような感覚になる作品でもあり、現在人間が直面する海面上昇などの環境問題や、生態系の切り離せない繋がりを表現しているのだそうです。
アートと建築・住空間
「Sandwich Inc.」での建築家とのプロジェクトを主体として、名和さんは建築デザインにも取り組んで来られました。その過程で、アートと住空間・建築との関係性を考えて来られたそうです。
日本教育史になぞらえて、勤勉勤労の象徴として活用されてきた二宮金次郎の像を背の順に並べた「Velvet–Kinjiro」(2022年)について、名和さんは、「蔦屋書店社長・増田宗昭さんの『小さな日本の住宅にも置けるような、本棚に収まるアートがいい』という要望にも適うもの」だと紹介されました。このように、「新たなアートの出現でアートと建築・住空間との関係が変化していくだろう」という信念を携えてプロジェクトに取り組まれているそうです。
加えて、アーティストと建築家との協働でプロジェクトを実施することに対して、名和さんは「タッグを組む方が新しいものが生まれる予感がある」とおっしゃいます。「建築的な価値を説明する際は理詰めになりがちだが、アーティストの参加を口実に、建築コンセプトに遊びを加えるだけで、ブレイクスルーが起きるのではないか」という投げかけは、まさに名和さんの創作活動に通底する哲学だと感じられました。
岩永薫