会員公開講座 伊東豊雄「ライフスタイルを変える」

2013年05月28日

5月18日、前年度までの講座Aは今年度より会員公開講座と名を改め、また新たなスタートを切りました。本公開講座では「東北から未来のまちを考える」と題し、東北に関わりの深い様々なゲストを招きながら、東北の復興を通して日本の未来のまちを考える可能性を探っていきます。その記念すべき初回の講義は伊東豊雄塾長自らがマイクをとり、神谷町スタジオにはこれまでで最多の100名を超える参加者が集まりました。レクチャーのテーマは『ライフスタイルを変える』です。
冒頭に今年度のカリキュラムについての説明があった後、講義が始まりました。

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今回の講義では、伊東塾長は10の項目を設けられ、それに沿って話をしてくださいました。

1.被災地復興計画の現況

先ずは東日本大震災後の二年間被災地に通って、色んな人と会って、どういうことを考えてきたのか、その報告を述べられました。そして改めて釜石などの復興計画の概要について説明してくださいました。

2.復興計画に見られる近代主義

続いてそれらの復興計画の中に、普段公共建築を手掛けるときに感じられる近代主義の問題点が、そのまま拡大して現れていると述べられました。具体的には、プライバシーを優先するnLDK型の延長上にあるプランニングの問題であったり、海(自然)と人(まち)を隔てる防潮堤のことであったり、ゾーニング重視の土地利用計画に伴う問題などです。

3.近代主義による計画の問題点

言い換えれば、それらは自然や地域性を排除し、ひいては土地の歴史や文化を排除する行為であると伊東塾長はおっしゃり、そこにはまっさらで均質な空間こそ人間にとって素晴しいという近代主義的な考えがあると指摘されました。

4.近代とは何か

そしてそのような考えの前提となっている近代とは、自我を備えた個や市民社会の確立、また科学技術によって自然を征服可能とする思想によって表されると伊東先生は語られ、これらによって人類が“進化”し、明るい未来を構築するというのが近代の大きな思想的特徴だとおっしゃいました。

5.都市の繁栄は今後も続くか

それらを踏まえ、今度は都市の問題について言及されました。ル・コルビュジェの『300万人の現代都市』(1922)に代表されるように、20世紀は都市の世紀でもありましたが、都市への人口集中は今後も続くと統計的には考えられているそうです。しかし果して本当にそうなのでしょうか。それを考え直すポイントとして、伊東塾長は、都市の均質化・機械論的世界像の問題や、生産年齢人口の減少を挙げられました。後者の解決策は現在のところ、女性と高齢者の社会進出に頼ることだそうですが、それ故に子育て支援とコミュニティの強化に注目が集まるのだとおっしゃいました。

そして、建築家という立場からの提案として、東雲キャナルコートCODAN2街区と、HOUSE VISIONで展示した『住の先へ』の2つの事例を紹介してくださいました。

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6.日本の大都市居住者は「故郷」をもつ

伊東塾長が今後の日本の都市を考えるキーとして挙げられたのが、「故郷(ふるさと)」でした。大都市に住んでいる日本人でも、お盆には故郷に帰るということ、すなわち、大都市での個々人同士の弱い絆より、大都市の一個人と地方の実家との“家族の絆”の方が強いという認識に至り、それがすごく面白いと伊東塾長はおっしゃいました。

7.日本人のライフスタイルを変えるには、地方を変革し大都市と地方を対等の関係にする必要がある

大都市の個と地域の個をネットワークで結ぶイメージ、地域で埋もれていた個を引っ張り出し、新しい個を産み出して強い絆をつくる、それこそが魅力的な日本を再生するための鍵であり、これまで被災地を見てきた伊東塾長の出された一つの答えでした。

具体的に着目するのは一次産業。その事例として宮城県岩沼市の農業支援の「みんなの家」と、岩手県釜石市の漁業支援の「みんなの家」を紹介してくださり、また後者のみんなの家で新しい漁業の事業を始めようとしている高橋博之さんに、この日は実際に神谷町スタジオにお越し頂いて熱意のこもったお話をしていただきました。

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8.釜石復興への我々の提案(2011

9.かまいし未来のまちプロジェクト(2012〜)

最後に、これまで釜石で行ってきた、そして現在進行しているプロジェクトについて説明してくださいました。マスタープランというよりも、様々な個別の提案といったかたちで進めていたそうで、釜石で提案された色々なアイディアを見せてくださいました。そしてそれらが実を結んだものとして、「未来のまちプロジェクト」の天神町市営住宅や小白浜市営住宅に言及されましたが、いずれにせよデザインの善し悪し以上に、まちの人と一緒になってつくれるかどうかが求められていると述べられました。

10.被災地の復興計画は単なる復興であってはならない それは日本の再生にかかわる 未来のまちをつくること、都会の若者や高齢者が移住したくなるまちをつくることである

伊東塾長は、この言葉を総括として、講義を締め括られました。

オプションとして、6月に完成する伊東塾の恵比寿スタジオの紹介と、台中メトロポリタンオペラハウスの現場動画を見せてくださった後、質疑応答に移られました。
先に紹介した高橋さんや建築家の難波和彦さん、藤本壮介さんも交えつつ、参加者からの質問に答えてくださいました。

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印象的だったのは、元々あったであろう地方のポテンシャルが、津波によって顕わになったというお話でした。共同体重視の地方の“閉じている”面、それを無理矢理にでも開いたのが津波であったということ、そしてそこに“個”重視の都市の人が入り込み、化学反応が起こるということ。これはある意味チャンスでもあるのです。勿論津波によって失ったものは数え切れない程あるのですが、しかしその為に様々な問題が一気に顕在化しており、それらを解決するチャンスでもある。こんな状況は滅多にありません。それを意識して捉えることが重要で、それこそが「東北から未来のまちを考える」という今年度の公開講座の本質ではないかなと感じます。

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被災地での経験を通した貴重なお話をしてくださった伊東塾長、また東北から駆けつけてくださった高橋博之さん、並びにご清聴くださった参加者の皆様に心より御礼申し上げます。

石坂康朗