会員公開講座 遠山正道さん「世の中の体温をあげる」
2017年2月も半ばを過ぎると、少しずつ春の気配が感じられてきました。2016年度最後の公開講座では、「Soup Stock Tokyo」やネクタイブランド「giraffe」などを運営する株式会社スマイルズ(以下、スマイルズ)の遠山正道さんにお越しいただきました。「それぞれの人が自分の領域だけでは立ち行かなくなってきている」という言葉から、起業のきっかけや理念を語ってくださいました。
三菱商事に勤めていた遠山さんが起業したきっかけは絵の個展の開催でした。とあるプロデューサーに「遠山くんの夢はなに?」と聞かれ、「個展をやってみたいかな」と答えたことから、1年後の33歳のときに個展を開くことを決心しました。しかし、イラストの仕事はしていたものの、ちゃんとした絵は一枚も描いたことがなく、筆も持ったことがなかったという遠山さん。そこでタイルの絵付けに挑戦することにし、さらにタイルは土からできていることから筆ではなく野菜や果物で描き始めました。1年で70点の作品を制作し、代官山にあるHILLSIDE TERRACEで個展を開催しました。その経験はとても楽しく、絵も全て売れましたが、「おかげさまで夢が叶いました!」と言ったところ、「これは夢の実現なんかじゃない、ここからがスタートだろ」と言われたそうです。
今まで描いていた夢はスポットライトを浴びることに過ぎなかったと気づいた遠山さん。「そこから何かをやっていくか」という問いかけをきっかけに、「何かをやりたい」という気持ちが動き始めました。それまでいた三菱商事の情報産業グループを離れて出向し、食や小売など自分でジャッジできるものがいいなと思い、「Soup Stock Tokyo」を始めました。「Soup Stock Tokyo」の始まりは「女性がスープを飲んでほっとしている」イメージが浮かんできたことだそうです。「大事なものに出会えた気がした」と感じて、そこから3ヶ月をかけて物語形式の企画書を制作しました。「Soup Stock Tokyo」は「スープを売っているがスープ屋ではない」と語る通り、スープ、仲間、お客さん…と「共感の関係性を広げてゆく」ことが目的だそうです。最初の企画書はコンセプトブックとしてシェアし、書いてあることを実現させながらスタートさせました。例えば、デザインについて、スープに色があるからそれ以外に余計な色は使わず、内装も素材だけで構成すること。JALとコラボレーションした機内食も企画書に書いていたことから実現したものです。まだないものを創るには無数のジャッジがありますが、「Soup Stock Tokyo」では企画書がそのジャッジのもとになっています。絶えず移ろう世の中だけれども、それについていかないでビジョンを持っていたので「スープストックさん」の顔立ちが18年経ってはっきりしてきた、と遠山さんは語ります。なお、スマイルズではJALの機内食がきっかけで、4月に新業態の「刷毛じょうゆ 海苔弁 山登り」という海苔弁のお店が始まったそうです!
創業8年目になるネクタイブランド「giraffe」の構想は実は「Soup Stock Tokyo」よりも前だったそうです。新橋を歩くサラリーマンの閉塞感から、社会や会社にではなく、「自分の首を自分で締めよう『giraffeはサラリーマン一揆です』」という企画書を提出しましたが、当時の情報産業グループの上司には「意味が分からない」と当たり前に却下。「Soup Stock Tokyo」を始めた後にも今度はアパレル部門に再度プレゼンしましたが、また却下。ついに自分でやろうと決めました。「giraffe」のネクタイは「体温」別にテーマが異なります。34℃はモード、36℃は技術・家族・知性、38℃はユニークネス、40℃は自由。「人」を始点にデザインされていることが伝わります。京都の丹後で織っているシルクを使用しており、既に織ってきた5,000種類のシルクのアーカイブからオリジナルもつくれます。ネクタイをする人は減っていて、市場としてはどんどん小さくなっていますが、「不景気の象徴だが、不景気だからこそできた」と遠山さんは語ります。市場が衰退していることから参入する隙間ができて、さらに人々にとってスープ=「Soup Stock Tokyo」、ネクタイ=「giraffe」になることができました。スマイルズにはマーケティングという発想はありません。なぜなら周りがどうだからではなく、自分たちがどうしたいか、どうするべきかが発想の源だから、という理念が一貫しています。
「PASS THE BATON KYOTO GION」
セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」のコンセプトは「価値を尊重して交換し合う」です。これまでのリサイクルは過去を消してなるべく新しく見えるようにするという価値観でしたが、「PASS THE BATON」は出品者の顔、名前、プロフィールと共にモノのストーリーを添えて出してもらいます。きっかけは三菱一号館で何かやらないかという提案でした。当時はリーマンショック後の世の中が落ち込んでいる時期で、明るいことをやるよりも世界一モノに溢れた東京の中心・丸の内でリサイクルショップをやるのはどうだろう?という発想でした。「PASS THE BATON」の店舗はとてもリサイクルショップには見えない雰囲気です。京都では築120年の町屋に店舗があります。人は期待を下回ると落胆や怒りとなるが、期待を越えると驚きや賞賛が生まれます。「リサイクルショップ」と言いながらハードルを下げておいて、店舗のクオリティで驚きを生んでいます(「Soup Stock Tokyo」も「ファストフード」と称しているそうです)。
続いて、スマイルズの企業理念「スマイルズの五感」=「低投資・高感度」「誠実」「作品性」「主体性」「賞賛」を映像で見せてくださいました。20世紀は経済の時代、21世紀は文化・価値の時代です。20世紀はつくれば売れる「需要>供給」の時代だったのが、21世紀は「需要<供給」になってしまいました。その中で需要を奪い合うよりも、「価値そのものを提示できないか?」「価値あるものに価値があり、価値ないものに価値がない」と遠山さんは語ります。当たり前のようかもしれませんが、古い企業体制を変えられないなど、実はできていないことも多いのです。また、利益を上げるには売上を上げるかコストを下げるか、と言われていますが、コストを下げると同時に価値も下がるという「本当に怖いこと」が起こります。スマイルズでは新しいことをやるときに「やりたいこと、という4行詩」というものがあるそうです。
やりたいということ に出会い トキメキ
必然性 を根っこにして 自分のこと
意義 を加えて 外のこと
なかったという価値 を創る オリジナル
自分たちの中にある「やりたいことに出会う」ことから始め、常に立ち戻る部分となる自分にとっての「必然性」と、周りを巻き込む「社会的意義」を持ち、「なかったという価値」になっていく。「Soup Stock Tokyo」も「giraffe」も何かを発明したわけではなく、既にあるものでも自分たちがやるならこうなる、とチャレンジしてきた、と遠山さんは語ります。
「檸檬ホテル」内観
スマイルズは会社自体がアーティストとして芸術祭への出品もしています。2016年の瀬戸内国際芸術祭で、岡野道子建築設計事務所に設計してもらい、「檸檬ホテル」をつくりました。檸檬で染めたきれいな黄色の布がはためき、淡い黄色の光の中で目覚めるという素敵なホテルです。
続いて個人の引力の重要性について。スマイルズの社内ベンチャー第一号はなんと小さなバー。新宿の「Toilet」という看板のないバーです。「子どもたちに背中を見せられるようにチャレンジしたい」と言って始めた店長さんはとても大事にお店を続けています。
「森岡書店」外観
銀座にある1冊の本を売る「森岡書店」もスマイルズの出資でスタートしたお店です。1週間に1種類の本しか売らず、同時に関連する絵なども展示・販売して、1冊の本からキュレーションをするユニークな本屋です。
Toiletも森岡書店も分母が小さいからリスクが少なく、思い切ったことができるから面白い、と遠山さんは語ります。「個人のアイデア、センス、コミュニケーション、情熱、リスクがそのまま仕事と全て重なってくる。だから、仕事と人生が重なっている」という言葉通り、本人にとっても非常にやりがいのある楽しい生き方に感じられます。
最後に『LIFE SHIFT』(リンダ・グラットン著)という本をご紹介してくださいました。その冒頭の言葉は「100才まで生きる時代には個人それぞれの柔軟な発想と行動が必要になる。企業はその柔軟な個人の生き方をサポートする立場になるのでは」。100才まで自分の力で生きていかなければならない時代、大きな変化に対応できるように、なるべく身軽に、そしていくつかの仕事の仕方を持ち、コミュニティを持ち、刺激を与え合い、自分も世の中に価値を与えながら楽しく生きていくことが重要ではないか。ボーダーレスな環境もどんどん増えていくから、それぞれが自分の思いをそこにぶち込んでいけば、どんどんユニークな時代になっていくのではないか。人工知能に作業がどんどん取って代わられていく中、残されるのはクリエイティブやおもてなし、恋愛といったものなのではないか。そういった考えから、クリエイティブの価値をもっと突き詰めて考えたい、という言葉で講座を締めくくりました。
何かを始めたくなる、とても前向きなお話でした。
杉山結子