会員公開講座 菅付雅信さん「物欲なき世界の行方」
6月10日、編集者の菅付雅信さんをお招きして今年度第2回目の会員講座が行われました。著書『物欲なき世界』がベストセラーとなり、クリエイティブカンパニーである「株式会社グーテンベルクオーケストラ」の代表取締役として数々の大手企業に広告・ブランディングなどのアドバイスをなさっているご自身の知見から、現代に見られる「物欲のあり方の変化」について「モノ-幸せ-資本主義」という観点でお話しいただきました。
ライフスタイル——「生き方」が最後の商品
近年の市場的傾向として見られる、ライフスタイルを謳った商品の増加。特に、都内では、生活雑貨などを扱ったり、店舗内にヨガ・ファッション・雑貨などをまとめて展開したりする「ライフスタイルショップ」の増加が顕著で、地方にも飛び火していることや、「蔦屋家電」や「ZARA HOME」など大手企業の参入も見られます。これらの背景には、アメリカ西海岸発の雑誌『KINFOLK』による“安易な情報とヴァーチャルアクセスの時代である今、シンプルで意味のある生活を追求する”というテーマの成功がもたらした、ファッションからライフスタイルへという流通の変化があります。そして、「雑誌のライフスタイル化」が進行し、若者の消費・ファッション離れが注目されるようになったそうです。このように、「生き方」が消費されるようになった現在とは「消費の終着点」なのかもしれない、と菅付さんは分析します。
アメリカのポートランドで創刊したライフスタイル誌『KINFOLK』
(画像出典:https://kinfolk.com/shop/issue-24/)
アメリカと中国の新しい消費
このような消費の先に何があるのか。それを見出すために、菅付さんはアメリカと中国へ取材に行かれました。まず、アメリカで注目したのは、二つの言葉が示す消費の潮流の大きな変化です。それは、① “過度の消費から抜け出し、意義のある生活を目指す”潮流である「ダウン・シフト」、② “軽薄な消費から賢明な消費へ”の変化を示す潮流である「スペンド・シフト」という二つの傾向に換言できること、をジュリエット・ショアとジョン・ガーズマーといった消費研究の第一人者たちの公演映像を交えつつ説明されました。
さらに、中国では、世界のラグジュアリー・ブランドの消費率29%を占めるという「爆買い」の意識から、「エコ商品」や「ロハス商品」を嗜好する新しい消費の意識へと変わりつつあります。個人商品の市場開拓と自分自身でライフスタイルを選択するというあり方の模索が進み、世界最大のオーガニック・スペンド・シフト・マーケットを構築しつつあるそうです。
「もの」と結ぶ新しい関係
このように「もの」を消費することが変わりつつある今、私たちは「もの」とどのような関係を結びつつあるのでしょうか。菅付さんはアメリカで急増する「ハンドメイド・カスタマイズド」商品・サービスの分析からこの問いに迫ります。例えば、顧客とのコミュニケーションを大切にしてデニムをカスタマイズする「Loren Manufacturing Inc.」、3Dプリンタによるハンドメイド商品を売買するサイト「Etsy」や一般の人がデザインしたTシャツ売買の仲介サイト「Teespring」など。さらに、日本でも工作機械を扱える「FabLab」が増えています。これらの背景には、「Makersの波」=“生産の民主化”や、マズローの欲求五段階説の最高次欲求「自己実現の欲求」のために多くの人が趣味を大切にするようになっていることが見て取れます。一方で、携帯電話を扱う「もののデザイナー」が「ものの外側はもはや必要でない」と説明したり、価値がもはや物質的なものに見出されない「脱物質化社会」への移行が分析されたりしているように、経済自体が「もの」から離れている現状もあります。
FabLab Shibuya内観。日本では他に、神奈川県鎌倉や茨城県筑波、大阪市北加賀屋などの地域を拠点に展開しています。
(画像出典:http://www.fablabshibuya.org/)
共有の社会へ
さらに、菅付さんの問いは「それでは、これからどのような社会になっていくのだろう」と続いていきます。一つの回答として、菅付さんは「共有」に着目しています。まず、最初に都市部で地価の高騰に歯止めがかからない事実と、都市部では当たり前になりつつある「ルームシェア」の例を出されました。賃貸住宅に住む人々のうち、ルームシェアの経験者は東京では10%ほど、ニューヨークでは50%、なんとロンドンでは68%にも上るそうです。さらに、カーシェアリングもどんどん進んでいて、「Uber」をはじめとするサービスの増加が見られたり、TOYOTAのサイトで“同頻度で車を利用するなら、所有車よりもレンタカー利用の方が安い”ということが謳われたりしているそうです。各種取材調査の中でも、消費量から消費の質へ・ものを介した顕示的消費から行動を介した意思表示の消費へ、という変容や“既存ストックを生かしつつシェアしながら良いものを少しだけ買う”という質重視型社会への移行が示唆されていると、菅付さんは指摘します。
お金と幸福の再確認
そのような社会が実現したら、お金の意味はどう変化するのでしょうか。まず、私たちのお金の捉え方を表す例として、The Flying Lizardsの“Money”とThe Beatlesの”Can’t buy me love”、さらに「The Wolf of Wall Street」からお金にまつわるシーンが引用され、“お金でなんでも買える”・“お金で大切なものは買えない”というグラデーションの二極が分かりやすく示されました。ここで問題となるのは、“21世紀におけるお金の定義とは?”ということです。実態として、現在の「お金」の概念は、アカウントに数字があるだけという実体を持たないものとなり、「Bitcoin」や各種ポイントのように企業や個人などが発行できるものとなってきています。
さらに、“幸福をもたらすお金“という印象はただの幻想という論、”日本は経済大国であるが幸福大国ではない“という現実があります。このように、“お金と幸福の存在が揺らぎ、幸福をもたらすものとして私たちが信じ込まされていた資本主義のセントラルドグマに信頼がおけない今、私たちは資本主義というものを捉え直す必要がある”、と菅付さんは強調されます。
資本主義の行方
資本主義の次に何が来るのか。菅付さんは世界中の知識人の言葉を引用しながら話の核心へ迫っていきます。いろいろなコストが0に近くなる「限界費用ゼロ社会」、経済成長より資本家の収益がプラスになるように設計されている市場経済は不安定さを前提としているという論、金融の実体経済からの乖離、幸福を実現しない成長を脱し目指されるべき「定常型社会」など。これらの契機となったのは、2008年に起きたリーマンショックであり、“あれ以降世界は変わった”と菅付さんはおっしゃいます。そして、現在は「もの」へのノスタルジーを感じる一方で、資本主義の次を考える時代になり、新しい社会システムをつくった国が次世代の覇権を持つと言います。
それでは、これからどのようなものが人々の幸福をつくるのか。菅付さんは“良いものを持つよりも、いい物語を持つこと”という持論を強調します。それは個人的ながらも他者との共感をもつこと。今まで以上に幸せの本質を模索する時代になると思うが、幸せを巡る価値観の激しい対立も起きるだろう。多くの人は、自分は本当に何がほしいのかより自問する時代にもなり、それに対する経済以外での答えを見出した人は、幸せになれる時代の到来であるという言葉で講演を締めくくられました。
俯瞰した態度で世を分析し私たちにまだ見えていないものを敏感に嗅ぎ取る菅付さんの明晰さに感銘を受け、当たり前だと思っていた社会と価値を疑う態度を学び、自分にとっての幸せとは何になり得るのかということを深く考えさせられた夜でした。
岩永 薫