NPO これからの建築を考える

島づくりへの決意

2005年以来、台湾台中市で取り組んできた台中国立歌劇院(台中オペラハウス)が10年の歳月をかけて2015年11月にオープンする運びとなりました。このプロジェクトは、私達の建築生命を賭けて、奇跡的と言ってもよいプロセスを経て実現に到ることができました。

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このプロジェクトの完成を以て、私達のチームが40年以上にわたってつくりあげてきた建築の第一期(第一エポック)は終止符を打つと考えます。私達は初期の住宅以来、常に美しい空間を求め、個人のオリジナリティを追求してきました。
台中オペラハウスの作品はその集大成であり、そうした空間至上主義でこれ以上の作品を今後再びつくりうることは到底考えられないからです。

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岩沼の「みんなの家」

また、2011年3月11日に起きた東日本大震災による三陸沿岸の惨状は、私にとって生涯忘れ難い衝撃を与えました。何度も被災地に足を運び、現地の人々や地方自治体の人々との対話を繰り返し、「建築家として何が可能か」を模索しましたが、実現し得たのは十数軒の「みんなの家」(仮設住宅内などで人々が集まることのできる共同のリビング、子供の遊び場等、詳細は別紙参照)に過ぎません。
しかし、この小さなプロジェクトを通じて私達は多くのことを学びました。これまで考えてきた個人のオリジナリティの表現よりも、

  • 利用者と一緒になって考え、一緒につくる。つまり設計者、クライアント、施工者、等の区別はほとんどない。
  • 地域で利用できる素材、工法、生活の仕方に従って柔軟に発想する

ことの方が今日、我々のなすべきはるかに大切な行為に思われたのです。

このような経験を通じて、私は残された第二の建築人生(余生)を瀬戸内海に浮かぶ「大三島(おおみしま)」(愛媛県今治市に所属し、しまなみ海道によって本土と結ばれている)の島づくりに賭けることを決断いたしました。

大三島は最近まで私にとって全く縁のない場所でしたが、機会に恵まれ、市が私の「伊東豊雄建築ミュージアム」を2011年にオープンして下さいました。それを機に、隣接地に私のかつての東京の自邸「シルバーハット」を再生し、また彫刻家・岩田健氏の「岩田健母と子のミュージアム」も近くに同時オープンいたしました。

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伊東豊雄建築ミュージアム
©Kai Nakamura

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岩田健母と子のミュージアム
©Manami Takahashi

大三島の魅力は、

  • 島として完結していること(面積:6454 ha)
  • 「大山祇(おおやまづみ)神社」という日本でも有数の歴史を誇る神社を中心に島が守られてきたこと
  • 島の大半はみかん畑の斜面に覆われ、開発らしい開発は全く行われてこなかったこと(大企業も皆無)
  • 夕陽の沈む時間の美しさは瀬戸内海屈指であること(悠久の時間が流れている)
  • 農業を中心としてIターンの元気な人々が住み始めていること
  • 瀬戸内海気候で年中温暖であること

等が挙げられます。

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大山祇神社
©Manami Takahashi 

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大三島の夕暮れ
©Kai Nakamura

私は「大三島」という素晴らしい「地域」に場所を定め、多くの若い人々の力を得て、10年をひとつの目標期間として、全く「独自の方法」で島づくりに取り組みたいと考えています。「独自の方法」とは、大資本に頼るのではなく、手づくりで小さなプロジェクトを積み上げ、その集積として「精神的に美しい地域づくり」を成し遂げることを指します。
幸い2011年以来、私は東京で小さな私塾を立ち上げましたが、多くの塾生は島に魅せられ、中には島に移住して島の人々と生活を始める若者まで現われ始めました。
私は、これからの若い建築家達は、大都市に向かって自らの個性や表現を競い合う時代ではないと考えます。個々のプロジェクトは地味であっても、小さな力を結集して、地域をいかに楽しい生活の場とするかが問われているのではないでしょうか。大都市がかつてのように魅力的であった時代は既に終わりを告げようとしているのです。
私達はこの島づくりを若い人々と手づくりの活動によって行いたいと考えております。どうか私自身の地域づくりへの意志をおくみ取りいただき、皆様からの温かいご支援をお願い申し上げる次第です。

2015年2月
伊東 豊雄