会員公開講座 小野田泰明さん 曽我部昌史さん『公共建築の役割』

2021年03月18日

第4回公開講座『公共建築の役割』(講師:東北大学/小野田泰明さん、くまもとアートポリスアドバイザー/曽我部昌史さん)

10月3日、東北大学教授・建築計画者の小野田泰明さん、神奈川大学教授・建築家でくまもとアートポリス(KAP)アドバイザーの曽我部昌史さんをお招きして、伊東塾恵比寿スタジオでの対面とウェビナーとの併用形式にて、第4回公開講座が開催されました。小野田さんは行政と建築の橋渡し役として多数の公共建築プロジェクトに携わってきた経験、曽我部さんはKAPアドバイザーとして公共建築のコンペティション審査員を務めてきた経歴を、それぞれお持ちです。今回の講座では、お二人の活動に関するお話を踏まえて、地域や社会における公共建築の役割や、公共建築プロジェクトを通して建築家が地域の未来に与えうる良い影響について、活発な議論が行われました。

[小野田さん:公共建築設計のパートナー像とは] 建築計画者としての実践例 

建築計画者としての小野田さんのお仕事は、個々の建築内部の計画設計から、地域全体の公共建築のマネジメントに至るまで、多岐にわたっています。「せんだいメディアテーク」設計競技(1995年)では建築コンペで公開する既存条件の確認や設計要件作成に携わり、建築家・阿部仁史氏と共同設計のKAP「苓北町民ホール」(2002年・日本建築学会作品賞)ではご自身の知見を存分に発揮して計画設計を行いました。このような小野田さんの役割は、良い建築を作るための”下ごしらえ”として、建築条件の設定など設計の前段階における調整「プレデザイン」を行うこととして集約できるそうです。

加えて、地域の諸公共建築全体の計画者としての一面も兼ね備えており、小田原市では公物管理を担当されています。「『地域の公共建築の状態を数値によって見える化する全数管理を徹底しつつ重要な建築にはしっかりと予算を割く』という公物管理の原則が理解されず、公共建築が”低品質低価格”となっている」と、公物管理に関わる中で見えてきた現状に対して危機感を共有して頂きました。例えば、岩手県釜石市における一連の「災害復興公営住宅」では、プロジェクト開始当初は、①浜の景観を守る/②将来的に6次産業化の拠点・民泊・別荘等に活用できる/③コミュニティの活性化に寄与する、といった付加価値が期待されていました。しかしながら、入札不調回避のためにイニシャルコスト低減や設計条件の簡易化が求められた上に、税金が投入される公営住宅は簡素であるべきという過度な忖度も働き、一部の住宅はデザインビルドでの建設が進められるなど建築や景観の質の低下を招いてしまったそうです。このような結果を防ぐためにも、フロントローディングによるリスクマネジメントが不可欠であると、小野田さんは強調します。

[小野田さん:公共建築設計のパートナー像とは] 日本での公共建築設計が孕む問題点と解決策

このような建築計画者としての実践例を踏まえた上で、小野田さんは「日本の公共建築設計・管理が孕む問題の根本的な原因は、行政担当者への過度な責任追求によって“リスク回避”の傾向となることで、イニシャルコストが無闇に削減されてしまうことだ」と解説します。それに対して、小野田さんの提唱されている効率的な公共建築建設・運用の手法は、「単価あたりのバリュー(価値)を最大化する」ということです。公共建築を設計して維持する上で必要な全経費のうち25%程を占める建設費ばかりを削減しようとしたところで、維持・運用・修繕費等LCC(Life Cycle Cost)の75%弱の費用を考慮しなければ、効率的な資金運用はかないません。逆に、多少コストが嵩むとしても、生み出される”バリュー(価値)”を最大限にすることで、LCCの効率化や費用対効果を高めようとする仕組みです。

以上のモデルの裏付けとして、諸外国の成功例を示して頂きました。フランスでは、建築設計プロジェクトの前半にコストコントロールを行うフロントローディングが徹底されています。具体的には、詳細な設計要綱の作成を求める等段階ごとに提出物に厳格な規定がある一方、審査段階における建築家への報酬支払いも徹底されています。また、イギリスでは、多様な組織がゲートウェイとなり管理をする公共建築の発注サポートネットワークと、4年をかけて丁寧に計画・競争・要求水準を決定するフロントローディングの仕組みを活用して、民間事業者を競わせつつ交渉し建築の社会資本としての価値を最大化することに成功しています。小野田さんは以上の知見を生かして、丁寧な要求水準書の作成と二段階審査による事業者の選定を実施するフロントローディング型の公募を「小田原市市民ホール」事業で実現されたほか、最近では「仙台市役所本庁舎」事業にも携わりより良い公募に向けて邁進されているそうです。

[曽我部さん:KAPのコンペティション] KAPとプロポーザル方式の概要

くまもとアートポリス(KAP)は、「環境デザインに対する関心を高め、都市・建築文化の向上を図りつつ、後世に残る文化資産を創造する」ことを目的として、1988年に熊本県で始まった事業です。建築物・構造物・景観整備・パブリックアートなど県下全域で実施される生活に関わる施設を対象として、高評価または気鋭の建築家・デザイナーによる建築・環境デザインが実施されます。アートポリス事業の中核は、コミッショナー1名とアドバイザー3名が担います。指名されたコミッショナーは、プロジェクトに係る設計者の推薦や設計者選定方法の提案、設計者及び事業主への指導・助言をする役割を担い、選任されるアドバイザーはそのサポートを行います。曽我部さんは、1988年に大学院卒業後、伊東豊雄建築設計事務所での勤務やみかんぐみの設立等を経て、2005年よりKAPのアドバイザーとしてご活躍されてきました。

まちづくりや地域活性化の手法として注目を集め数多くの建築賞を獲得してきたKAPですが、個々のプロジェクトにおいて、提案競技はどのように進められてきたのでしょうか。講座では、「熊本県地震震災ミュージアム中核拠点施設」プロジェクトを例に説明して頂きました。設計者の選定は、地元のステークホルダー等とも意見を調整しつつ2段階の審査が行われます。とりわけ特徴的なのは、プロジェクトによっては、県内の事務所と共同で設計することが求められていることです。審査で選定された建築家と審査員とで、候補の建築事務所の提案競技や面接を行います。加えて、地元住民への説明会を開催するなど、プロポーザルの段階から地元との繋がりやコミュニケーションが大切にされているのです。


[曽我部さん:KAPのコンペティション] KAPニュースにみる諸事例

曽我部さんによると、「以上の仕組みを活かしつつ、①熊本県の自然・歴史・風土を生かしつつ後世に残る文化資産を創る、②地域の活性化に資する、③豊かな生活空間を創造する、④”点”としての個々のプロジェクトの集合による”面”としての広がりを実現する、という4つの価値をプロポーザルの中に組み込んでいくのがアートポリスの役割」だそうです。これらの価値を示す事例を、1年に1号発行されている「KAPニュース」から、4例ご紹介頂きました。

オープンスクールを進化させた”宇土タイプ”として知られる「宇土小学校」(2011年・シーラカンスアンドアソシエイツ)や、「次世代モクバン」(2008年・藤本壮介建築設計事務所)「モクバンR2」(2009年・ 渡瀬正記 + 永吉歩 / 設計室)プロジェクトの実施時期には、地域住民や自治体の職員さん達を巻き込んで、学校建築や木造建築について考え知識を深めるシンポジウムが開催されました。また、「熊本県総合防災航空センター」(2017年・小川次郎 / アトリエ・シムサ + ライト設計)では、限られた予算の範囲内で地元産の木材を活用することに成功しています。このようにして、公共建築を考える上で大切な「地域との多面的な繋がり」が実現されてきたのです。

お二人のお話と会場全体で交わされた議論によって、公共建築こそ、地域全体を繋ぎ活性化させる役割を果たし得ること、時と場合により自治体が直面する問題をポジティブに受け止めて解決する手段となり得ること、そしてそのような公共建築ならではの価値を認め投資できる仕組みが不可欠であることが、皆で共有できた公開講座となりました。

日に日に寒さが増し冬の到来を実感する季節となりました。新型コロナウイルス感染症が再び猛威を奮い始めている状況も連日報道されております。伊東建築塾スタッフ一同、皆様と大切な方々が健やかに年末年始を迎えられることを心から願っています。

岩永 薫