講座B 第6回目「大震災から未来のまちを考える」

2012年07月26日

7月13日に行った講座B、第6回目の講義のテーマは「大震災から未来のまちを考える」です。

伊東塾長が復興計画に携わっている釜石から旅館「宝来館」女将の岩崎昭子さんと、
釜石市近郊にある吉里吉里でApeというcafé&barを営むミュージシャンの大砂賀宣成さんと奥様の里亜さん、3名の講師をお招きし、震災から1年4カ月を経た被災地の現状をお話しいただきました。

実際に被災地で生活している方々の貴重なお話ということもあり、会場には山本理顕さん、難波和彦さん、西沢立衛さん、塚本由晴さん、貝島桃代さんなどの建築家の方々がいらっしゃいました。

まずは岩崎さんから、宝来館の被災後の様子とこれからの希望について、お話がありました。

宝来館は、岩手県中部の大槌湾に位置し、白砂青松の美しい根浜海岸に面しています。
白砂青松の美しいこの地も、昨年の震災では津波が押し寄せ、海岸付近一帯は甚大な被害をうけました。その際、宝来館も波にのまれ、岩崎さんは地元の人々や宿泊客を旅館の裏手にある山へと誘導し、多くの人々の命を助けました。辺りの集落は壊滅的な被害を受けたため、宝来館は半壊の状態でありながらも地域の避難所として利用されました。その後、岩崎さんは様々な葛藤を抱えながら、宝来館の建物が残された意味について考え、「ふるさとの目印となる、供養の宿」として再びこの地で再出発することを決めました。

その際、外国人記者から「この場所では歴史的に何度も津波被害にあっているのに、なぜまた同じ場所で旅館を再生するのか。同じ過ちを繰り返し、あなたたちは愚かではないのか。」といった質問をうけたそうです。
岩崎さんはそれに対して、「三陸の田畑は代々人間が手を加えて作ってきたものだからこの土地は人がいないと復興ができない、だから帰るのだ。」と答えました。そして、「これを機に私たちは、今後は一切震災による被害はださない。」と宣言しました。

この地域は地盤が安定しており地震による揺れ自体はそれ程強くなく、問題はその後押し寄せる津波にあります。岩崎さんは、住民が津波に対する知識を持ち、津波が押し寄せた際に迅速に避難できるよう教育や避難路の確保を徹底すれば、この根浜海岸は甦ると信じています。そして、それらの対策を行政ばかりに頼るのではなく、住民たちが自分たちで考えて行動することが重要だと考えて、岩崎さんは宝来館の裏に避難路を作る計画をたて、今その実現に向けて動き出しています。

しかしながら、宝来館付近の64世帯は1つを残してほぼ全滅の状態であり、被災から一年以上経た今でも、復興するためには解決せねばならない問題が多く残されています。とくに、漁業、農業を通して自然に多くの恩恵を受けてきたこの街では、海と町を断絶する巨大な防波堤や水門をどのように作るかは非常に大きな問題です。

ゼロからまちづくりを進めてゆくうえで、自然と良好な関係を壊すことなく、同じ過ちを繰り返さないためにはどうすべきか。岩崎さんは、被災者だけでなく日本中の人々が知恵を出し合って復興を進め、世界に誇れる「未来の日本のふるさと」にすべきだと考えています。

そして、会場にいらっしゃる多くの建築家の方々に、「どうか私たちと一緒に、新しいまちのジオラマをつくってほしい」と強く訴えました。

 

続いて、大砂賀宣成さんから、被災地に建てられたcafe & bar Apeについてお話がありました。

宣成さんは、岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里の出身です。震災が起こるまでは、奥様の里亜さんとともに東京で音楽活動していましたが、震災以降故郷に何度も訪れるなかで、家族を連れて、東京から吉里吉里に移り住むことを決意しました。

吉里吉里の一帯は壊滅的な被害で、宣成さんの実家も基礎を残し、ほぼ全て流されていまいました。宣成さんは被災地で生活する中で、被災地には仕事をして、お金をもらって生活をする、という当たり前の生活が失われてしまっていることが問題だと感じました。

そして、まずはそうした視点から復興してゆくべきだと考え、瓦礫を撤去して基礎のみが残された実家の跡地で、カフェバーを開くことを決意しました。それからは、設計図もない中で、瓦礫集積所で材を集めてまわり、見よう見まねで建物を作り上げてゆきました。

そして、8月に着工してから2ヶ月の10月には、cafe & bar Apeがオープンしました。

店名のApeとはアイヌ語で「火」を意味し、被災して灯りの消えたこの町で、人々の心も温める灯りのようなお店にしたい、という思いをこめたそうです。

当時はまだ電気も復旧しておらず、津波で何もなくなったところに建物が建てられている、と話題になり、近隣の人々が多く集まるようになりました。お店では、食事やお酒を楽しむだけでなく、みなが復興についてそれぞれのビジョンを語る場となったり、地元の女性達が集まってクラフトを作ったり、ときには宣成さんがDJをしたりと、吉里吉里の外からも多くの人がやってきて、様々な人々の交流の場として機能しています。

このように、宣成さんは被災後の吉里吉里で、自らの手でゼロから建物をたて、店作りを進めてきました。宣成さんはcafe & bar Apeの経営を通じて、「被災後の不便さの中にこそ、生活の豊かさがあるのではないか」と感じるようになったと語りました。

そして最後に、奥様の里亜さんとともに、復興への気持ちを歌った「歩きましょう」を披露してくださり、会場が拍手喝采に包まれる中、講演は終了となりました。

今回3人のお話から、震災から1年4ヶ月を経て未だに数多くの問題を抱える中で、被災地の人々が力強く復興に向けて動き始めていることを知りました。

そして、亡くなった方々への供養の気持ちをこめた宝来館の「灯り」と、被災地の人々の心を温めるcafe & bar Apeの「灯り」、その両方ともが被災地には必要とされているのだと感じました。