会員公開講座 北山孝雄さん・黒岩信忠町長「草津温泉のまちづくり」

2019年01月29日

2018年11月17日、人を軸にしたまちづくり、暮らしづくりを手掛ける北山創造研究所代表の北山孝雄さんと、温泉街を中心に付加価値の高いまちづくりに取り組んでいる群馬県草津町の町長を務める黒岩信忠さんをお招きして、公開講座が行われました。


まずはじめに、北山さんから草津温泉がいかにして風情と情緒を取り戻し、にぎわいを呼び戻したか、まちづくりの観点から見た草津温泉のお話を伺いました。

北山さんはこれまでも、まちの中にある「もっとこうしたらよいのになぁ」と感じた部分に対して、さまざまな提案をしてこられました。
実現にまでは至らない提案もある一方で、広場を主役に据えた商業施設『サンストリート亀戸』の総合プロデュース、『福徳神社』の復活をはじめとした東京都・日本橋エリアのまちづくり、両国駅前駐車場を広場につくり変えた『両国駅広小路』など、景観や使い方を変化させ、まちの価値向上に成功した例も多くあります。

まちが置かれている状況や持っている資源はその時々で大きく異なるため、まちづくりの手法はいつも「あの手この手」だという北山さん。しかし、人々がお金を使わなくても集って楽しむことのできる広場や、地に足のついた収支計算、歩いて楽しむことのできるスケール感、まちに残された歴史や情緒を活かすことなど、まちづくりを考える上で踏まえるべき要素はある程度共通していると言います。

そんな北山さんの考え方に深く同調した黒岩町長からのオファーをきっかけに、草津温泉のまちづくりは幕を開けました。

当初の草津温泉の姿は、「情緒ある温泉街」からはかけ離れたものでした。まちの宝であるはずの湯畑(湧き出した温泉の集積所)周辺には近代的なつくりの建物が立ち並び、昔ながらの温泉街として期待されるような景観とは言えませんでした。また、湯畑周辺に町営の駐車場があることで車の往来が増え、徒歩で観光を楽しむ温泉客にやさしくないエリアになっていました。歩く子どもの真横をバイクがすり抜けていく光景は、北山さんの目には実に暴力的なものに映ったそうです。
そこで北山さんは、これらの駐車場を廃止し、まちの核となるような名所につくり変えようと提案したのです。

まず最初に提案したのは、風情を取り戻すための3つの施設でした。木造の日帰り温泉『御座之湯』、棚田状に形取られた『湯路広場』、湯もみや落語のショーを楽しめる『熱乃湯』。特に、湯畑を一望できる場所に位置する『湯路広場』は、繁忙期にはお祭りや演奏会といったイベントで集客し、閑散期には人々が自由に憩えるオープンな広場として使われているそうです。

北山さんが次に着目したのは、湯畑エリアの「夜」の演出でした。

多くの人が集まる湯畑エリアは草津温泉のランドマーク。その大切なスポットは、夜になると雑多な照明器具で無尽蔵に照らされ、せっかくの情緒を上手に演出できずにいました。

その風景を目にした北山さんの次の提案は、湯畑エリアの照明計画でした。『灯路計画』と名付けられたこのプロジェクトは、岡本太郎氏によってデザインされた柵や湯畑の内部に直接発光体を埋め込み、まるで湯畑そのものが輝いているかのような、ロマンチックな照明に変えることに成功しました。

意外なことに、この変化は若年層の間でも好評を博し、SNSには美しく照らされた湯畑の写真が数多くアップロードされるようになったと言います。こうした来街者からの目線は、見落とされがちな夜の時間帯の楽しみ方を考え直す契機にもなりました。

こうして考えると、まちの資産となっているのは、近代的な建物や収益だけにフォーカスした施設ではなく、誰もが接することのできる道や広場、緑といったものではないかと、北山さんはつくづくおっしゃいます。
「まちづくりを成功させるには、潜在的なまちの資産を再認識した上で、熱意をもってプロジェクトを推進することのできる人と連携しながら進めていくことが必須です。それが大切な部分でもあり、一番面白いところでもありますね」と締めくくられました。

続いて黒岩町長から、町長ならではの財政やまちづくり改革についてのお話を伺いました。

黒岩さんは「お客様に愛される草津町の実現」をスローガンに掲げ、2009年に町長に就任されました。自身のまちづくりの特徴を、100年先でも通用する「本物志向」と、採算性を軽んじない「ビジネス目線」の両立だという黒岩町長。草津町の中心街は歴史を感じることのできる『クラシック草津』、周囲のエリアは中心街とは異なる個性をもった『リゾート草津』とコンセプトを分け、多面的な魅力のあるまちとしてアピールしようと考えました。

『御座之湯』『湯路広場』の敷地は温泉街の一等地に20年間にわたって仮設駐車場としてしか使われてこなかった土地でした。歴代の町長もこの敷地の転用を試みてきましたが、地元の人たちの猛反対に合い、改革実現には至らなかったのです。

黒岩町長の最初の挑戦は、まさにこの敷地の転用からの始まりでした。「銀座のど真ん中に駐車場がありますか?草津も同じこと。温泉街の中心に駐車場があると車で溢れかえり、まちは情緒を失い衰退してしまう」と移転をうったえ、まちづくりの重要性を主張したのです。しかし、周辺の商店にとっては便利な駐車場。中心街で旅館や商店を営む地元の住民の人々から、駐車場が移転すれば客足が遠のいてしまうに違いないと猛反対にあいました。それでもなお「外にない魅力ある中心街であり続けることができれば必ずお客は増えるはず」「中心街にエネルギーをもたせれば、周辺エリアにも徐々に客足が向くようになる」と説得を重ね、強い意志の元、プロジェクトを推進。結果的には、町内でも絶大な求心力を誇る施設となったのです。

一連のまちづくり改革で決めたことのひとつに、「統一された時代の建物はつくらない」という項目があります。先人たちがまちづくりをしてきた時代の流れや物語性を大切にしたいという思いからきたもので、『御座之湯』は江戸・明治の趣を、『湯路広場』は昭和レトロを、『熱乃湯』は大正ロマンを想起させる内外装になっています。建造物を建てるにあたっては質の高さに妥協せず、100年後にも残せるよう木造による建築物としました。また、温泉街の青年部を中心にまちづくりのルールを作成し、そのルールを景観条例として定めるなど、他の自治体では行わないアプローチを選択し、「本物志向」の姿勢を貫かれています。改革の中で最初に完成した『御座之湯』は、まちなみの見本となる建物でもあるのです。

計画当初、高みの見物をしていた批判的な一部の町民も、徐々に伸びていく客数を見て、「自分たちも工夫すればもっとお客さんに喜んでもらえるかもしれない」と、積極的にまちづくりに取り組むようになったそうです。

その結果、2017年には、321万人を超え、2018年には本白根山の噴火被害があったにも関わらず、観光客数はバブル期と同じ約300万人を超える入込客数を記録するに至りました。本白根山の噴火は、温泉やスキーを売りとする草津町にとって致命的な出来事のように思われましたが、危険なエリアと安全なエリアを冷静に判別し、危険なスポットは厳しく閉鎖する一方、安全なエリアは直ちに再開するという迅速な対応をとることや、火山に関する監視情報をYouTubeに動画配信するなど、徹底した情報公開により、客数への影響や風評被害を最小限に留めることができたと言います。

このようにして黒岩町長は、「100年前の時代を遡及して、100年先にも通用するまちづくり」を念頭に置き、付加価値を高めるために温泉街各所のまちなみ修景事業に取り組んでこられました。
草津町には複数のライブカメラが設置されており、温泉街のにぎわいに誰でもYouTubeからアクセスすることができます。「一度見たら終わり」になりがちなプロモーションビデオと違い、その時々で異なる風景を映し出すライブカメラは見る者の目に楽しく、そのアクセス数は1日平均20,000回にも及ぶそうです。画面に映る湯畑は、湯気や温泉が流れる風景に光が当たることで常に表情が変わり、他の地域では決して真似することのできない光景となっています。

こうした数々の施策の結果、黒岩町長就任後の草津温泉は、都市景観大賞(国土交通大臣賞2017年)、アジア都市景観賞を受賞(国連主催2017年)したり、市区町村のブランド力ランキング(2018年)で東京・渋谷より上位となる34位/1741位を獲得したりと、その成果は数字にも表れるようになりました。

ですが、黒岩町長の改革はこれで終わりではありません。今後は湯畑から徒歩5分圏内にある地蔵地区エリアの整備も手がけていかれる予定だそうです。

黒岩町長は、自らを「町長」としてだけではなく、ひとりの「町民」かつ「ビジネスマン」として捉えていると言います。様々な立場からまちのあり方を考えることで、歴代の町長からは出てこなかったアイデアを生み、実現してきたのです。

昨今のまちづくりにおいては、画一的な建物を建て、東京の模倣のような施策が行われることが少なくありません。しかし、本当に大切なのはむしろ「他の場所にはないものをつくること」であると黒岩町長はおっしゃいます。また、今後の温泉観光地が求められるものは、大型ホテルの観光地化ではなく、いかにまちづくりを行うかが成功する鍵であるとも言います。

他では絶対に見られない景色・できない経験を提供することが、まちの価値向上に寄与し、経済効果を生み、末長く愛される観光地の実現につながってゆくのでしょう。

下田彩加