会員公開講座 三好健宏さん「新しいモビリティの可能性」

2020年12月04日

8月23日、新型コロナウイルスによる混乱と猛暑日が連日の話題となる中、伊東塾恵比寿スタジオでの対面とウェビナーとの併用形式にて、第3回公開講座が開催されました。今回の講師は、日産自動車株式会社モビリティサービス部でご活躍されている三好健宏さんです。三好さんは、現在、”自動運転のその先を創造する”をミッションとして、新たなモビリティサービスの社会実装を目指しご活動されています。さらに、伊東塾が長年取り組んできた大三島でのプロジェクトにも、現在進行形で参画して頂いています。今回の講座では、三好さんが取り組まれてきた「新しいモビリティと社会」に関連する話題について、基本的な問題の枠組みから実践例に至るまで、幅広い内容をご提供いただきました。

近年の自動車のトレンド:Case Connected Autonomous Sharing Electric

まず、近年のモビリティサービスにおいて押さえておくべき「新しいモビリティ」の事例として、①電気自動車、②自動運転、③シェアリング・コネクテッド、の3点の概要をご説明いただきました。

まず1つ目に、「電気自動車」です。全二酸化炭素排出量の4分の1程度の量に責任を負ってきたという自動車産業の問題点を改善するものとして取り上げられることの多い「電気自動車」ですが、製品の作りが簡素化する分、新たなプレイヤーの参入を加速化するのではないかという点も期待されています。

2つ目に、「自動運転」です。1年間に交通事故で犠牲になられる方は、日本では5000人程度、全世界では100万人近くにものぼります。それを減らすために、”ぶつからないクルマ”の究極形として、車が自動で運転することで人為的なエラーをなくすという安全性が目指されているそうです。これを実現するためには、自動車会社だけではなく、マップ技術や、センサー技術を備えた新たな会社の参入が必要とされています。

3つ目に、「シェアリング・コネクテッド」です。最近当たり前に見られるようになってきた、スマホでタクシーが呼べるサービスをはじめとするものであり、個々人が車を所有するのではなく人の車を借りるというトレンドです。一般論として、所得が比較的限られている国はシェアリングに対して前向きという傾向や、特に若い世代を中心としてものを所有するこだわりがないという傾向が認められています。このような新たな価値観を味方につけて、現在トレンドとなっている観点です。

これら3点のトピックは、従来より自動車業界が孕む”当たり前”として認識されてきた点、すなわち自動車排気ガスによる環境問題、交通事故の問題、個々の消費者による自動車の所有を前提としてきたビジネスモデル、といったものを、根底から覆す可能性を持つものです。このような意味で、これからご紹介頂く三好さんの未来に向けた実践においても、そのフレームワークを形成する重要な考え方となっています。

「新しいモビリティ」によるインパクト:今後の業界と社会のあり方

「新しいモビリティ」が社会に浸透していくにつれて、私たちはどのような変化に直面することになるのでしょうか。まず、色々な部品メーカーさんに支えられた自動車メーカーが消費者に製品を提供する、という従来のビジネスモデルから、より間接的な形で自動車会社がユーザーエクスペリエンスに関わっていく形へとシフトする可能性について三好さんは指摘されました。その例として示して頂いたのは、株式会社良品計画がフィンランドの自動運転技術の研究開発を行う会社Sensible 4にデザインを提供して、自動運転バス「GACHA」を運行する共同プロジェクトに参画しているという事例です。また、中国の自動車メーカーによる先進的な電気自動車のリリース事例を取り上げ、自動車業界に多様で実力のある新規プレイヤーが存在感を発揮し始めている点も強調されました。

一方で、「新しいモビリティ」を導入していく上で、社会的に取り組んでいくべき課題も山積しているのが現状です。その例として、2つの観点から問題を提起して頂きました。1つ目は、電気自動車と環境問題との関連です。クリーンなイメージで語られる電気自動車とはいえども動力として電力が必要であり、それは発電所で供給されます。つまり、その場では排気がなくとも、もしも石炭・火力発電が多い場所で電気自動車を利用しようとすれば、二酸化炭素の排出量がかえって増加してしまうのではないか、という懸念もあり得るというわけです。2つ目に、「新しいモビリティ」の出現によって必要となる、社会システムや正義を再構築する労力が、新たに提供される価値に見合うのか、という問題です。ここで想定されている”労力”は、①インフラ・法整備の問題や、②人命に関わる事象の責任所在に関する正義の問題です。一方で、自動運転によって一般的に思い描かれている(免許がいらない、移動中の時間が自由に使える、移動経路をシステムが最適化してくれる)価値は、ともすれば現在のタクシーサービスでも充足しているものであり、これから真に追及していくべき価値なのかという点については疑念が残ります。したがって、現在トレンドになりつつある「新しいモビリティ」を実践段階へと進めていくためには、誰がいかに社会実装していくかを解決するための大規模で複雑な議論が必要とされています。

 

 

「新しいモビリティ」によるインパクト:今後のまちづくりのあり方

さらに、長年商品企画に携わってこられた経験から、社会に存在する多様な立場からの「新しいモビリティ」に対する意見と、それらを踏まえた今後のまちづくりの可能性について分析をして頂きました。三好さんが想定されているアクターは、①業界の人々、②都市設計者、③サービスの提供者、④交通物流業者、⑤生活者、の5つです。これらのアクターを踏まえて、今後のまちづくりのあり方については、大きく分けて2つの観点からの議論が考えられます。

1つ目は、都市設計的観点です。都市計画業界の中では、「新しいモビリティ」によって、従来型の車中心型まちづくりから、歩行者や自転車のために空間が利用されるまちづくり方式への転換を実現できるのではないか、という期待感が高まっています。具体的な場面としては、自動車が合理的に用いられることによる、渋滞の緩和・物流業界における運転手不足等課題の改善・駐車スペースの削減・マルチモーダル交通体系の確立、が想定されます。

2つ目に、都市居住の観点です。ここでは、「新しいモビリティ」が確立した未来の世界に対する人々の一般的な印象について、二つの対照的な建築コンペの学生案、「田舎でも利便性の高い暮らしが実現する未来」を想定した案と「自宅の中ですべての生活が完結するようになった結果全デザインが画一化された未来」を想定した案の2点が紹介されました。これらが象徴しているように、「新しいモビリティ」に対する期待感とは裏腹に、新技術が抱える負の側面を直視して問題解決を図ることも求められています。代表的なものとして、エネルギー使用量をいかに抑えるか、都市のスプロールをいかにコントロールするか、特にコロナ禍を経た現在ではコンパクトシティ・ウォーカブルシティを推進しつつ密を避けるというバランスをいかに確保するか、といった観点が想定されます。つまり、今後必要となってくるのは、「新しいモビリティ」有無に関する二元論的議論というよりも、その賢い利用方法に焦点を当てた議論なのです。

 

 

「新しいモビリティ」を活用した実例として:みなとみらいスマートシティの場合

実例の一つ目は、横浜市との共同プロジェクトです。2017年よりみなとみらいスマートシティのモビリティ分科会として議論を進めています。横浜市が抱える「近接している東京都の差別化」問題と、昼間人口が非常に大きい(※居住者1万人に対して昼間人口19万人)という特徴を生かし、「ちょっとした移動が人々の交流とイノベーションを促進させる街」として地域全体の価値を向上させることを目標としています。

以上のプランを実現するために論点となっているのは、①現行の交通よりもスムーズで負担なく利用できるモビリティの考案、②都市から得られるデータと新モビリティとの繋げ方・利用方法、③公共交通機関の結節点で実現できる賑わいのデザイン、という3点です。加えて、モビリティサービスを運営するためのインフラ整備、既存のインフラとの役割分担、事業として維持が可能なのか、という実践に落とし込む際に超えなければならないハードルについても考える必要があります。

このように、考えなければならない課題は山積していますが、「新しいモビリティ」を使ってどのように日常の暮らしが変わるのか、地方の公共交通機関が抱える事業存続の問題など将来的に日本が直面しうる難題を解決する手段としていかに応用可能か、というより俯瞰的な問題意識を組み合わせつつ、論点の整理とそれに対する答えを模索されている途上だそうです。

大三島における活動:これまでと、これから

さらに、横浜市とのプロジェクトを踏まえて、大三島を舞台に、実際に新しいライフスタイルを描き出すことに挑戦されています。伊東建築塾・神奈川大学・関東学院大学と共同で「新しいモビリティのあるライフスタイル」をテーマとして議論した結果をもとに、今治市・尾道市の政策企画課の皆さん、地域の観光地域づくりの皆さんと「新しいモビリティ」のある地域づくりについて議論を深めています。今後は、より大きい人の流れを前提にできる「しまなみ海道」を対象エリアとして、実証実験を計画しています。

これら議論の端緒は、「新しいモビリティで人の動きを変えて大三島の賑わいを取り戻す」という着眼点です。伊東建築塾が大三島で行っている3つのテーマである(①参道の活性化、②廃校・空き家の改修、③ワイン醸造所とオーベルジュの活性化)を新モビリティ導入のフレームワークに設定して、3つに類型化したユーザー(①地域住民、②観光・周遊体験をする来訪者、③移住/関係人口)の動きを「新しいモビリティ」によって変化させることで、大三島を活性化させる正のスパイラルを実現させます。例えば、島内をスムーズに移動できるモビリティを提供することで、観光・周遊体験をする来訪者の地域体験の質を向上させ、リピーターや新事業・多拠点居住を見据えた人々の誘致へと繋げます。そして、移住/関係人口の増加や島内のモビリティの改善によって地域住民の生活の利便性も高まり、島全体がより魅力的になっていく、という正のスパイラルが想定できるのです。

今後は、以上のアイデアを基盤に、伊東建築塾や行政との共同で、モビリティとエリアマネージメントを組み合わせたプロジェクトへと発展させて行くことを目標としています。その達成のためには、現地でプロジェクトを強力に推進し実行させる力を持つ地元のプレイヤーに協力を仰ぐことが重要です。したがって、これらのプレイヤーを軸とした地域の協議会を作ることで、社会実装や運営の仕組みまできちんと構築し、アイデアを体現していくことが今後の課題です。

今回の講座では、「新しいモビリティ」実現のためには、自動車メーカー・行政・ユーザー・多様な分野の専門家といった多くのアクターの知見と参画が必要不可欠である点がよくわかる実例を紹介して頂きました。コロナ禍により「集中」を基本とする従来型の都市のあり方の変更が余儀なくされている現在、既存のインフラのあり方を根底から覆す可能性を秘めた「新しいモビリティ」はますます注目を集めていくのでしょう。20世紀機能主義を乗り越えた「建築・人・自然を包括的に捉え直す思想」を模索してきた当塾にとっても、社会を構成する多様な人々が知恵を出し合って形成していく「新しいモビリティ」のお話は、とてもワクワクさせられるものでした。

岩永 薫