会員公開講座 佐藤卓さん「デザインって何だろう」

2022年02月02日

11月27日、グラフィックデザイナーの佐藤卓さんをお招きし、本年度4回目の公開講座が開催されました。「出自を示すためにグラフィックデザイナーと名乗り続けている」とおっしゃる佐藤さんですが、その活動内容は、商品開発・パッケージデザイン・シンボルマークデザイン・アートディレクション・子ども向け教育番組の総合指導・展覧会の企画、開催など、多岐にわたります。これらの多様なデザインのお仕事を通して、佐藤さんは常に「これも実はデザインなのでは?デザインとはなんだろうか?」と自問自答されているそうです。今回の講座では、佐藤さんが携わってこられた多様なプロジェクトにまつわるお話を伺い、参加者の皆さんと共に「『デザイン』ってなんだろう?」というテーマについて考えました。



デザインはそこらじゅうにある
佐藤さんは、NHKで20年近くにわたり放送されている「にほんごであそぼ(2003-)」や、デザインの世界を体験型の展示で体感できる「デザインあ展(2013, 2018)」など、デザインの視点や考え方を幅広い人たちに伝える活動にご尽力されてきました。「目に見えるところでも、見えないところでも、デザインは私たちの生活のそこらじゅうにある。だからこそ、子どもたちにも出来るだけ早い段階からデザインについて考えてもらうことが大切。そのリテラシーは、コミュニケーションを円滑にするし、将来絶対役に立つ」という信念をお持ちだからこそ、佐藤さんは「子どもたちに直接お話ができる今回の機会をとても楽しみにしていた」のだそうです。

デザインの可能性を広げた「ニッカウヰスキー ピュアモルト(1984)」
佐藤さんの最初の大仕事は、広告代理店での勤務時に商品企画から広告に至るまで全てをデザインした「ニッカウヰスキー ピュアモルト(1984)」でした。このプロジェクトの肝は、ウイスキー瓶としての役割を終えたプロダクトが、購入者から新たな使い道を授けられるようデザインを工夫したことです。購入者が「この瓶は何かに使えそうだ」とアイデアを発見できるよう、瓶のネジ山を省略し、出来るだけシンプルな形状の瓶をデザインしました。このプロジェクトを通して、約40年前の大量消費を良しとする価値観とは一線を画す「使った後のことまで考える」という視点や、「人々の行動をも左右しうるデザインの可能性」について、佐藤さんが意識し始めるきっかけとなりました。

周りと差をつけるデザイン「ロッテ キシリトールガム(1997)」「明治おいしい牛乳(2001)」
当たり前を疑ってデザインを工夫することで、類似の品々の中でも、そのプロダクトを際立たせることができます。「ロッテ キシリトールガム(1997)」では、それまでの”お菓子・歯に悪い”というチューイングガムのイメージに対して、”デンタル・歯に良い”というイメージを提示して他のプロダクトとの差別化を図りました。加えて、各種お店での並べられ方を研究し、縦横いかなる陳列をされたとしても一目で認識してもらえるよう、歯をモチーフとしたロゴを作成するといった工夫も凝らしました。

「明治 おいしい牛乳(2001)」では、陳列された商品群の中で目立たせる工夫として、”あえて主張が少ない謙虚なデザインを施す”という手法を取りました。このデザインは、佐藤さんの「牛乳は普通に/当たり前に、冷蔵庫の中に佇んでいてほしい」という気持ちが端緒となっています。デザインをする上では、変化球を投げるだけでなく、生活の中にある普通を尊重することも大切なのだそうです。

届ける情報に工夫をした「S&B スパイス&ハーブ(2006)」「千鳥屋 チロリアン(1997)
「パッケージデザインは人との距離で届く情報が変わる」とおっしゃる佐藤さんがプロダクトのデザインをするときは、①遠くから見るとき、②近くで見るとき、③手に取ったとき、の3つの段階で考えるのだそうです。

「S&B スパイス&ハーブ(2006)」では、遠くから見ても商品を一目で識別できるよう、商品のシルエットにこだわりました。

「千鳥屋 チロリアン(1997)」では、手にとってよく見た時に初めてわかる遊び心を加えました。チロル地方の民族衣装を着た5人衆の顔をよく見てみると、それぞれに「チ」「ロ」「リ」「ア」「ン」と言っているかのような表情をしているのです。このように、届ける情報に趣向を凝らせるのもデザインの醍醐味なのです。

想いを届けるデザイン
佐藤さんは、多種多様なシンボルマークのデザインも手がけてこられました。
「吉本興業(2016)」では、笑いで人々をハッピーにする様子を、笑い顔の口をハートマークにすることで表現しました。
依存症の理解を深めるためのアウェアネスシンボルマーク「Butterfly Heart(2021)」では、見えないところで寄り添う優しさや、人と人との繋がりでハートが生まれる様子が表現されています。

「国立科学博物館(2007)」では、博物館という場所の”想像力を育む”役割に着目し、一目では何を表すかわからないような想像力を掻き立てるデザインを施し、「想像力の入り口」と名づけました。
「美術出版社(2008)」は、”美”という漢字の1画1画を回転させて作られた造形です。こうすることで、「美」をあらゆる角度から捉えて本を出版するという会社の姿勢を表現しました。

このように、一つのマークを通して、ある物事や団体のフィロソフィーや想いを届けるということをも、デザインで可能にすることができるのです。

佐藤さんのデザイン活動がここまで広範囲であることの背景には、「世の中全て繋がっている。一つのデザインを考えるとき、その周りの物事との関係でデザインを考えていく」という信念があるのだそうです。そして、デザインを作り上げていくプロセスでは、クライアントとの「共創」を大切にされています。佐藤さんの魅力的なデザインの根底には、物事や人々との関係性に対する佐藤さんの細やかな気配りがある、ということに気付かされた講座となりました。

岩永 薫