第2回公開講座 木谷宗一さん「建築現場って何だろう」

2024年10月31日

 6月1日、長年にわたり建築施工の最前線に携わってこられた木谷宗一さんをお迎えして、第3回目の公開講座が開催されました。木谷さんは、1971年から2018年まで竹中工務店に在籍され、工事課長として、数々の建築施工の現場で指揮をとってこられました。また、作業所・技術研究所・技術部門でもご活躍され、これらの豊富な経験を活かし、建築現場におけるものづくりを解説する多くの著書も出版されています。今回の講座では、「建築現場」ってなんだろうというテーマのもと、現代の建築現場の実態や、建築に携わる人々の役割、そして建築技術の進化について、詳細にご解説いただきました。

伊東塾長とのご縁とこれまでの道のり

 まずご紹介いただいたのは、伊東塾長をはじめとする建築界との関わりとご自身の経歴についてです。木谷さんは、伊東塾長の連載「私の履歴書」(日本経済新聞、2023年7月全30回)をご覧になり、ご自身の人生との類似点を色々と発見されたのだそうです。お二人の誕生日が偶然にも6月1日で一緒だったこと、お父様が終戦前後に海外から引き揚げてこられたこと、1971年に木谷さんは竹中工務店に入社、伊東塾長が株式会社アーバンロボット(URBOT)を設立していたこと、木谷さんの最初の現場が伊東塾長の故郷・長野県諏訪市だったこと。そんなお二人は、秋田県の《大館樹海ドームパーク》(1997年)のプロジェクトで協働します。

 木谷さんの47年間にわたる竹中工務店での経歴は、現場から技術研究所、技術部、本社の生産部門まで多岐にわたります。特に、本社生産本部での勤務が全キャリアの48.5%を占め、「生産本部の幹」として専門性を深めてこられました。また、日本建設業連合会施工部会長としての活動や、国土交通省との関わりなど、業界全体に貢献する活動にも熱心に取り組んでこられました。加えて、木谷さんは、教育者としての側面もお持ちです。全国で「木谷塾」という研修会を開催するなど、若手育成にも注力してこられました。特に、工学教育賞(日本工学協会)経済産業省イノベーション環境局長賞を受賞している木谷さんのご著作『施工がわかるイラスト建築生産入門』(2017年、彰国社)は、伊東豊雄建築設計事務所でも、必読の書なのだとか。

 こうしたご経歴を支えてきた座右の銘として、「継続は力なり」「積み重ね、つみ重ねても、またつみ重ね」(建築家・内藤多仲氏の言葉)を紹介されました。また、技術開発の推進と現場運営の両立、継続的な改善、感性を持った技術者であり続ける、10年単位での目標設定といったモットーも大切にされています。

建設業の現状と竹中工務店

 続いて木谷さんは、建設業界の現状と竹中工務店についてお話しくださいました。まず、建設業界が直面している課題として挙げられたのが、長時間労働と高齢化の問題です。建設業の労働時間は全産業平均の約1.2倍、週休2日を実現できている現場は2019年時点でわずか3割程度とのこと。さらに深刻なのが、職人の減少です。1997年には464万人いた建設業就業者が、2022年には305万人まで減少しました。このまま新規入職者の確保ができなければ、2025年には216万人にまで落ち込む可能性があるといいます。こうした状況に対し、現在、適正な工期の確保や週休2日制の導入、時間外労働の規制など、様々な改善策が進められているそうです。

 このような業界の中で、竹中工務店は年間売上高1兆4,600億円を誇る、日本を代表するゼネコンの一つです。一級建築士と一級施工管理技士がそれぞれ2,500人弱在籍する同社の特徴は、「工務店」という社名に象徴される、設計と施工の一体化を重視する姿勢にあります。これは、図面を描き施工も行う大工棟梁の精神を受け継ぐものだと木谷さんは説明されます。

 竹中工務店の歴史は古く、織田信長の家臣であった竹中藤兵衛正高(普請奉行)にまで遡ります。本能寺の変後、宮大工となった正高から数えて、現在の社長で20代目、創業から414年を数える老舗企業です。近代以降は、東京タワー、東京ドーム、大館樹海ドーム、シンガポールのキャピタルグリーン(伊東豊雄建築設計事務所)など、数々の象徴的なプロジェクトを手がけてきました。最近では、原宿駅前のウィズ原宿(伊東豊雄建築設計事務所)や、世界最大級の木造高層ビルとなる予定の東京海上日動ビル(高さ100メートル)など、時代の最先端を行く建築にも挑戦を続けているとのことです。

 また、竹中工務店の強みの一つが、全国に広がる協力会社のネットワークです。「竹和会」と呼ばれる協力会には1,161社が加盟しており、これにより日本全国でハイレベルな施工品質を実現できる体制を整えているそうです。木谷さんは、建築設計を人体に例え、構造設計を骨格、設備を血管や臓器、外装を皮膚や意匠に例えながら、これらすべての要素が調和してこそ、優れた建築が実現できると説明されました。

建築生産の詳細:関わる人たちと工事工程

 建築生産とは、建築主、設計者、工事管理者、ゼネコン、サブコン、各種職人など、実に40以上の職種の人々が関わる営みの総体だと木谷さんは説明されます。今回、木谷さんは地下2階地上18階建て(地下:鉄筋コンクリート造、地上1-2階:鉄骨鉄筋コンクリート造、3階以上:鉄骨造)の建物を例に、工事の流れや各工程に関わるキーワードについて詳しく解説されました。

 まず着工に向けた準備工事では、仮囲いやゲート、仮設事務所の設置が行われます。近年は、女性技術者の増加に対応し、女性専用の更衣室やシャワールームなども標準的に設置されているそうです。また、建設現場では環境への配慮も重要視され、3R(reduce, reuse, recycle)の観点から、廃材の分別も徹底して行われています。

 本格的な工事は、地下工事から始まります。まず、根切に際して土砂崩壊を防ぐ山留め工事が行われます。工法には、地盤状況に応じて、H鋼材と米松板を組み合わせる工法や、土とセメントと水を撹拌して固めるソイル壁の工法などが選択されます。次の杭工事では、横浜のマンション傾斜問題の教訓から、支持層への到達を確実に確認することが強調されました。木谷さんによれば、積分電流計という科学的な計測機器を用いて、支持層の抵抗値を確実に測定しているとのことです。

 地上階の建設では、主に鉄骨工事が中心となります。3フロア分を1節として区切り、建方を進めていきます。この際、クレーンでの生産性を向上させるために、複数の部材を同時に取り付けるなど、効率化が図られています。建て方後は、垂直精度をミリ単位で計測し、歪みを修正。最近では「建方エース」という新しい計測機器も導入され、従来のワイヤー張りによる測定から進化しているそうです。

 建物の外装工事に取り付けるカーテンウォールは、はファスナーと呼ばれる金具で取り付けられ、水平・垂直・出入りの3方向で精密に調整されます。続く防水工事では、屋上に複数層のアスファルト防水を施工。重ね代は10センチ以上確保し、最後に24時間の水張り試験で漏水の有無を確認します。

 仕上げ工事では、左官工事(下塗り・くし引き・中塗り・上塗りの工程)、タイル工事(様々な張りパターンと打音検査)、塗装工事(下地・下塗り・中塗り・上塗りの工程)など、それぞれの工種で職人たちの繊細な技能が要求されます。これら職人の技能を評価する取り組みとして、熟練工には日当以外に6,000円の手当を支給するマイスター制度があり、技能者の待遇改善も進められているそうです。建物の性能を支える設備工事も並行して進められます。電気設備では天井内配線やケーブル配線、空調設備では空調機の設置、衛生設備ではトイレなどの衛生器具の取り付け、さらに昇降機設備や防災設備の設置なども行われます。また、外部からの電気や水道の引き込み工事も重要な工程となります。

 各工種の工事が完了した後、社内検査や工事監理者や官庁検査などを経て、めでたく竣工となります。木谷さんは、これら工事全体を指揮する現場所長をオーケストラの指揮者に例えられました。工程表は楽譜であり、それぞれの職種がパートを担当する楽器のように、タイミングよく、調和のとれた演奏を実現することが求められるのだそう。また、現場管理には、QCDSE(品質、原価、工程、安全、環境)の5要素に加え、最近ではM(man-人)の要素も重視され、モラルやモチベーション、マネジメントまでを含めた総合的な管理が必要とされているとのことです。

建築現場の変建

 木谷さんは、建築現場の変化を象徴する出来事として、伊東塾長が28年前に『季刊銀花』(1996年秋号)に寄稿された「手をめぐる400字」という記事を紹介されました。当時、伊東塾長は「コンピューターで書かれた図面は、立ち上がってくる建築もかなり変えるに違いない」と予見されていたそうです。その言葉通り、現在の建築現場では、BIM(Building Information Modeling)やコンピューテーショナルデザインが主流となり、もはやこれらのデジタル技術なしには建物が作れないほど、建築生産は大きく様変わりしてきました。

 もう一つの大きな変化は、建設現場における女性の活躍です。日本建設業連合会が「けんせつ小町」という愛称とロゴマークを制定し、女性の技術者の活躍を積極的に推進しています。木谷さんによれば、女性技術者が現場で管理を行うことで、職人たちとのコミュニケーションがよりスムーズになる効果が見られているそうです。

こうした変化の中で、木谷さんは建築技術者に求められる資質についても言及されました。建築は時代の文明文化の象徴であり、思想性や芸術性が求められる仕事です。そのため技術者には、確かな技術力に加えて豊かな感性も必要不可欠だと強調されます。その感性を磨くためには、本物や一流のものに触れる体験を重ねることが大切です。

 また、現場を動かすためには人間味や温かさも欠かせません。木谷さんは「青きインテリでは職人は動かない」と指摘し、建築への愛情と情熱、ものづくりへの関心、そしてチャレンジ精神の重要性を説かれました。

 最後に木谷さんは、「プロジェクトは人を作り、人がまたプロジェクトを作る」という言葉とともに、情熱を持ったプロフェッショナルであることが、建築現場で生じる様々な不安を解消し、より良い建築を生み出す原動力になるのだと、力強く語られました。

岩永 薫