会員公開講座 原研哉さん「デザインが引き出す地域の魅力」
今年度第4回の会員公開講座は、デザイナーの原研哉さんにお越しいただきました。2013年に引き続き、2016年に2回目が開催された展覧会「HOUSE VISION」を手がけられた原さんに、ご自身の活動について盛りだくさんに語っていただきました。
まずは教鞭をとっておられる武蔵野美術大学でのプロジェクト、「Ex-formation」についてお話しいただきました。これは原さんが学生さんたちと行っている授業の一貫で、日本語版の書籍は平凡社より、英語版はLars Müller Publishersより出版されています。Ex-formationとはinformationの対義語として考案した造語で、何かの対象物について、説明したり分からせたりするのではなく、「いかに知らないかを分からせる」というコミュニケーションの手法を言います。例えば、お皿とボウルの境界はどこにあるのだろう?一つひとつのものごとをテーマとして生まれた疑問を、それぞれがデザイン化してゆく授業です。
例えば「植物」がテーマの年。「植物は守られるものではなく、したたかに浸食してゆくものだ」と考えた学生は、椅子などいろいろなものに細かな植物を生やすことで、「ぞわっ」とするような面白いテクスチャを生み出しました。
Ex-formation植物
「OVERGROWN─植物は生えてきます─」
小木芙由子/ 佐藤志保 / 西本 歩
植物をブックデザイン化した学生は、本から文字がはみ出すように「生えて」きているデザインを制作しました。
Ex-formation植物
「小口─意外な増殖─」
藤巻嗣能
「正しい大根」というフレーズから、型を使って左右シンメトリーな大根を制作した学生もいました。
Ex-formation植物
「正しい大根─シンメトリーな大根を作る─」
佐久間恵莉 / 髙橋 悠
「女」をテーマとした年は、学生一人がさまざまな「妊婦」を演じるーー日本ほどさまざまな「女」がいる場所はないということを示しながら、同時にどんな姿になっても変わらない「性別」を表しました。
別の学生は「動作」に注目し、無性の存在である棒人間に女性的な動作をさせるアニメーションを制作しました。着替えたり走ったり、ボールを投げたりする動作に女性のしぐさを含めることで、棒人間なのに明らかに女性に見えてきます。とてもユーモラスかつクオリティの高い作品ばかりです。
続いて「HOUSE VISION」に先駆けて、原さんが手がけられた展覧会をご紹介いただきました。2004年に開催された「HAPTIC」では、「五感の覚醒」を第一のモチベーションとしてデザインを行うことを、22人の建築家やデザイナー、左官士、ハイテク家電メーカーなどに依頼し、HAPTICな日用品をデザインしてもらったそうです。HAPTICとは「触覚的な」あるいは「触覚を喜ばせる」という意味です。
なんと展覧会のタイトルロゴが毛でできているところから始まり、普段はへにゃんとしているのに触ると固くなるリモコン、皮膚のような素材でつくられたコンセント、果物の皮がそのままパックになったような質感の紙パックジュースなど…。「記憶がデザインの素材であり、それをどう引き出すかがデザインだ」と原さんは語ります。
続いて2009年のミラノトリエンナーレで発表され、その後世界各地へ巡回した「SENSEWARE TOKYO FIBER ’09」。日本の先端繊維の潜在力を紹介する展覧会です。猿の顔のかたちに成型された立体マスク、3次元に伸び縮みするニットでつくられ、背もたれの角度が自在に変化するソファ、笑った顔の車。
「笑うクルマ」
日産自動車株式会社デザイン本部+日本デザインセンター原デザイン研究所
会場内は展示物も含め、ほとんど白一色で構成され、その床にはトウモロコシからつくった人工苔が植えられています。「日本らしいと言われた」というこの展覧会について、原さんは「プロダクトは実のようなもの。日本という土壌の影響を必ず受けている」とおっしゃいました。
隈研吾氏による木組み
撮影:amana|Nacasa & Partners Inc.|DJI
日本デザインセンター画像制作部
そして2013年に第1回、今年2016年に第2回が開催された「HOUSE VISION」。エネルギー、移動体、複合化する家電、成熟マーケティング、美意識など――家はさまざまな産業の交差点だと考えられます。実際に体験できる展示という強みを生かし、そのさまざまな可能性を実際に見せる=「making a new industrial vision visible」を試みた展覧会です。本年のテーマは「Co-dividual」。これ以上分断できないくらい分断されてしまった家族や地域を、どのように新しいかたちで再集合させるか、という視点から企画されました。そのテーマに沿って、企業とクリエイターが1組になり、新しい住宅を提案します。今回は計12組がそれぞれの住宅を提案・展示しました。なお、企業への企画の持ち込みは原さん自ら行うそうです。第1回と同様に、建築家・隈研吾さんによる木組が会場デザインに使用され、展覧会終了後の再利用を前提としています。
例えば、ヤマトホールディングスとプロダクトデザイナー・柴田文江さんの「冷蔵庫が外から開く家」は、働く女性の一人暮らしなど、不在の住宅でも荷物を届けられる住宅を提案し、制作された会場の住宅を見ると、非常に現実味を感じました。
「冷蔵庫が外から開く家」
ヤマトホールディングス × 柴田文江
撮影:amana|Nacasa & Partners Inc.|DJI
日本デザインセンター画像制作部
LIXILと建築家・坂茂さんの「凝縮と解放の家」は水回りをひとまとめにし、給排水システムを上方に処理することで、水回りを家のどこにでも配置できるシステムを提示しました。
「凝縮と開放の家」
LIXIL × 坂 茂
撮影:amana|Nacasa & Partners Inc.|DJI
日本デザインセンター画像制作部
Airbnbと建築家・長谷川豪さんの「吉野杉の家」は、吉野の杉を用いて、1階にコミュニティスペース、2階にゲストルームを持つ家を設計しました。会期終了後は吉野町に実際に建てられ、Airbnbとして利用されます。
「吉野杉の家」
Airbnb × 長谷川 豪
撮影:amana|Nacasa & Partners Inc.|DJI
日本デザインセンター画像制作部
最後に原さんの未来のビジョンを語っていただきました。2030年、世界人口の四分の一が移動する時代となります。移動する人にどうやって来てもらうかがこれからの経済の中心となる、つまりツーリズムが21世紀の産業になるだろうと予想されました。産業が「ものづくり」から「ことづくり/価値づくり」に変わり、都市にビルや工場をつくる時代は終わり、次は地方にまで人を呼べるような国になるべき時代です。千数百年の間一つの国であり続けた独自性を持つ日本は、気候や風土、文化に食事も含め、観光資源として圧倒的に魅力的なものを持っている。そのために日本の国土を磨き直し、やってくる人々にどう応えるかということが日本の次の幸せの大きな要因になるのだろう、とおっしゃいます。
フロンティアと呼ばれるものがほとんどなくなってきている今、日本にまだ可能性が残っているのは「美意識のフロンティア」だと言います。価値づくりをどのように行っていくか、デザインや建築はどのように関わっていけるのか。講演会はそんな原さんのお言葉で締めくくられました。
今回ご紹介いただいたデザインはどれもユーモラスで、デザインの持ち得る広さ、楽しさを感じられると同時に、所々で語られたデザインや日本の未来についてのお考えはとても興味深く、希望が感じられました。また、美しいスライドによるプレゼンテーションも素晴らしかったです。
杉山 結子