会員公開講座 平谷祐宏さん「尾道2020・その先へ」
今年度第3回の公開講座が7月16日に恵比寿スタジオで開催されました。今回講演してくださったのは、伊東建築塾が活動する愛媛県今治市のお隣、広島県尾道市の市長をお務めになっている平谷祐宏さんです。市長という行政の首長の立場から尾道のまちづくり、特に「尾道水道」や「しまなみ海道」などの瀬戸内の地域の特性を利用したまちづくりについてお話しいただきました。
海を中心とした尾道の街
尾道市は、「尾道水道」と呼ばれる本州と向島に挟まれた海峡を中心に発展した人口約14万人のまちで、市内の島同士をつなぐ橋が地域の生活道路となっています。大三島を通り、四国まで続き、自転車で走ることができるそれらの橋は、貴重な観光資源になっていると言います。
尾道の観光戦略
レクチャーはまず、市長の役割ということから始まりました。
平谷市長は、市長の役割とは市民の生活を維持し、向上させるために地域の資源を利用して、人・モノの流れをつくることであり、そのためにはオリジナルのアイデアと戦略を立てる必要があると述べます。
市長に就任した2007年にマーケティングリサーチを行った平谷市長は、マーケットの環境志向の流れから、自動車ではなく自転車産業に注目し、自転車道としての視点から「しまなみ海道」の巨大な橋が6基も連続するコース、都心部にはない交通量の少ないサイクリング環境、瀬戸内海の景観を生かした観光の推進を始めたそうです。
尾道市はしまなみ海道を利用した観光を進めるにあたって多様な主体と連携しています。しまなみ海道をサイクリングコースとして整備するために、四国側のルートが通る今治市との連携、「サイクリングの場所」というイメージを作るためのテレビ局などとの連携、サイクリングを通した新たな観光提案のための自転車部品メーカーで自転車を通したライフスタイル提案を行っているシマノとの連携、2012年にはより多くのサイクリストの関心を引き付けるため、世界的な自転車メーカーのジャイアントとの連携など、その連携相手は他の自治体からメディア、自転車関連の国内外の企業、公的な団体から民間法人までその目的に合わせて多岐にわたっています。
こうした取り組みによって、2007年以降の海外からの観光客は10倍になったと言います。
国の施策との関係性
また、このように地域をまたいで産業を振興する観光の取り組みは、国の観光によって地方創生を目指す施策と「瀬戸内」を広域で捉える観光戦略とも一致するものになっていると言います。
そうした点から瀬戸内観光の入口として尾道が位置づけられるように、新たに運行される周遊型寝台列車の停車駅の誘致、自転車を積載可能な車両の導入など、JR西日本との連携や、広島空港に就航したLCCを活用し、アジアを中心とした海外旅行者の来訪(インバウンド)促進にも取り組んでいます。
魅力のある街並みづくり
一方で、景観保護や文化財保護を含めた尾道をより魅力的にするための街並みづくりにも力が入れられています。
尾道水道に面した斜面地に形成された街並みを生かす取り組みとして、古くからの住戸や空き家の改修事業への補助など、尾道の街並みをつくっている建築ストックを利用した民間事業の支援を尾道市は行なっています。2014年には文化庁から文化芸術創造都市の表彰を受け、2015年には日本遺産に認定されています。
こうした街並みづくりもまた、日本遺産の認定による国からの財政面での支援のように、世界遺産のような文化財「保護」から文化財「活用」へ向かう国の施策に一致するものになっていると言います。
地方創生からみた2020年
地方創生という視点から見たとき、2020年はオリンピックとは異なる特別な意味を持つ年になると平谷さんは述べます。
2000年代の初めに進められた平成の大合併に伴い発行されることになった建設事業費の7割を国が交付税措置する合併特例債は、2011年の東日本大震災により特例債の適用が合併から10年から15年に延長されました(被災地では20年に延長)。その結果、合併を行った地方自治体にとって(尾道市は2005年に合併)、2020年は今後の地域の活性化につなげるようまちづくりを行えるかの非常に重要なターニングポイントになっていると言います。
この建設事業費の大部分を国が措置してくれる合併特例債の観点から、尾道市では空き家や企業の保養地の再利用といった改修事業だけでなく、伊東豊雄の設計による尾道市庁舎百島支所など、今後の地域の観光資源となるような建築家による公共建築物の建設事業にも力が入れられています。
今後も水上飛行機の離発着の計画など、民間投資による新たな観光事業や建築事業と連携しながら、2020年に向けて、尾道水道を含めた総合的なまちづくりが進められていくだろうビジョンを語り、今回の講演会は締めくくられました。
市長のお話は、世界的なサイクリングロードのイメージをつくり上げてきた尾道市の観光戦略と、建築家が導入するまちに対する新たな視点、建築が引き出す場所の独自性を生かしたものだと感じられました。他の地域との差別化を図る建築戦略は、特に2020年という節目までのまちづくり・地域づくりを考える上で重要ないくつもの視点が含まれているので、非常に興味深いものでした。尾道、そして尾道を含む瀬戸内が今後どのような豊かなまち・地域になっていくのか楽しみになる、すばらしい講演会でした。
泉 勇佑