ピーター・クック氏 特別講義
2月26日の伊東建築塾は、アーキグラムの活動などで世界的に有名な建築家のピーター・クック氏を講師としてお招きし、特別講義を開催しました。ピーター・クック氏の講演ともなれば、通常でしたら大きなホールが一杯になるほどの人気だと思います。今回のように小さなスケールでピーター・クック氏のお話をうかがえる機会は、滅多にないことでしょう。それに見合うように参加者側も、伊東塾長を始め、長谷川逸子さん、小嶋一浩さん、妹島和世さん、西沢立衛さん、手塚貴晴さん、難波和彦さんなどそうそうたる顔ぶれで、そのような貴重な場に居合わせることが出来たことを非常に嬉しく思います。
冒頭にピーター氏と伊東塾長の出逢いについてお話ししてくださいました。それは磯崎新さんの紹介だったそうです。その頃既にピーター氏はアーキグラムの活動によって憧れの的だったそうで、磯崎邸に集められた当時の若手建築家は、ピーター氏がドローイングに描いたサインにいたく感激したといいます。それが70年代半ば過ぎ、以来懇意の間柄だそうで、その時の若手も今では日本を代表する建築家として活躍しています。
先ずピーター氏は自身の生まれ育ったイギリスと、日本との共通点について話されました。イギリス人と日本人には多く似ているところがあるといいます。共に国の歴史が深く、また礼儀正しくあろうとする、しかしその実、おかしいものが好きで、けれどもそれをハッキリとは表現しない美意識がある、とピーター氏は語られました。
そして次に自らの生い立ちを話してくださいました。小さい頃から海の近くの小さな町で、メガストラクチャーを見ていたというピーター氏。しかしそれらについてテクノロジーの意識はなく、“おもしろいもの”として捉えていたといいます。伝統的な学校の教育があり、一方で人々がリラックスする19世紀ヴィクトリアンの名残にも触れ、海辺の町で育ちます。また、建築学校に入る前に既にモダニズムに強く惹かれていたそうです。AAスクールに入学する頃のご自身を、seaside/modern/crazyが合わさった人間と表現されました。
そしてそのAAスクール在学中に、かのアーキグラムの活動をスタートさせます。最初は一片の紙から始まったような活動も、次第に一つの大きなメッセージとなって広まっていきました。ただアーキグラムは一つの思想としてまとまっているというよりは、それぞれのメンバーの意見がハッキリしていたため、しばしばコラージュのような形であったと述べられました。代表作であるPlug-In Cityなどを例に出しながら、都市をつくるイメージについて語っていただきました。
次にテーマに挙げられたのが“vegetation”。植物と建築の関連性についてです。例えば英国式庭園では管理された植物が近景に据えられていますが、そこから遠景に目を移すと制御されない植物たちが好き勝手に生えている、しかしそれこそが魅力であると語ります。日本の伝統的庭園も同じではないかと言及され、コントロールできることとできないこと、その塩梅が面白いと強調されました。またそこに“metamorphosis”というキーワードを加えられ、季節や時間によって植物から建築まで変化するという概念を提示されました。植物が次第に建物を覆い、建物が植物に連動して機能するようになる、というようなvegetated houseあるいはvegetated villageという考え方。いくつかの例を示されながら、植物とテクノロジーが融合する次の段階のプロジェクトの構想を語られました。
ここでまた少しテーマが変わり、次に挙げられたのが“observation”です。ピーター氏は人に興味があって、小さなシグナルからその人がどういうことを考えているか分かるといいます。スライドを見せながら様々なエピソードを披露してくださり、例えば各国のキオスクを通して見えてくるそれぞれの社会の特徴などを語ってくださいました。
講義の後半では、色の問題についても言及されました。ピーター氏の事務所では、色を積極的に扱います。それを建築や都市の中でどう扱うかということや、他にも数々のプロジェクトの中で考えられてきたことを次々に語ってくださいました。ピーター氏の口から語られるアイディアの数々は尽きることがないようで、聞けば聞くほど次はどんなものが出てくるのだろうと期待してしまいます。まだまだこれからも、思いもよらないアイディアが飛び出してくることでしょう。その世界にもっと興味があれば、www.crab-studio.comを見てくれと言って、レクチャーを締めくくりました。
その後質疑応答に移りましたが、ピーター氏は参加者からの色々な質問に、冗談を交えてユーモアたっぷりに答えてくださいました。著名な建築家が多く集まったこの日の神谷町スタジオでしたが、固い感じは一切なく、非常に楽しい雰囲気で終始笑いの絶えないレクチャーだったのは、ひとえにピーター氏の人柄によるものでしょう。
それというのも、真面目なミニマリストの建築家に反発するように、ピーター氏は“楽しむ”ということを重視されているといいます。ピーター氏の世代はアイデンティティが強く、例えば色を扱うことのように、上の世代がネガティブだと思っていたものも取り入れて、違うものを使っていきたいという自己主張の強さがあったと語られました。それはファッションにも表れているし、だから既成の概念をからかって楽しみます。それと比べ、今の若い世代の建築家があまり自己主張をしないのは不思議に思われるそうです。ピーター氏は“こうでないといけない”という既成の概念を嫌い、そのような枠の中できちんとした生活を送って、一体何が楽しいのかといいます。今の建築家は真面目過ぎると述べられ、概念に捕われず自由に振る舞えばもっと楽しめるはずだと鼓舞します。偉大な建築家は、誰よりも建築を楽しもうとしているのです。
最後に若い世代へのアドバイスを求められたピーター氏はこう答えられました。
「Look at Things!」
大切なのはobservationとcommon sense。即ち、ものをしっかりと見て、きちんと考えるということ。理論武装はまっぴらで、ものをよく観察することで得られる当り前の感覚こそ一番大事である、と熱く語られました。
伊東塾長も「伊東塾ではこういうことを言って欲しかった」のだと絶賛し、最後まで大変盛り上がって特別講義は幕を閉じました。
講義終了後、伊東塾長からピーター氏の奥様にお花とプレゼントが贈られました。実は今回の来日は、誕生日の記念に奥様が日本に来ることをご希望されて実現されたのだそうです。そのような機会に日本を選んでくださったことを、大変光栄に思います。
長時間に渡って講義をしてくださったピーター・クック氏、それを実現させてくださったピーター氏の奥様、通訳をしてくださった伊東豊雄建築設計事務所の福西健太さん、ジュリア・リーさん、加えて途中から通訳を手伝ってくださった手塚貴晴さん、並びにご清聴くださった参加者の皆様に、心より御礼申し上げます。
石坂 康朗