会員公開講座 田中拓也さん「音楽って何だろう」
5月20日、サクソフォン奏者の田中拓也さんをお招きし、本年度最初の公開講座が開催されました。田中さんは、東京藝術大学在学中により国内外のコンクールで数多くご入賞され、若手サクソフォーン奏者として一躍注目を集めました。現在は、ソリストとしてオーケストラと共演するほか、全国各地で演奏なさっています。
今回の講座のテーマは「『音楽』って何だろう」。この問いを考えるためには、やはり「音楽」の存在が欠かせません。そこで、本講座初の試みとなる生演奏を交えつつ、会場の皆さんと色々な音楽の聴き方に挑戦してみました。演奏には、NHK朝ドラ「あまちゃん」やNHK大河ドラマ「いだてん」の音楽演奏にもご参加された打楽器奏者の上原なな江さんにもご一緒いただきました。
サクソフォンってどんな楽器?
講座のスタートを飾ったのは、田中さんによるバッハ『プレリュード』のソロ演奏でした。舞台袖から田中さんのサクソフォンの音が響き始めると、会場の空気が一気に引き締まります。このふくよかで深みのある音は、どのように生まれているのでしょうか。「サクソフォンは、一見複雑に見えるけれど、何千年と歴史がある笛と構造的には似ていてシンプルなつくり。リードの振動を音源として、ネックで響かせ、本体の穴を閉じたり開いたりすることで音程を変える」と、リードに見立てた紙の模型を使いながら、田中さんはわかりやすく説明をします。
サクソフォンは空気を振動させて音を出すのに対し、上原さんが演奏される打楽器は、叩いて音を出します。「打楽器は管楽器や弦楽器とは違い、楽器の素材が名前にはなっていない。叩くという行為が名前になっている。色々な素材・厚み・大きさによって、異なる振動が生まれて音の種類が変わる」のだそう。例として、箱に一箇所穴が空いたような楽器、カホンを見せ、鳴らしてくださいました。
そして、お二人が披露したのは、アラビアンな雰囲気の曲です。サクソフォンとタンバリンだけが奏でる音楽は、田中さん曰く「太鼓と笛だけが奏でる、何千年も前からあるお祭りの音のようなイメージ」の曲。軽快で異国情緒あふれるサクソフォンの音色と、大きくなったり小さくなったり多彩な表情でリズムを刻むタンバリンの音が印象的でした。
音で会話する
田中さんは「音楽とはコミュニケーションの一つだと思っている」のだそうです。例えば、コミュニケーション方法の一つ、「会話」では、人と人がその場で言葉を投げ合うという共同作業によって成立します。ここで、田中さんと上原さんが見せてくださったのは、サクソフォンとマリンバを使った会話、即興演奏です。田中さんが出した1音に上原さんが反応し、さらに田中さんがそれに答えていくというように、まさに音や空気感のやりとりをする中で、音楽が生まれていきます。「同様に、既成の曲であっても、一緒に演奏する相手によって、紡ぎ出される音楽が全く違うものになる。人と人とのつながりの中で音楽が活きてくるところが面白い」というのが、「音楽はコミュニケーション」とおっしゃった田中さんの真意なのです。
音楽で会話をする実例をふまえて、田中さんと上原さんが次に披露したのは、コッククロフト『Rock Me!』です。先ほど上原さんが紹介したカホンとサクソフォンが、まるで会話のように、リズムを共有しながら盛り上がっていく曲です。即興演奏を見た後だからこそ、お二人のコミュニケーションの様子がよくわかります。加えて、スタッカートの効いたサクソフォンの音色が曲の個性を引き立てます。「サックスは概念にとらわれないいろんな音を出せるところを聞いて欲しかった」と添えつつ、田中さんはさらに極端な弾き方として、息遣いを工夫した、まるで三味線のような音色を生み出す奏法をご披露されました。
音楽はなにで聴いているのか?
さらに、田中さんは「私たちは音楽をなにで聞いているのでしょうか」と問いかけます。続けて、田中さんが示したひとつの答えは、「音楽を“心”で聞いている」というもの。これを実践するために田中さんが取り出したのは、色合いや構成要素が全く異なる4枚の絵と写真です。会場の皆さんには、「これから演奏する曲に一番イメージがあう絵や写真を4枚のうちから選ぶ」というお題が与えられました。そして、田中さんと上原さんにより、2つの曲が演奏され、それぞれ1~4番のどれを選んだのか、なぜそれを選んだのか、会場の皆さんで意見を出し合いました。このワークショップの醍醐味は、自分以外の人たちの感性を、絵や写真でビジュアル化しながら共有し合えること、そして、正解はどれひとつないということです。これを、田中さんは「それぞれのイメージを共有することで、曲が育っていく」と表現します。それぞれの感覚を、「ああ、あなたはそう感じたのですね」と引き受け、それが曲の聞き方がさらに開かれていく。田中さんは、このプロセスに、昨今声高に叫ばれる「多様性」を感じるのだそうです。
最後に、曲の成立秘話を知識として知った上できく、という聴き方を、ボノー『ワルツ形式によるカプリス』を使い実践しました。この曲は、アルトサックスのために作曲されたもので、1音ずつしかでないサクソフォンでも、音の進行の工夫でハーモニーを感じられるよう工夫されています。また、サクソフォンの高度な技術を突き詰めるという、教育的意図も込められています。ダイナミックに変化していくワルツのリズムと、躍動感を持って滑らかに繋がる幅広い音域の細やかな音が印象的でした。
「聴き方によって、音楽の感じ方が違ったのでは」と総括する田中さんの言葉通り、今回の講座では、「音楽」が持つ奥行きや、「音楽」を通した人間同士の関わり合いの多様さを、実感することができました。普段の公開講座とは一味違う、賑やかで素敵なひとときとなりました。
岩永 薫