KAERUコラム「レッジョ・エミリア -まちが支える創造的な学び」

2013年04月28日

幼児教育・芸術教育において世界で最も有名なまちのひとつ、イタリア北部の小さなまち、レッジョ・エミリア(Reggio Emilia)。2011年には、日本のワタリウム美術館で「驚くべき学びの世界」展が開催されるなど、日本でも、教育学者の佐藤学氏をはじめとして多くの方が研究を行っているまちです。ここでは、レッジョ・エミリアの教育の概要を、市のまちづくりと関連付けてレポートします。

レッジョ・エミリア・アプローチ

レッジョ・エミリアの教育は、第2次世界大戦中のレジスタンス運動によって生まれ、教育者ローリス・マラグッツィ(Loris Malaguzzi, 1920~1994)の指導によって開花しました。ファシスト政権からの解放が、宗教色を持たないこれまでとは異なる新しい学びの場を人々に求めさせたのです。マラグッツィは芸術家ではありませんが、当時の最先端の教育理論を統合し、レジスタンス運動やフェミニズム運動と上手く連携しながら、アートによって子供たちが自らの思考や感情を表現できる独立した個人として育つことができるような、画期的な教育手法を生みだしてきました。*1,2

レッジョ・エミリアでは、市内のすべての乳児保育所(公立)と幼児学校(公立・私立)に「ピアッツァ」と呼ばれる共通の広場と、その教室には大小二つの「アトリエ」が設けられています。そして、各学校には芸術の専門家「アトリエスタ」と教育学の専門家「ペタゴジスタ」が配置され、様々な独自の創造的教育が行われています。これらは1972年の条例で決まり、40年間継続しているものです。マラグッツィの教育理論を受け止めるだけの十分な教育空間が準備され、継続されているのです。*3

これらの教育手法(レッジョ・エミリア・アプローチ)は、1991年に「ニューズウィーク」誌に市立ディアーナ幼児学校が取り上げられたのを機に、世界中から注目を集めることとなります。

都市と関わる教育

この教育を助け、子供たちの心をより豊かにしているのは、中心市街地の歴史的建造物群でしょう。イタリア国旗発祥の地といわれ、古くから歴史的な要所となってきたレッジョ・エミリアでは、第2次大戦後、パルマやボローニャといった近郊の都市の影響による、中心市街地の衰退が顕著になってきました。そこで、レッジョ・エミリア市は、六角形の城壁に囲まれた旧市街地を「歴史的都心地区」に指定し、その魅力を発揮させる様々な施策を打ち出すことで、まちの活性化をすすめてきたのです。具体的には、街並みの保存・修復や、コンバージョン、店舗の配置の工夫のほか、大規模な再開発や景観破壊を防ぐために都心部の駐車場整備を避け、都心地区内をトランジットモールとして車両規制を行う、などの施策がとられています。*4

このような都市空間の整備によって、子供たちは自然に都市と関わり、教育プログラムによってその創造性を高めていきます。レッジョ・エミリアの教育活動の中でも、子供たちが都市と関わるものは多くあります。例えば、「都市は待っている」というテーマのプロジェクトでは、子供たちによる「まちのガイドブック」の製作や、まちの中に自分たちの作品を置いていく活動などが行われました。また、1996年にオープンした「レミダ」というリサイクルセンターでは、そこに送られ、様々に分別されたものの中から、幼児の創造力をかりたてるようなものを選別し、各幼児学校・乳児保育所に日常的に供給しています。子供たちは、まちを越えた人と環境とのつながりまで学ぶことができるのです。*1

さらに、レッジョ・エミリアでは、子供だけではなく全ての市民がまちづくりに参加していくことができます。例えば、歴史遺産のリヴァルタ宮殿では、市民による議論やワークショップのプロセスを経て、改修および周辺緑地の再生・整備が行われました。現在では都市公園が整備され、小学校の自然環境の授業に利用されるなどしています。また、広大な宮殿の土地を利用して、映画上映や試食会、コンサート、サーカスといった多くの市民参加型イベントが行われています。*5

まちぐるみでの教育

このように、レッジョ・エミリアでは、マラグッツィの専門的知見と実践に基づく洗練された教育手法だけでなく、市を挙げての教育空間の整備や、市民とともに形作られる歴史的な都市空間が、それを支えています。また、2004年にはレッジョ・エミリアで教育の国際会議が開催されましたが、教育のまちとして世界から注目されているという事実が、小さな田舎町の人々に大きな誇りを持たせているのです。その結果、まち全体で子どもの教育を支援する雰囲気が生まれています。伊東子ども建築塾とは異なり、建築に特化した教育というわけではありませんが、実際のまちの中に自分たちの作品を構想することなど、伊東子ども建築塾にも共通するところがあります。都市空間と教育が密接に関わるレッジョ・エミリアの姿勢は、子どもへの建築教育や日本のまちづくりにとって、大きな参考になるのではないでしょうか。

(文責:東京大学大学院 村松研究室 修士1年 神谷 彬大)

*参考文献
1. 佐藤学:監修、ワタリウム美術館:編『驚くべき学びの世界 レッジョ・エミリアの幼児教育』ACCESS 2011年
2. C.エドワーズ・L.ガンディーニ・G.フォアマン:著、佐藤学・森真理・塚田美紀:訳『子どもたちの100の言葉 レッジョ・エミリアの幼児教育』世織書房 2001年
3. 佐藤学・今井康雄:編『子どもたちの想像力を育む アート教育の思想と実践』東京大学出版会 2003年
4. 寺島清美「欧州都市計画事情<レッジョ・エミリア市>」公益財団法人リバーフロント研究所機関誌『RIVER FRONT』Vol.44 2002年5月 pp.29-30
5. Comune di Reggio Emilia:http://www.municipio.re.it/