講座B「建築はどのようにつくられるか|多摩美術大学図書館(講義)」

2013年04月28日

2月22日に伊東建築塾神谷町スタジオにて開催された講座Bは、3月上旬に見学を予定している多摩美術大学図書館についてのレクチャーです。2007年に竣工したこの図書館は、多摩美術大学70周年の記念シンボルという形で計画されました。基本的な考えとしては学内コミュニティあるいは周辺地域との交流促進を掲げ、その他に感性をいかに磨くか、多様な活動にいかにフレキシブルに対応するか、また多摩丘陵の一端という起伏に富んだ地形条件をどう導くか、などをテーマとして設計されました。

今回は伊東建築設計事務所の東建男さん、庵原義隆さんを講師としてお招きし、構想から設計、建設そして実際に使われるところまで、建築が実際にどのようにして出来上がっていくのかをお話しいただきました。

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多摩美術大学がいわゆる建築家に設計を頼んだのは、実はこの図書館が初めてだったそうです。それまでは多摩美術大学のキャンパス計画室が基本設計を行い、鹿島建設が実施設計、施工を行うかたちでキャンパスはつくられてきたといいます。そうして40年程つくられ続けてきた八王子キャンパスの最終フェーズとして、新しい正門、図書館、新しい学科棟がキャンパス東側に計画されました。

キャンパス写真提供:多摩美術大学

先ず大きなアプローチとなったのは、ストラクチャーをどうするかということです。学校建築は躯体そのものが空間や仕上げである場合も多い為、経済性も兼ね合わせながらどういうストラクチャーをつくるのかが問題になってくるといいます。

最初に考えていたのは、前の庭園も含めて全体を地下に埋め込み、自由な洞窟状の空間をつくるという案でした。しかしこの案を持っていったところ、「こういうものを頼んだ訳ではない。」と物議を醸したそうです。密実なエリアとオープンなエリアがひだ状に連続して展開する当初案でしたが、それを地上に持ち上げるに当たって、今度はえぐったような空間を連続させることで、足のようなヴォールトのような形が生み出され、それをそのままひっくり返して空間化するという手法で整理していきました。この頃は柱状のものが上部で展開し、つららが落ちてきているような空間のイメージだったそうです。そして下にはひだの空間、上にはつらら、そしてそれが広がる木のような空間を組み合わせようとしていたそうですが、同じようなものを重ねたらどうかという発想から、最終的な構成の基本形が形づくられます。

模型撮影:伊東豊雄建築設計事務所

また幾何学の整理の方法に関しては、柱のポイントのようでありながらセルのように囲まれた空間のパターンと、斜めのグリッド状にアーチがかかる古典的なパターンの二つの方向性でスタディをしていたところ、ある日ラインを操作して配列を自由に展開できると面白いのではないかということに気付き、それら二つを掛け合わせたような案として発展していきます。外周部はその広がる動きを曲面状にスパンと止める形で造形がされました。

スタディ撮影:伊東豊雄建築設計事務所

この頃に構造の佐々木睦朗さんと相談をしたそうですが、この建築は構造壁にアーチがえぐられているものだということをたちどころに分析し、古典的アーチと現代のテクノロジー、そして曲面が組合わさる新鮮さに興奮されたといいます。

この辺りまでで最終形へと向かう大まかな方向性がつくられましたが、ここからまた更に詰めていくのが大変で、スタディする上でのルール作成、プランニングと構造の接点の操作など、“いい按配”を決めるための様々な苦労を語っていただきました。

そのような過程を経て、連続する軽快なアーチを使って、多様な空間やコミュニケーション、周辺との連続性などのコンセプトを実現させようという方針が決まっていきました。ここで重要なのは「軽快」ということであり、またその交差するアーチの中で、ヴォールトのような、セルのような、柱のようなものが混ざり合う空間が生み出されました。また、ポイントとなるのはコンクリートでつくられているということで、コンクリートの即物的な力強さと、模型のような抽象的な軽快さがぶつかり合う感覚が詰められていきました。

その他、プランニングでガイドとしたラインや、鉄とRCのハイブリッドでスレンダーな断面を実現した構造計画、免震装置、設備の問題やほとんど躯体をつくっていたという独特な施工に関してなど、伊東事務所が建築に込めた様々な意図や仕掛けをひとつひとつ丁寧に説明していただき、参加者一同感心していました。

現場撮影:伊東豊雄建築設計事務所

ところが実際建築が建ち上がってみると、この空間が果して本当にいいのか疑問を抱いたそうです。もう少し流動的な空間になるのかと思っていたら、実際はかなりアーチの力が強く、その印象が思ったよりスタティックだったと語られました。外周面のガラスを曲面加工で面一に合わせたことも、やり過ぎだったかもしれないとおっしゃり、精度が高いというのも程度問題で、もう少し抜けたようなニュートラルな感じを期待していた、と述べられました。伊東塾長もこれに関しては、まずいのではないかと心配されていたといいます。

そして家具配置を考えるのですが、どうもそのスタティックさを助長しているようで上手くいかない。そこで前々回の講座Bで講義をしてくださった藤江和子さんにお願いすることとなり、結果としては藤江先生の直観的かつ論理的な思考に基づく家具配置によって、大いに助けられたといいます。

アーケードギャラリー写真提供:多摩美術大学

最後にアーケードギャラリーでの活動について、触発されて各学科のエントランスギャラリーが活性化したことや、開館してから3年程使い方を提案、指導してくださったコーディネーターの方の存在などに触れつつ、様々な用途に使われるという当初考えていた狙いがかなり実現しているということをおっしゃって、講義の方を締めくくられました。

講義終了後の質疑応答でも、参加者からの様々な質問に答えてくださいました。今回伊東塾長はご不在でしたが、東さんが、伊東塾長が軽快さを好むのは決して軽さ至上主義ではなく、建築に軽やかさを与えることで人の気持ちを軽やかにしたい、人の活動にそれをつなげたいという素朴な強い想いがあるのではないかと語られていたのが印象的でした。

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今回は多摩美術大学図書館というひとつの建築が出来上がっていく過程での、様々な物語を掘り下げて話してくださいました。これらの想いがどのような形となって建っているのか、どう建築として具体化したのか、実際に観に行くことで「建築はどのようにつくられるのか」というテーマをまた深く考えることができると思います。見学会が非常に楽しみです。長時間に渡ってレクチャーをしてくださった東さん、庵原さんに、心より御礼申し上げます。

石坂 康朗