伊東子ども建築塾 福岡 第10回『オノマトペのいえ』最終発表会 後編

2026年01月29日

8月23日(土)、九州産業大学のグローバルプラザで、本年度の伊東子ども建築塾福岡の最終発表会が開催されました。前編に引き続き後半の模様をお伝えします。

Dグループ:小さな手がかりから、中盤以降に大きくジャンプしたグループ
Dグループでは、「こんな場所で過ごしたい」というイメージ自体は当初から大きく変わらないまま、ほんの小さな手がかりをきっかけに、案が一気に飛躍する瞬間が何度も見られました。

なかでも印象的だったのは、中間発表の時点では「雲の上」という場所設定は決まっていたものの、そこでどう過ごすのかが漠然としており、手が止まっていた子です。

その後のミニレクチャーで得たヒントをきっかけに、“木”という構造的な要素と雲を組み合わせた途端、ドローイングの手が一気に進みはじめました。

傍で伴走していたTAさんも、「この子はこんな世界観を持っていたのか」と驚くほどの発想のジャンプ。
“本人の中に確かに存在していたイメージが、ふとしたきっかけで外に現れる”
そんな場面が、このグループでは特に多く見られました。

「小さくなってわくわくする虫と大きいぼうけん」
人間が小さな虫の大きさになって、虫たちの住処にお邪魔して仲良く遊ぶという作品です。選んだオノマトペは、「わくわく」「ぴょんぴょん」「テクテク」

ミミズと土の中で一緒に過ごしたり、ミノムシと一緒にぶら下がったりするなど、虫と一緒に冒険したいという弾む気持ちが、生命力溢れる模型、発表する本人の表情の両方から伝わってきました。

 伊東さんをはじめ講師の先生からは、「模型の造形がとても良い」「人間が主体ではなく、“虫の世界にお邪魔する”という姿勢が考えさせられる」といったコメントが寄せられました。

「空のワクワクと心のフワフワ
雲の上にある不思議な木が、そこに住む人の暮らしを支え、同時に人にも支えられている─自然との共存関係をファンタジックに描いた作品です。

木やその根は、電気・水道・通過動線といったインフラとして機能すると同時に、人の感情を取り込み、木のエネルギーへと変換します。またそのエネルギーによって野菜や魚を育てる、自給自足の環境が整えられています。また「今」と「未来」を表現した2枚のドローイングは、時間の流れも含めた世界観が具体的で丁寧に表現されていました。

先生たちの質問に対し、言葉数は少ないながらもはっきりと意思表示をする姿から、言葉にならない部分では、すでに具体的なイメージが彼の中にしっかりと存在していることが感じ取れました。

「ゆらゆらわくわくシェアハウス」
海の中を自由に漂流しながら、住む人の感情に合わせて色や形を変える家の提案です。
穏やかなときは美しい色に、イライラするとトゲトゲした形へ──家そのものが感情を映し出します。
感情を閉じ込めず、解放しながら海の中を自由に行き来し、出会った人や海の生き物たちとも交流する。
そんな次世代の遊牧民のような不思議な世界を、レイヤーを重ねるような模型表現で描いていました。

末廣先生からは、「感情は一つひとつ独立しているものではなく、実際はもっと複雑に絡み合っている。それを色やかたちでさらに表現できたら、もっと面白くなりそう」と、この作品が持つ“その先”の可能性が示されていました。

「星と海を見れる家」
「キラキラ」「ゆらゆら」「ワクワク」というオノマトペから発想した作品です。
家は三層構造で、最上階は星を観る場所、最下階は魚と一緒に泳げる空間。中間層はそれらをつなぐ遊び場になっています。

淡いブルーを基調とした模型に、遊び場のアクセントカラーが映え、豊かな空間体験をつくろうとする工夫が随所に見られました。

百枝先生は、「上下ともに透過素材を使うことで、夜になると海の暗さと星の明るさのコントラストが際立ちそう」と、実際の環境を思い浮かべながらワクワクしていました。

Eグループ:今の都市や建物の在り方に一石を投じるグループ
「家や街や都市は、もっとこうだったらいいのに」
「いっそ森の中に住んだら、こんな楽しい暮らしが実現できる!」
平瀬先生の言葉どおり、Eグループには今の建築や都市に対して、強く“物申す”子どもたちが自然と集まっていました。

表現の仕方はそれぞれ異なりますが、模型や対話の端々から、「もっとこうあってほしい」という確かな意思がにじみ出ています。

言葉数は少なくても力強く、大人の側が考えさせられる発表が続きました。

「未来のもじゃもじゃ」
都市のビルの隙間に、“もじゃもじゃ”と呼ばれる有機的な空間をつくる提案です。
発想の背景には、「都市は四角い建物ばかりでつまらない」という率直な違和感があります。
当初は、「もじゃもじゃとは具体的に何なのか?」という問いが投げかけられていました。しかし伊東さんの、「彼が“もじゃもじゃ”で表現しているのは、物理的なものではないのでは?」「人間や社会の目に見えないつながりは、もっと複雑で絡み合っている」という問いかけをきっかけに、人間や社会の関係性の複雑さと、単純化された都市のかたちとのギャップに対する違和感が、この作品の核心であることが共有されていきました。

「もりとあそぶ広場」
「おいおい(生い生い)」「ピョンピョン」「ルンルン」という3つのオノマトペを手がかりに、森でどう遊ぶかを考え抜いた作品です。
特に「おいおい」は、草木が生い茂る様子から生まれたオリジナルのオノマトペ。
森という場所と、そこで生き生きと遊ぶ姿を、見事に一言で表しています。

中央の大きなシーソーや敷地の緑も、すべてパステルで描いたオリジナルの色で表現され、やわらかく楽しい世界観に、多くの先生が心惹かれていました。

「コロコロと私の旅」
中間発表では、心のセンサーで“身近にある心惹かれるもの=コロコロ”を集めて、心が動く様を抽象的な模型で表現していた彼女。
今回は「もっと具体的にしてみて」という講師陣のリクエストに応え、3つの模型でストーリーを描きました。

・雪を集めてワクワクした家→
・雪が溶けて悲しくなったシクシクの家→
・ふと見つけた赤い実=コロコロをきっかけに、宇宙へと拡がるウキウキ・ゾクゾクの家

身近な体験から出発し、心が膨らんだり萎んだりしながら、発想はやがて宇宙へと広がっていきます。
百枝先生は、「抽象的なテーマを具体化したときに生まれるアンバランスさに魅力を感じる」と、言葉にしづらい感情をストーリーと造形で表現する力を高く評価していました。

また制作過程では、担当TAさんが最後まで本人の想いを引き出し、講師との橋渡し役となりながら二人三脚で作品を仕上げていった姿も印象的でした。

最終講評
「事前に聞いてはいたけど、今年は特にレベルが高かったね」
伊東さんのその一言から、全20人の発表を終えて最終講評が始まりました。

伊東賞「ドクドクの街」

2025年度の受賞作品は以下の通りです。
伊東賞「ドクドクの街」
平瀬賞「ぼろぼろだから楽園になる」
百枝賞「コロコロと私の旅」

平瀬賞「ぼろぼろだから楽園になる」
百枝賞「コロコロと私の旅」

平瀬賞は、既存の価値観を覆す提案であったこと。
百枝賞は、抽象から具体へ進んでもなお“分からなさ”が残る、アンバランスで魅力的な造形が決め手でした。

そして伊東賞は、「完成度というより、まだ留まりきれないほど溢れるイメージを、ぜひまとめてほしい」という激励と彼のポテンシャルに期待を込めて選ばれました。

今年のテーマで子どもたちは、“ボロボロ”や“ドクドク”、“コロコロ”といったオノマトペを通して、自分の感情を見つめるところからスタートし、虫の目線から家、都市、世界や宇宙まで発想を広げ、人と動植物、自然と人工物、自分の内面と外の世界を分け隔てなく一体として捉えようとしていました。

オノマトペから発想した、日々の感情や体験など子どもたちの内側から生まれる提案には、大人をタジタジにするほどの確信と力強さがあり、ハッとさせられることもしばしば。

伊東さんや講師陣も、例年以上に子どもたちに“教える”ではなく“教わる”というスタンスだったのが印象的で、大人には理解しがたい発想の作品ほど心惹かれている様子でした。

発表後はお菓子を囲んで交流会

発今年度の子ども塾を振り返って
半年かけて考え抜いた案、思いついた勢いのまま描いた発想、今回子どもたちが見つけた「小さな種」は、その子のその瞬間にしか生まれない“揺らぎ”の中から立ち上がってきたもの。魅力的な種ほど最初は輪郭が曖昧で、どんな芽が出るのかは、本人にも周囲の大人にも簡単にはわかりません。

だからこそ、ここで芽生えた“まだかたちのないものたち”を、どうか急いで評価や成功・失敗の物差しにのせず、そのままそっと頭の片隅に置いておいて欲しいなと思います。
いつどの種が芽吹くタイミングなのかは、その子自身が一番よく知っているはずなので。

―そんな子どもたちの創作の瞬間を、ただ一緒に愉しめる大人でありたい。-
この半年間は、そんな発見が積み重なった時間でした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

古野 尚美(ブログ取材担当)