講座B 第4回目「建築はどのようにつくられるか|座・高円寺」

2012年07月09日

 

講座B第4回目と第5回目の講義は、伊東豊雄建築設計事務所が設計した公共劇場「座・高円寺」を取り上げます。

まずは神谷町スタジオにて、建築の設計や施工、運営に関する講義を行ったあと、実際に現地にて見学会を行います。
 
6月29日に実施した第4回目はその前半部分、「座・高円寺」を担当した
伊東豊雄建築設計事務所のチーフを務める東建男さんによる講義が行なわれました。

 

コンペから実施設計、施工、そして竣工後の運営に関して、メディアでは知ることのできない現場での裏話を含めて、詳細にお話くださいました。

敷地は、杉並区・高円寺の東の端に位置し、南北方向の環状7号線と東西方向の中央線とがちょうど交差する附近にあたります。
そのため、車の交通量は非常に多いのですが、高円寺の駅からは離れているので人通りは少なく、敷地としてはあまり恵まれた環境とは言えません。
もともと、この場所には旧公民館が建っていたのですが、老朽化のため建て替えられることになりました。
その際、新たな施設には、旧公民館を引き継いだ公共劇場だけでなく、演劇専用のホール、さらに地域の名物である阿波踊りの練習場などの機能も盛り込むことになり、
2005年にその設計者を選ぶための設計競技が開催されました。
 
伊東豊雄建築設計事務所はこの設計競技に参加し、「芝居小屋をつくる!」をテーマに、
①庶民的な親しみやすさ、②仮設的な軽さ、③秘めやかさ、④フレキシビリティ、の4つに重点をおいた提案を行いました。

具体的には、公共建築によく見受けられる町にむやみに開くのではなく、あえて閉じることにより秘めやかさを演出し、
それでいて1階部分の平面をフラットにして、そのまま外部に出てゆくことのできる、まるで展示場のような劇場を設計しました。
そして、7割以上の面積は地階におくことで、熱負荷の少ない地下空間を有効利用するとともに、地上のボリュームを極力小さくし、
まるで仮設の小屋のようなキューブ状の建築を提案しました。

そして、この案が見事コンペを勝ち抜き、事務所は基本設計、実施設計に取り組むこととなりました。

コンペの仕掛け人である演出家・佐藤信さんの後押ししもあり、「街と連動する劇場」をテーマとして、
1階の平面をよりフラットにし、街の中の広場がそのまま室内化したような、「空地」のような劇場を目指すことにしました。

まずは、屋根の形状が問題となりました。
コンペ案ではフラットな形状をしていましたが、佐藤信さんから1階のホールの天井高をより高くしたいというアドバイスと、
住民説明会の際に、住民の方から「鉄の箱はいやだ」という意見が出たために、実施設計ではより親しみやすさを重視して、
屋根型を取り入れることになりました。日影規制、内部の天井高、構造の3点を考慮しながらスタディを重ね、
最終的にはキューブに楕円錐や円柱を重ね併せて削り取ることにより、7つの一次曲面を持つ屋根形状が生まれました。
一次曲面は一枚の鉄板を曲げて作ることができるので、施工性にも意識しています。

そして、ホールA(座・高円寺1)、つまり1階に設ける演劇専用のホールは正方形の平面とし、方向性のないものとしました。
天井高は9m確保して充分な設備を収納し、さらに床も90cm下げることできるといったように、様々な演出に対応できるよう、仮設性の高い設計としました。

一方、区民ホールとして使用するホールB(座・高円寺1)は地階に設け、定形型のエンドステージを持つワンボックス型にして、使いやすさを重視しました。

また、2階にはカフェとオフィスが入りますが、劇場など市民が使うスペースと一体感を持たせるため、1階のホワイエからひと繋がりの空間となるよう設計しました。

このように、「座・高円寺」は狭い敷地面積の中に劇場をはじめとする諸機能がコンパクトに集約されているのですが、
その際、重要になってくるのが遮音・防音といった音響技術です。
とくに、ホールAとホールBが上下階で隣り合っているため、ホールBは駆体と切り離して
ホール同士の音が伝搬しないようにするなど、永田音響設計に協力していただき、万全の対策を施しました。
 
では、実際の設計はどのように行われたのでしょうか。設計期間は1年強でしたが、色々と変更がありました。

まずは、外壁です。計画の初期段階では、MIKIMOTO GINZA2と同様に、
2枚のスチールプレートの間にコンクリートを充填するハイブリッド構造を採用する予定でしたが、
予算や、性能上の問題などから、結局スチールプレートは屋外側一枚のみとなりました。
しかしながら、外壁、屋根とも建物の表面は全て鉄板となり、「鉄の小屋」というイメージは実現しました。

工事期間は2年強でしたが、ゼネコンの努力もあり、無事に進行しました。
 
ホワイエの階段は、現場で回転方向が逆さに変更したり、傾斜を微調整したりと、苦心したそうです。
 

その他、ホワイエには東海林弘靖さんが設計したプロジェクターライトを応用した照明器具を設置し、藤江和子さんが設計した移動できる家具が置かれました。

 

こうして、2009年に「座・高円寺」は竣工しましたが、建築のみならず、その運営においても、
「指定管理者制度」をうまく利用して、これまでにない新しい形式を採用しました。
指定管理者制度とは、従来地方公共団体が行っていた公共施設の運営を、企業やNPO法人に代行させる制度であり、
「座・高円寺」のケースでは、杉並区の住民が多い日本劇作家協会が結成した「NPO法人劇場創造ネットワーク(CTN)」が
劇場を含め、カフェやアートスクールを運営し、アーカイブ作業も行っています。
また、「NPO法人東京高円寺阿波踊り振興協会」や「座・高円寺協議会」といった地元団体も運営に参加し、
町を巻き込んだイベントを企画しています。
さらに、地元企業の協賛によりチケットの価格をおさえたり、子供を呼ぶイベントを催して次世代の観客・演劇人を育てる活動もさかんです。

このように、「座・高円寺」は演劇、そして地元を愛する人々によって運営され、
新しい演劇の創造の場であると同時に、地元に密着した公共建築となりました。
 
レクチャーの後には、塾生からの質疑応答を行い、伊東塾長も様々な質問に答えてくださいました。

 

 

今回の講義では、実際に担当スタッフとしてコンペから設計、施工まで現場で関わった東さんのお話を通じて、
設計や施工作業は試行錯誤の連続であり、ひとつの建築ができあがるまでには様々な物語があることがよく分かりました。

そして、次回はいよいよ現地での見学会です。二つのホールやカフェなどをはじめ、
普段は訪れることのできない場所にも入れていただけるとのことで、今から非常に楽しみです。