今治市伊東豊雄建築ミュージアム・建築セミナー 「地域と建築 これからのまちづくりを考える」

2012年10月02日

9月23日、今治市伊東豊雄建築ミュージアム・シルバーハットにて、建築セミナー「地域と建築 これからのまちづくりを考える」を開催しました。

今回は、宮崎県延岡駅周辺整備デザイン監修者として、地方都市における新しいまちづくりを模索する建築家の乾久美子さんを講師にお迎えし、地域と建築の新しい関係性についてお話いただきました。

はじめに伊東豊雄より、現在開催中の第13回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館についての報告を申し上げました。今回の講師の乾久美子さんをはじめ、建築家の藤本壮介さん、平田晃久さんと、陸前高田出身の写真家の畠山直哉さんら参加作家と共に、陸前高田市に建設中の「みんなの家」のドキュメントを展示し、金獅子賞という栄誉ある賞をいただくことができました。個性の強い作家同士の共同作業を進める中で、乾さんはチームのバランスをとる役割を果たしてくださった、と伊東から紹介があり、乾さんにマイクを渡しました。

乾さんは、まず現在の日本の状況として、これまでの公的機関の主導によるまちづくりが行き詰まりを迎える中で、市民のまちづくりに対する関心が高まっている、と指摘しました。乾さんご自身も、最近ではまちづくりに関わる仕事が増えており、今回のセミナーでは宮崎県延岡市の駅周辺整備および宮城県の七ヶ浜町中学校の建て替えについて、詳しくお話いただきました。

宮崎県北部に位置する延岡市は、周囲を山に囲まれ、市内には多くの川が流れ、海に面している、人口13万人ほどの自然豊かな街です。中心市街地には旭化成の工場があり、企業城下町として栄えてきた背景がありますが、数年前から幹線道路沿いにショッピングモール等の大型商業施設が出店しはじめ、もともと栄えていた駅周辺市街地が空洞化していきました。そうして活気を失った駅周辺地域を活性化させるという目的を掲げ、デザイン監修者としてまちづくりに取り組むことになりました。

こうした中心市街地の空洞化は、他の地方都市でも似たような問題が起こっていますが、乾さんは、駅再整備の典型的な手法である商業施設との組み合わせは行わないという判断をしました。その理由としては、駅に商業施設を付帯させても広い面積を得ることはできず、近隣の大型商業施設との競争に破れ、わずか数年のうちにテナントが撤退してしまう失敗事例が、他の地方都市に多くみられているからです。

そうした中で延岡駅では商業ではなく、市民活動を付帯させることで駅を活性化できないか、という提案がなされています。ここで言う市民活動とは、単に市民が集まるだけでなく、新しい公共の担い手となり、活躍する場をつくることを指しています。しかし、ただ駅と市民活動の二つの機能を隣接させるだけでは盛り上がらないので、できる限り細かい部屋に分割し、混ぜご飯のように混ぜ合わせることで、駅に来た人が市民活動をのぞいたり、あるいは市民活動を見に来た人が駅に寄ってみたり、という相乗効果を狙って計画しています。

設計の際には、あえて市民活動のスペースをやや不足気味に抑えることで、場所が足りなくて困った場合に、空洞化した中心市街地の空き店舗を使おうとする動きにつなげようとしています。駅を活性化させるだけでなく、周辺エリアにも市民活動を分散させることで、街に人が回遊する状況をつくり、商業も少しずつ回復させていくことを視野に入れて設計しているのです。

また、せっかく市民活動を行っていても、それが目に見えなければ活気が伝わりません。ここでは建物を低層にし、全ての活動を一階で行うことで、人でにぎわっている様子を可視化しようと試みました。

当初は全面的に建て替えという話もありましたが、予算の都合等から、既存の建物を残しながら再整備する計画に変わったため、乾さんは、既存の建物の柱や梁の構成をいかしながら、同じ高さに屋根をかけ、新たに増築する部分についても現在の駅舎のデザインを踏襲することで、市民に受け入れられやすいデザインを提案しました。延岡駅で求められているのは、一人の建築家の能力で解決することではなく、全員の力を合わせて解決していくことなので、今回はあえて建築家としては控えめな態度をとったそうです。

プロジェクトの仕組みとしては、二つのミーティングがあり、一つはJRや、交通機関、商店街など、ステークホルダーが意見を言う場所、もう一つは市民から意見を聞く市民ワークショップがあります。今回、乾さんと共に参加しているコミュニティデザイナーの山崎亮さんは市民ワークショップを開催し、意見を聞き取る役をされています。

一般的にこうしたワークショップでは建築のプランを公開することが多いのですが、延岡のワークショップで特徴的なのが、建築のプランは出さず、その代わり駅で何かしたいことはあるか、何ができるのかを聞くようにしているそうです。例えば、料理教室を開いたり、音楽を見せる場にしたり、自分が楽しむだけではなく、サービスを提供する活動が多く出てきているそうですが、こうした活動を集めていくことが市民ワークショップの重要な目的なのです。山崎さんはワークショップを行いながら、市民の主体形成も同時に行っている、と解説されました。

こうして出てきた活動に対して空間を提供するため、乾さんはできる限り市民ワークショップにも参加するようにしているそうです。
また延岡だけでなく、出張先の様々な駅の使われ方に関心を持ち、観察するようになった、と実際の事例を見せながら解説されました。
市民ワークショップの聞き取りは、音や匂いが出ることもあれば、静かに過ごす人もいて、多様な使われ方が求められていることが分かってきました。一般的な建築であれば、各部屋を壁で仕切り、閉じた空間をつくりますが、延岡駅では活動を可視化することが重要なので、ガラスの壁を立て、視覚的な連続性をつくることで、皆が一体的に使っている状況をつくろうとしました。建物のデザインよりも、いかに市民活動が活発に行われるかが重要であり、駅周辺が活気づけばそれで良いのだと締めくくりました。

続いて、現在進行中のもうひとつのプロジェクト、宮城県の七ヶ浜中学校の建て替えについてご紹介くださいました。

七ヶ浜町は、宮城県仙台市の中でも津波の被害が大きかった若林区の北部に位置しており、沿岸部は津波被害を受けています。幸い、中学校の敷地は標高45m程の高さにあり、津波被害はなかったものの、地震被害が大きかったため、建て替えの公開プロポーザルが行われ、乾さんの案が採用されたという経緯で設計を始められました。

建物全体としては、ロの字型の校舎が数珠繋がりのように配置されており、周りにたくさんの植物が植えられる、という提案になっています。

ロの字型の校舎は単純な梁と柱により構成され、その周りにシンプルなフレーム状の「リトルスペース」を配置することで、教室以外で子どもたちがのびのび活動を行う空間ができます。少人数学習や自習、グループ学習、あるいは縁側や植物を育てる温室等、様々な用途を想定した場所となっています。実は乾さんが敷地見学に行ったとき、東屋や物置小屋のような場所が既に校舎のあちこちに存在していたため、こういった状況を継承したものをつくれないかと考えたそうです。

また、リトルスペースが配置されることで外形が複雑になり、豊かな植栽を提供することができます。七ヶ浜町は、高度成長期から住宅地として開発され、緑が減ってきているため、建物をつくることで、緑豊かな環境を蘇らせるきっかけとなるよう考えています。たくさんのリトルスペースにより複雑な外形をつくることで緑が増え、その連鎖反応でまち全体が緑豊かな場所になっていけばと期待している、と語りました。

セミナーの終盤に差しかかると、伊東は「今日の乾さんのお話を聞いて、かたちをデザインするのではなく、仕組みそのものをデザインしていくことが、これからの建築家の最大の役割である。」と感想を述べました。

続いて、会場からの質疑応答を受け付けました。

「延岡でワークショップを行う際、ワークショップに出てこない市民もいると思うが、そういった意見はどのように汲み取るのか?」という質問があがると、乾さんは「延岡は比較的やる気のある市民が多いが、ワークショップに参加しないサイレントマジョリティの意見を汲み取っていくには、想像力でカバーするしかない。延岡に行く度に色々なお店で話を聞いてみたり、個人的なリサーチで補っていくべきだと考えている。」と回答を示しました。

また、「現在、今治で福祉のボランティアをしているが、まちづくりにノーマライゼーションがどう反映されていくか?」という質問については、「延岡駅の課題として、まさにノーマライゼーションがあがっている。市民ワークショップにも車椅子の方が参加しているが、今後、高齢化が進むと、ノーマライゼーションどころか補助を必要とする人が大半になるので、当然のこととして設計するべきだと考えている。」と答えました。

続いて、「延岡駅のように、参加者全員の力を集めるために、建築家として控えめな姿勢で臨むのは、他のプロジェクトでも共通しているのか?」という質問に対しては、「日本で公共建築を設計する場合、そういう立場にならざるをえないが、造形のもつ力は信じているので、ときには建築家として創造力を発揮することも必要。プロジェクトによって臨機応変に立場を変えようと考えている。」と答えました。

最後に伊東が「これからの建築家の役割は、空間のデザインをすることではなく時間をデザインすることだと、今日のお話を聞いて確信した。従来のコンペティションやプロポーザルという形式ではなく、市民と同じ方向を向いてものをつくっていく仕組みが必要で、プロポーザルの前から話し合いながら進めていけるようにシステムを変えていきたい、と3.11以降は特に感じている。」と語り、セミナーを締めくくりました。

長時間にわたり、分かりやすく熱心にお話くださった乾久美子さん、遠方よりお越しいただいた来場者の皆様、ありがとうございました。