塾生限定講座 家具塾

2015年02月05日

皆さん、こんにちは。塾生の西山和臣です。
昨年12月6日、家具デザイナーの藤江和子氏を講師としてお招きし、株式会社三越伊勢丹プロパティ・デザイン六郷工場(以下六郷工場)を見学する「家具塾」を開催しました。三越伊勢丹プロパティ・デザインは100年以上の歴史を誇る老舗家具メーカーです。1910年の丸の内工場落成から100年、その間紆余曲折を経て2010年現在の六郷工場に拠点を置きました。

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六郷工場では、一般の消費者向けの家具、民間企業からの注文家具、そして国家機密クラスの特注家具まで多種多様な家具を生産しています。その工場内部はどうなっているのでしょうか。興味津々ですね。そこで、六郷工場内部の潜入レポートをお届けします。時折、専門用語が登場しますが、解説を付記しますのでご安心ください。

六郷工場へ潜入
始めに案内されたのは、材木を保管してある材木貯蔵庫です。材木の他にも、突板(つきいた)用の単板も大量にストックされていました。
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突板とは、木材を厚さ0.2~1.0mm程度に薄くスライスしたものです。突板の制作方法は二種類あります。一つは「スライサー突板」といって、板状の木の面を板面に沿って薄くスライスしたもので、きれいな木目が得られることが特徴です。もう一つは「ロータリー突板」で、原木を大根のかつらむきのように薄くスライスすることで、幅の広い突板をとることができます。突板は無垢(むく)材に比べて安価で加工しやすく、樹種や木目も豊富に揃っているため、家具の仕上材として大変重宝されています。

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次は、無垢材についてもふれておきます。無垢材は針葉樹と広葉樹に分類されます。針葉樹の代表はヒノキ、スギ、松などです。一方、広葉樹の代表はケヤキ、ナラ、ブナなど、非常に多くの樹種があります。家具に用いられるのは主に広葉樹です。
無垢材を扱うときに重要なポイントは含水率です。含水率とは材木に含まれる水分を表す指標です。六郷工場では、含水率12%を目安としています。なぜ含水率が重要かというと、木材が水分量の多寡によって伸び縮みするからです。水分の多い材木内の水が減ると、それに伴って木は縮んでいきます。その結果、材木が割れたり反ったりするのです。反対に、水分が極端に少ないと、つまり乾燥させ過ぎると、水が入って伸びたり狂ったりする原因になります。適正な含水率を維持し、よく乾かした木を使うと問題は起こりません。

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材木貯蔵庫を後にした私たちは、いよいよ六郷工場内部に潜入しました。ここで本題に入る前に、家具を構成する面材(板状の材料)について述べておきます。面材は大別すると2種類に分けられます。一つは中身が詰まっているソリッドな面材です。無垢材やランバーコア(厚い合板)のことを指します。もう一つはフラッシュパネルと呼ばれるものです。フラッシュパネルとは芯材を組み立てて、その表面に前出の突板などの仕上材を張り付けたものです。材料を節約できる上、家具の軽量化にもなります。また、反りや狂いもほとんど起こりません。今回六郷工場で見せていただいたのは、フラッシュパネルによって組み立てられた家具の製造工程です。
大まかな流れとしては、「木取り→突板製作→プレス→加工→組立て→塗装→アッセンブル」という工程を六郷工場で行っています。

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木取り:木取りは、家具製作に必要な材料を切り出すことです。この工程には芯組みも含まれます。芯は後に詳述しますが、金物の取付け位置や接合部分を狙って組み立てます。
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仕上がった芯材は骨組みだけで、内部には中空部分があります。そこで、強度を確保するために、中空部分にペーパーハニカムと呼ばれる紙でできた補強材を入れます。そして、芯材の表面に突板などの仕上材を張ります。ペーパーハニカムを中空部分に充填することで、仕上材に強い衝撃が加わった場合でも穴が空くことを防ぐことができます。

突板製作:突板製作の工程では、ギロチンカッターとジグザググルーイングマシンが威力を発揮します。
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ギロチンカッターとは、裁断機のことで突板の巾を正確にカットするマシンです。

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ジグザググルーイングマシンは、裁断された突板をミシンと同じ要領で接(は)ぐマシンです。ちなみに、「接(は)ぐ」とは突板や板材をつぎ合わせる、という意味です。

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プレス:六郷工場では巨大なホットプレスマシンを使っていました。ホットプレスは、芯材に接着剤を塗布した後、突板等の仕上材を熱と圧力をかけながら張りつけ、フラッシュパネルをつくる機械です。なぜ熱を加えるかというと、接着剤の乾燥を早くするためです。ただし、この工程はそんなに簡単なものではなく、適正な温度と圧力を見極めるまでには、経験と時間を要するそうです。

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加工:ここまでの工程でフラッシュパネルができあがりました。加工工程ではフラッシュパネルを正確な寸法にカットします。さらに接合部の加工も行います。高い精度が要求されるため、NCマシンを使います。NCとは数値制御という意味で、高精度の加工が可能です。
組立て:これで家具を構成する材料は揃いました。いよいよ組立て作業です。特に垂直、水平は基本です。ここでも熟練の技がいかんなく発揮されていました。

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塗装:木部の塗装は原則ポリウレタン樹脂塗装です。ポリウレタン塗装は、主剤のポリオールと硬化剤のイソシアネートが結合して、非常に硬い塗膜を形成します。顔料を混ぜて着色することも可能です。つや消しからつや有りまで指定することもできます。「光沢が良い。塗膜が強く、基材(きざい)への付着性が強い。耐薬品性、耐水性、耐候性にすぐれている。乾燥時間が早い」といった特徴のある、木部用の中では最高級の塗料です。

アッセンブル:引出しの取手、スライドレール、スライド丁番などの金物の取付け、調整を行う工程です。スライドレールは引出しを出し入れするレール、スライド丁番は扉の開閉に使う金物です。

以上が六郷工場での家具製作の流れです。

続いて二階へ移動し、今度は椅子製作の現場を見学しました。椅子は設計、製作ともに難しいということは予め認識していました。しかし、製作現場を見学することで少し認識が変わりました。それは「職人力」とでも言うべきものでしょうか。
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椅子を設計する際には必ず原寸図を描きます。デザイナーはそのように教育を受けます。しかし、「デザイナーはデザイン画を描いているだけでは駄目だということに気付いてほしい。どうすればつくれるのかという点にイメージを馳せながらデザインすべきではないか」と藤江さんは考えます。そして、六郷工場の椅子製作現場の職人さんは、デザイナーの考えをきちんとフォローしてくれるのです。職人さんも必ず原寸図を描き、製作方法を一緒に検討してくれるのです。家具デザイナーにとっては頼りになるパートナーです。こうして「職人力」に支えられて数々の名作椅子が生まれてきたことは、誰もが知るところでしょう。

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職人さんの経験と高い技術力は、きれいに整理整頓されているおびただしい道具の存在が静かに物語るようでした。私見ですが、道具を大事に扱うこと、仕事場がきれいに片付いていることは良い仕事をする職人さんに見られる共通の特徴だと思います。そこに整然と並べられていた鉋(かんな)やノミは、正直言って何に使うのか、私にはよく分かりません。そんなに必要なのかと思ってしまう程あるのですから。でも、職人さんはこういう局面ではこの鉋、この問題を解決するためには新しく道具をカスタマイズする必要がある。そんな試行錯誤の痕跡が、道具から伝わってきました。

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張装の職人さんも同様に、高いプロ意識を持って仕事に臨んでいる姿勢が伝わってきました。座面は、座り心地を左右するという意味で非常にウエイトの高い部位です。今は昔と違って安価で使いやすい材料が実用化されているというお話を聞きました。しかし、だからといって椅子に座る人間の気持ちは今も昔も変わらないでしょう。その気持ちを常に慮(おもんぱか)りながら、クッション材から座面の仕上材まで細心の注意を払って選定し、丁寧に張っていく。緻密で苦労の多い仕事です。だからこそ、気概をもって取り組んでいらっしゃるのだと感じました。
六郷工場でお会いした職人さんたちとの対話を通して、私は彼らに尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。

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藤江和子氏のレクチャー
一通り工場を見学した後、藤江和子氏のレクチャーを拝聴しました。レクチャーの中で、藤江さんは次のような主旨のことを仰っていました。
「家具をデザインするときには、人間の細胞レベルでの身体感覚をもとに、心地良さとは何かを常に意識している。さらに、身体を包む建築、その外に存在する環境、自然、果ては宇宙までの拡がりの中で、家具デザインという行為を捉えている。」
この言葉を私なりに咀嚼してみます。皆さん、椅子に腰かけている状態を想像していただきたい。大変心地良い椅子で、気が付くと自分が椅子に座っていることを忘れていた。そして、読書や窓越しに見える景色に心奪われていた。こんな経験はありませんか。そのとき、皆さんの身体は椅子と共にひとつの身体を形成しているのです。同時に、周辺環境とも自然ともひとつの身体を形成しているのです。これを「忘我」と呼んで良いと思います。まさに、この「我」の消失と同時に現れてくるような身体と精神の在り方のことを藤江さんは説いているのです。私はそのように解釈しました。
久しぶりにスケールの大きな話を聴くことができて、率直に嬉しかったです。私も大風呂敷を広げるのが大好きなので100%共感できました。藤江さんの見識は、私の今後の設計活動の中で必ずや糧になることでしょう。

謝辞に代えて
今回の「家具塾」を通して、六郷工場の皆さんの仕事に向き合う真摯な姿勢に心を打たれました。六郷工場では、わずか30名弱の職人さんたちによって技術の伝承が行われていると聞きました。職人の手による生成的プロセスが物的存在へと遷移し、ある瞬間、凝結した姿で「モノ」として顕現します。このような職人的な労働の在り方が人間性を基礎付けるものだと思います。哲学者の内山節(たかし)は次のように述べています。

「人生は働くことと共にあり、働くこととは、技や知恵、判断力を蓄積しながら、人間としての自分を形成していくことだ」
                 内山節『「里」という思想』新潮社2005年 127項

私が出会った六郷工場の職人さんたちは、働くことを通して、内山の説く「人間としての自分」をしっかりと見据えていたように感じました。
歴史的に見て世間の耳目を集めるのは、常に建築家やデザイナーです。しかし、見えないところで日々努力している職人たちの技術なくして建築や家具をつくることはできません。彼らの「見えない歴史」に私たちの社会はどのようにして報いることができるのでしょうか。それが、これからの建築に携わる者の課題であることに疑いの余地はありません。
最後に、私たちのために貴重な時間を割いてくださった株式会社三越伊勢丹プロパティ・デザイン六郷工場の皆さまと藤江和子氏に心より感謝申し上げます。