会員公開講座 藤江和子さん「家具でつくる空間」/藤森泰司さん「藤森泰司の家具デザイン」
2019年7月13日、伊東塾長と共同で制作を行って来られた家具デザイナーの藤江和子さん、藤森泰司さんをお迎えして、今年度2回目の公開講座が開催されました。今回は、お二方に同じ回に講義をしていただくことで、家具・建築空間・人との繋がりに関する理解を深めることが意図されています。まず、藤江和子さんからは、「建築・家具・人」という題目で、次に藤森泰司さんから「道具の先へ」という題目で、レクチャーが行われました。
また、今年度より、「大三島を『護る=創る』活動」を行ってきた「大三島ライフスタイル研究所(島研)」の協力のもと、全公開講座を通して大三島の再活性化の問題を考えるという、新たな試みが開始されます。本年度、公開講座で取り組むのは、『大山祇神社参道:みんなの家とその周辺の活性化』『今治北高等学校大三島分校:継続的な活動・カリキュラムの計画』『大三島みんなのワイナリー:醸造所の建設』という3つのテーマ。第2回となる今回も、講座の後に、今回の講座と絡ませた簡単なディスカッションが行われました。
藤江和子さん「建築・家具・人」――取り組んできた仕事
藤江さんのキャリアは70年代頃に始まります。70年代当時は、「ブルーボックスハウス」などを手がけた宮脇檀建築研究室を卒業後、住宅や小空間の中のインテリア・家具や、子供のための家具に力を注いだほか、システム家具の開発にも取り組んでいました。
80年代に入り、建築家の設計プロジェクト内での家具デザインに取り組む中で、「クジラシリーズ(1982〜2002年)」をきっかけとして、華々しいデビューを飾ります。さらに、三角形の面の集合体で形成された「万華鏡シリーズ(1990年〜)」や、シンプルな形の集合で形成された「モルフェシリーズ(1992年〜)」など、多様なシステムを内包するデザインシリーズを発表しました。
(写真:浅川敏)
90年代には、建築設計プロジェクトのより早い段階から加わるようになり、建築家との共同プロジェクトが深まった時期です。その中で、「建築との関わりにとどまらず人間との強い関わりを持つ」という、家具が持つ意味に気がついたそうです。さらに、1997年にギャラリー「間」で企画した展覧会では、これまでの取り組みへの振り返りと今後の目標を整理する中で、「家具はインターフェースとしてある」という概念や、より家具が空間や人にとって積極的な作用を持つべきだという意味を持つ「インフルエンス」という概念を、家具設計の中で活かしていこうとする立場が明確になったそうです。
(写真:浅川敏)
2000年代には、伊東塾長による「せんだいメディアテーク」案を見て、藤江さんは大きく心を動かされたそうです。この建物は間仕切りがなく、全て家具で間ができています。それを見て「ついに私の時代が来た!」と嬉しくなると同時に、公共の施設でこのような試みが実現したことで、これまで藤江さんが構想してきた家具のあり方を実際のデザインでのびのびと実現できるようになり、藤江さんのデザインのあり方が随分と変化したそうです。
そして、2010年代に入り東日本大震災を経る中で、現在は、時代の雰囲気で空間の心地よさの定義が変わるという点に対して常に敏感であるようにと心がけているそうです。
(写真:浅川敏)
藤江和子さん「建築・家具・人」――伊東塾長との仕事
以上のような経歴の中で、伊東塾長との最初の共同プロジェクトは「多摩美術大学図書館(2007年)」のインテリアデザインでした。このプロジェクトで藤江さんの念頭にあったのは「体感を開放できる仕掛けとしての素材へのこだわり」「森を散策するように本を探すことで美大生がインスピレーションを得られる場」ということです。これを実現するために、素材の風合いが生かせる薄いアルミや木の材質が生かされている合板を用いたり、自然に外に視線が抜けていくよう本棚を低くしたりといった工夫を施しました。
(写真:浅川敏)
この設計を見て、台湾大学からも同様の図書館の設計を依頼されます。「台湾大学図書館(2014年)」では、自由で開かれた空間体験を提供するために「森羅万象」というテーマを設定し、デザイン計画が進められました。そして、台湾大学農学部とのコラボレーションで、システマティックな曲線で実現される大小の竹の本棚が林立するダイナミックな空間を実現することができました。
(写真:浅川敏)
さらに、「みんなの森 ぎふメディアコスモス(2015年)」では、「大きな家と小さな家」というコンセプトのもと、人が集まってくるイメージを実現するために「グローブ」を中心として、ストランドボード製の書架を台風のように配置する案を採用しました。このプロジェクトでは、人と人との距離感や、空間と人との距離感が重要視され、色々なスタイルで読書ができる空間を実現することができました。
(写真:浅川敏)
(写真:浅川敏)
「都市・建築・人の関係をつくること」をテーマにデザインが行われた「台北国家歌劇院(2014年)」では、台湾で体感した気候・伝統文化・植生などをデザインに生かす試みがなされました。特に屋上は、台湾の元気な植生を彷彿とさせる花園や桃源郷をイメージしたデザインがなされました。
「ホワイトキューブからの解放」をテーマに設計が行われた「ナショナル・バロック・ミュージアム・プエブラ(2016年)」では、有機的な建築の「ゆらぎ」がかいま見える部分に家具の機能を付随させるという新たな試みがなされました。ここでは、ベンチなど人々がリラックスできる場所を地元の技術やテキスタイルで製作し、生き生きとした建築を支える、生命体における臓器のような役割を果たす家具を実現させました。
(写真:浅川敏)
また、最新のプロジェクト「川口市めぐりの森(2018年)」でも、有機的な建築の「ゆらぎ」の部分に注目し、「ゆらぎ」のあるところで、建築に寄り添う静かで落ち着きのある家具がデザインされています。
「これら数々のデザインを踏まえ、「『建築は最も肌に近い建築』だということを常々考えているという」という言葉で藤江さんの講義は締めくくられました。
藤森泰司さん「道具の先へ」――取り組んできたこと
藤森さんは、「家具は道具という存在にとどまるのか?」ということを常々考えて、世の中にないことを一つでも作品に入れることを目標に製作活動を行なっていらっしゃいます。まずは、その考えを根底に持つデザイン歴についてお話ししてくださいました。
大学時代に家具デザインに出会った藤森さんは、大学の椅子を扱う講義内で、「普段見ている道具としての家具が、実はものすごく考えられて作られていること」「家具は彫刻的な美しさを兼ね備えると同時に日常の道具でもあること」の魅力を感じ、家具の世界にのめり込んでいきます。
初めて藤森さんがデザインした椅子「Flat Chair(2002年)」は、幼少期より家族みんなで座卓で食事をとっていた経験から、当時の藤森さんが抱いていた「座る面がフラットである」というリアリティを、椅子という形に落とし込んだものです。道具が利用者の身体に反応することの面白さを意識し、座るとふわふわとたわむ薄い材質を用いました。また、広く連続していくイメージを実現するために、スタッキングできるシステムを採用しました。同様に無限につながっていく形状を持つのが、C.ブランクーシの彫刻に触発されて製作した「Fit(2005年)」です。この家具は、上面がピーナッツ型、下面が円形で、その上下をつなぐ部分が3次元を形成しています。利用されるイメージは、「その辺にコロコロしてたらテーブルにもなるし椅子にもなる」というもの。上下の置き方により、女性的な印象も、男性的な印象を兼ね備えるという点も独特です。
©︎Yuki Omori
このような製作活動を行う中で、商品を作るということへも挑戦をしました。「Dill(2006年, CASSINA IXC.)」は、木製の椅子であるにも関わらず、中は空洞でペーパークラフトのように作られた椅子です。この製作方法により、シンプルで継ぎ目のないとても軽い椅子が出来上がりました。また、「Rinn(2011年, aflex)」では、ラケット構造を応用した継ぎ目のない3つのパーツで、細いフレームながらもとても強い構造体を作ることに成功しました。
椅子のスケールについて考えた作品である「Ruca(2013年, COMMOC)」は、座面の奥行きを狭めた、朝ごはんを食べる椅子というコンセプトにより製作されました。椅子の活躍する場をもっと広げたいという思いから、行為と行為の間に座れる椅子・短時間をしっかり支える椅子として構想しました。また、この椅子は、イギリス17世紀後半の椅子形式である「ウィンザーチェア」を参考にしています。ここに、「あるものが作られた時代の感受性を今の視点で追体験し、それを新たな形として発見すること」=「リ・デザイン」と定義する、藤森さんならではの哲学が込められているのです。
藤森さんの興味は椅子だけでなく、「収納家具」にも向いています。「Myrtle(2012年)」は、収納引き出しがついているスタッキングスツールです。スタッキングして4つ集まると引き出しが4つ、オープン棚が2つついたチェストにもなります。ただの箱としての収納家具でなく、使い手がもっと能動的にコミットしていく収納家具のあり方を模索しました。また、「座る」「収納する」「重ねる」という行為と結びついた機能性そのものが、“もの”の表情を作るということも意識して製作されたそうです。さらに、「Lono(2013年)」は、表情のある形が先にあり、そこに何を収納するか考えたくなること、それを誘発する身振りとしての収納家具、多様な表情を持つ家具として製作されました。また、脚には「どこにでも動かせる」という意図を込めたそうです。
Myrtle(2012)©︎Yosuke Owashi
Lono(2013)©︎Yosuke Owashi
藤森泰司さん「道具の先へ」――伊東塾長との仕事
藤森さんは長年、様々な建築家との仕事も積極的に行っています。中でも、伊東塾長とのプロジェクトである「信毎メディアガーデン(2018年)」では、「ダイナミックに家具で空間を構成したい」とする伊東塾長の要望と、ベンチ・掲示板・新聞ラックなど新聞社からの細かな機能性の要望を両立させつつ、可動式で地域産材を利用した屋外利用が可能な家具を模索しました。その結果、地元の松を使った断面形状が「人」の字に組まれ自立するカーブ状の可動式家具と、大きな木をくり抜いたような常設のインフォメーションカウンターを提案しました。また、併設のカフェには、新聞を机上面に差し込めるテーブルを製作するなど、新聞社ならではの工夫も施しました。可動式の家具は、プランター・掲示板・ベンチといった各種機能を備えるだけでなく、子供の遊び場になったり、イベント時には移動され間仕切りとして用いられたりしています。このデザインは、藤森さんにとって、「大きな劇場空間における舞台装置を作ったような経験」となったそうです。
信毎メディアガーデン(2018)©︎Satoshi Shigeta
また、奈良県吉野町では、地元産材を活用する仕組みを確立するためのプロジェクトを行いました。吉野町は、檜と杉の一大産地であるにも関わらず、地元の学校の机や椅子が地元産材から作られていないというストレスを抱えていました。これを解決するために「地域産材で作る自分で組み立てるつくえ(2014年)」を考案しました。地元の中学生を対象として、入学時に、地元産材を用いた「机の天板製作ワークショップ」を行います。そして、その天板を繰り返し使えるスチールフレームに取付け、卒業まで使うというものです。卒業時に持ち帰るこの天板は、畳の部屋でローテーブルとして利用することもできます。この「つくえ」は、中学生に対して、地元産材や木材に関する重要な教育となっているだけでなく、地元の産業を循環させる役割も担うことに成功しました。今後は、これを、小学校や全国の学校へと広げていきたいそうです。
地域産材で作る自分で組み立てるつくえ(2014)
クロノロジカルなデザイン手法の変化や伊東塾長とのデザインに関するお話の中で、建築と人と家具との関係性のあり方を提示してくださった藤江さん、道具以上の役割や機能を発揮する家具のポテンシャルについて示してくださった藤森さんのお話を通して、家具が介在することで建築空間と人がダイナミックに関わっていくことの可能性について、強く意識することができた一夜となりました。
岩永 薫