公開講座 寺本英仁さん「地域食材を切り口としたグルメ戦略」

2020年06月18日

2月8日、島根県邑南町(おおなんちょう)の町役場で“グルメ戦略”の地域おこしに取り組まれている公務員の寺本英仁さんをお招きし、2019年度最後の公開講座が開催されました。
邑南町は、寺本さんの活動を一つのきっかけとして、全国からの移住者が増加している、”地域おこし”の先進地域です。今回の講座では、寺本さんの活動の中から、地産地消のレストランや「食の学校」の立ち上げ、「A級グルメのまち」推進事業について、お話を伺いました。

島根県邑南町と地域おこしの凄腕公務員

島根県邑南町は、広島から1時間程離れている中国山地内にある地域です。なんでも島根県は”過疎”という言葉が生まれたきっかけの場所で、全国で最も過疎化が進行している地域だそうです。だからこそ、地方創生にとても尽力している島根県ですが、その各自治体の中でも、人口1万人強・高齢化率43%・森林率83%の邑南町は、近年のUターン率が高く、地方創生の顕著な成功事例の一つとしてよく知られています。例えば、家族内の子供は二人以上が当たり前で出生率2.46、Iターン/Uターンでやってきた大勢の若者たち(彼らの出身地は東京・京都・滋賀・北海道・広島・兵庫…等とても多様です)、3年連続社会人口が増加している…、など少しお話を伺うだけでも、地域が生き生きとしているのが感じられます。

このような”地域おこし”の先進地域で、地域を盛り上げる多様な活動の仕掛け人として活躍されているのが、寺本さんです。数年前には、”3年連続で町の過疎化に歯止めをかけた地域おこしの凄腕公務員”として、各種メディアにも取り上げられました。寺本さんの仕事に対するモチベーションの根底には、「先祖から受け継いできた土地を大切にしたい」という思いがあるそうです。それだけでなく、主に東京近辺に住んでいる私たち聞き手にも”過疎化”を身近に感じられるよう、次のようなお話をしてくださいました。

 

過疎の進行と、東京・地方の関係性に対する問題意識

寺本さんが注目したのは、東京や地方自治体の「世代別人口動態」です。データによると、東京の人口は全体的には増加しており、65歳以上と75歳以上の世代の急増と18歳以下の人口の減少が顕著に見られます。他方、邑南町を見てみると、18歳以下の人口は増加している反面、18歳以降の減少が顕著です。つまり、地方で18歳まで過ごした若者たちが、その後上京し、東京の社会人口の担い手になるというかたちで、地方は東京で働く人たちを生産する場となってしまっているというのです。

さらに、東京に集まってくるのは、働き手だけではありません。寺本さんは「いい作物ができたら都会に出そう」という考え方の問題点を指摘します。そして、都内の百貨店に邑南町産のジャムを売り出した際の経験を例に、東京にものを売りに出し、コンサル費・デザイン費・広告費…といった第3次産業に巻き込まれるかたちで、逆にお金を取られる構図になっている現実を説明します。

このように、一生懸命育てた農作物・子どもたちを東京に送り出している上に、都市的ビジネスのサービスを購入したり仕送りをするというかたちで、資本も東京に流れ込んでいる–––人、食べ物、お金、身の回りのもの全てが東京に搾取されるかたちとなっている、現在の東京と地方の関係性を、寺本さんは問題だと感じているのです。

 

A級グルメのまち」を起点とした地域活性化

このような、東京と地方の関係性に対する問題意識を経て、寺本さんが気がついたことがあります。それは、人々の「うちのまち何もないでしょ」「田舎はダサい」という発想を変えていくことの大切さです。”ビレッジプライド”=そこに住んでいる人が自分のまちにプライドを持ち、それを表現する。自分自身を肯定的に捉えていれば自然と他人にも良い印象を与えるように、まちの人々がまちへの愛着を持つことで自然と他地域から人・モノ・コトが集まるのではないかというのが、寺本さんの哲学です。

そこで始まったのが、「A級グルメのまち」プロジェクト。美味しい食材があり、それを調理してくれる料理人がいれば、町外からも人が集まってくる、と確信していた寺本さんは、東京で40人もの料理人に邑南町でレストラン経営をしないかと声をかけ続けます。その結果、東京神田の料理人の招致に成功し、2011年に町立イタリアンレストランがオープン、週末には行列ができるほどの人気店へと成長しました。さらに、イタリアンレストラン「AJIKURA(あじくら)」では、銀座の高級レストランに勤めていた料理人がシェフを務め、地元の食材を使った本格的なイタリアン(コース3,500~10,000円)が味わえます。なんと、お客さんは1時間半から2時間かけて通ってくるほどの人気ぶりです。このようにして、町内の空き家を活用した、A級グルメを目玉にしたレストランがここ数年で10軒オープンしています。

 

「食の学校」と若者の移住

さらに、「A級グルメ」プロジェクトは、全国からレストラン経営の希望者を募り育成するシステム「食の学校」へと発展していきました。「食の学校」では、3年間にわたり、月17万円の生活費を受給しながら、無償で調理研修を受けることができます。これまでに、延べ50人ほどが研修に参加し、8人によるレストラン出店が実現しました。

その中の一例として、パン屋さん「寺田君」のお話をしてくださいました。「寺田君」は、なんでも以前神戸でパン屋を開業したものの、あまりパンづくりがうまくいかずに失敗した経験の持ち主でした。「食の学校」でパンづくりを学び、町内で出店。出資者の皆さんの支援・町内の皆さんからのアドバイスや皿洗い・雪かきといったお手伝いをいただきながら、まちの名物パン屋さんとして営業されているそうです。

「みんなが本気になって関わる、ちょっとお金を出したり、客になったり、そういうことが面白い」と、寺本さんはおっしゃいます。町の自慢の宝を都会に売るのではなく、地元で活かす、そして町内に点在する多くの飲食店を起点としたローカル経済の発展が、今後の邑南町の発展を支えていく活力になると確信しておられるそうです。

 

邑南町のおじいちゃんおばあちゃんがビジネスの推進力になる

“地域づくり”の最先端をゆく邑南町における取り組みは、食にまつわる活動だけにとどまりません。寺本さんは「高齢者を戦力視するか否かが鍵なのです」とおっしゃいます。
現代日本の”地方創生”の取り組みがうまく軌道に乗らない根本的な原因について、寺本さんは、①若い人だけを社会・経済を回す戦力と捉えていること、②地方の高齢者が自身の資産を市場に還元しづらい環境にあること、という2点を挙げます。そして、これらを改善するためには、フルタイムの働き手を求めるのではなく、①”週1~2”での就労を希望する定年退職者らを複数人集めた労働力を積極的に活用することで、②地方の高齢者に現金を手にしてもらい、彼らがお金を使うハードルを下げること、が重要であると強調されます。

さらに、邑南町の食に関するプロジェクトと、高齢者によるビジネス運営との結びつきも、町内経済のポジティブな循環を生み出しています。町の将来に危機感を抱いていた町人12人が融資を行い誕生した「住民の会社」は、公的交付金を活用して空き家の改修を行うなど、移住希望者の支援を行ってきました。例えば、「住民の会社」の経営者会議が夜な夜な行われる蕎麦屋さんは、交付金を元手に、耕作放棄地を整備して蕎麦を植え、空き店舗を蕎麦屋に改修し、移住希望者の「伊藤さん」をオーナーに据えて開業しました。また、高校生の下宿を受け入れることが契機となって始まった、空き家となっていた旅館を改修した民泊経営も行われています。このような「住民の会社」の活動が功を奏し、全国から移住希望者が続々と集まってきているそうです。

これらの取り組みを通して邑南町が得てきたものとは何でしょうか。寺本さんは次のようにおっしゃいます。「一番良かったは、高齢者が元気になってきたこと。邑南町の介護率は、全国の自治体の中でも低く、みんな介護される暇もなく活動し、結果的に得た現金を地域に還元してくれることで、地域経済が活発化しているのです。」

地道に一つずつ仕事をつくることで、一人二人とまちに人が集まってきます。地元で採れた食材から最高のグルメをつくるという仕事が、地元の生産者の張り合いとなります。そして、地元の若者や年寄りが楽しくやっているとわかると、まちから出て行った人々も帰ってきます。
「一番言いたいことは、皆さん参画しましょう。町民の思いを一つにしましょう。A級グルメ=永久グルメは、地方の子どもたちに永遠に継承していくものなのです」という寺本さんの締めの言葉と、2019年10月に20年ぶりに復活した邑南町日和地区のお祭りの写真に写る、様々な世代の邑南町の皆さんの弾ける笑顔がとても印象的でした。

岩永 薫