塾生講座 ショートレクチャー⑤
今回の第5回塾生講座では、吉岡寛之さん、近藤奈々子さん、高橋直彦さんを講師に迎え、それぞれの方から15分ずつショートレクチャーをしていただきました。
まずは、神奈川大学の特別助教でもある建築家、吉岡さんより、コロナ自粛期間中の活動について自己紹介を交えつつお話がありました。
大学では、大三島の地域資源の再編や、徳島県美波町での古民家活用に取り組んでいらっしゃいますが、コロナ禍においては実際に現地に行くことができないため、現地の人々との意見交換が減ってしまうという問題や、一度に情報展開できないモニター上ではプロジェクトの全体像を確認しにくいといった不便な面もある一方、オンラインの授業やゼミでは、チャット機能等を使って細かな意見をいう学生も増えたとのこと。
アフターコロナの建築と設計の可能性については「コロナのような状況においても家族以外とのつながりを捨てるわけにはいかない。人が集まり、何かつながりをもって生活できる建築を考えるべき」と話され、コンペに出した公営住宅の設計の紹介がありました。それは、一つ一つの住戸を連結させることによって高齢者のためのグループホームの役割を果たしたり、シングルマザーのためのシェアハウスになったりと、家族以外の小さな共同体を引き受けられるような建築の提案だったとのこと。換気の良い、おおらかな道のようなところで過ごすことを大切にしたり、大人から子どもまで様々な年代の人がくつろげる場所をつくったり、「地縁や血縁だけではなく関心事で集える小さな建築みたいなものをもう一度考えなければならない」という言葉は、「ステイホーム期間中、仕事も家族もなく1人で過ごしていた人はどうだったのだろうか」と思っていた僕にとっては考えさせられる内容でした。
次は、大三島の岩田健母と子のミュージアムや憩の家のリノベーションも手がけた建築家、近藤さんのレクチャーです。
「コロナは、今後どのように生きていくのが良いのかを改めて考える機会になった」という近藤さんは、「東日本大震災のあと、私たちは一度、どこでどんな素材に囲まれ、誰とどういう時間を過ごしていきたいのか、ということを考えたはずだが、9年たった今、二度目のきっかけを与えられたのだと思う」とおっしゃっていました。
東京出身の近藤さんは現在、逗子・葉山を拠点にしていますが、コロナをきっかけに都心から外れた地方に土地を探す人が多くなったと実感しているとのこと。
そしてこれからは自然と関わることのできる住まい方が良いのでは、とのことで
①半島暮らしのすすめ
②関係人口のすすめ
③二拠点居住をしてみようか
という三つの提案を挙げてくださいました。
「関係人口」という言葉に僕はあまり馴染みがなかったのですが、まちで暮らしながら地方と関係を持ち続ける「関係人口のススメ」というのは、すぐに生活拠点を変えることのできない僕らのような立場からは、新しい発想であり、興味深いレクチャーでした。
大三島への移住を考えているという塾生からは「時に排他的な側面もある島の人々や地域の人々とどのように関係を築いているのか教えてほしい」との質問がありましたが、それに対し「島出身の人とそうでない人との差はあるのかもしれないけれど、大三島には外からの人々を受け入れる土壌ができていると思う。島の人々も外に向かって開くようになってきている今、別の場所に住みながら地方に関わり続けることもできる。両方の視点、両方の開き方が必要であり、そこから様々な広がりを見せるのではないだろうか。そして大三島はそれを体現できている島なのではないか」とのお話がありました。
「実際に住まなくても、地域の人々と関わり続ける、思いを届け続けることによって信頼を築くことになると思う」。その言葉が印象的でした。
レクチャーの締めくくりには、下記のような問いが投げかけられました。
3人目の講師、左官職人の高橋さんからは、伊東建築塾で手掛けた大三島憩の家の改修工事のご紹介がありました。「設計者と施工者が横並びで、考えながら作り、作りながら考える」というプロセスのもと行ったこのプロジェクトでは、地域性と独自性を重視し、地元の土を使用。土選びから採取、加工、調合、塗り、仕上げまでを手掛けたのだそうです。あるとき壁土を探すにあたり、地元の人に土について聞いてまわったものの、明確な答えを持っている人はいなかったとのこと。阪神淡路大震災以降、耐震基準が変わり、土壁を使った工法がほぼなくなったためだそうです。そのとき、「安心安全」の名のもと、画一化によって、土壁などで保たれていた地域性がなくなりつつあるのを感じたとおっしゃっていました。
設計と施工が密に連携し、施主と共に建築をつくる憩の家のプロセスに可能性を感じ、憩の設計メンバーだった木平岳彦さん、近藤さんと事務所を立ち上げ活動している高橋さんからは、「安心安全」と「地域性」の両立は可能なのだろうか、との問いかけがありました。
その問いに対し伊東先生からは、「安心安全と地域性の問題は、建築と自然との関係にある」との返答がありました。「現代建築の多くは近代主義のもと、自然と建築を対比させ、切り離すことによって成立していると考えられるが、自然と建築をどのようにしてもう一度近づけることができるか。昔に戻るのではなく、技術をもってどう近づけることができるのかを考える上で、地域性の回復は非常に大切である」とのこと。さらに、「人間の住まい方はコロナによって変わり、今後は多様な暮らし方が増えるのではないか。もう一度自然の問題を考え直す機会になっているのではないか。二拠点居住は難しい面もあるが、必ずしもすぐに移住しなくても、多様な暮らし方、色々な関わり方があっていいのではないかと考えている」とおっしゃっていました。
最後に、聴講していた講師の柳澤さんから今回のレクチャーの感想をいただきました。柳澤さんは「テーマは自然観だと思う。東京が便利で高機能であるという安全神話が今回崩れたと思っている。二拠点居住という話題も上がったが、多拠点居住のような可能性が一気に広がるのではないか。圧倒的に自然を求めていくということが、今回はっきりしたのではないかと自身の生活も含め感じている」と述べられました。
塾生 兼清悠祐太