子ども建築塾2021年度 後期「百人島」発表会 前編

2022年12月22日

3年振りに例年と変わらぬ時期での開催。昨年に引きつづきみんなの慣れ親しむ恵比寿スタジオに巨大な模型が設置され、その周りに所狭しと塾生が着席します。水際の緩やかなカーブが島の孤高な存在感を際立たせ、まるで大きなシンポジウムでもはじまるかのよう。全員分の作品が置かれた縮尺1:40の敷地模型は壮観です。塾生はじめTAや保護者の方々も息を呑みます。

2021年度前期の課題は「水に浮かぶいえ」、後期は「百人島」。水との関わりを強く意識した一年でもありました。今年はメキシコの湖に浮かぶ小さな人工島メスカルティタンをモデルに100人の住人が暮らす「百人島」をつくります。定期的に湖の水位が上がり島全体が浸水するというアクシデントも抱えながら人々の営みは繰り返されているという設定です。塾生は等分割された担当の敷地をそれぞれし、隣り合う敷地に対してグループごとに考察を深めながら全体で一つの「まち」をつくることを目指します。住人の家族構成、生業など島に必要なもの、あったらいいもの、一から理想の島を創造します。

さてこれまで島の未来について、いく度も話し合い、みんなで向き合ってきた島開きです。みんなのスケッチや模型写真がぎゅっと詰まったリーフレットを手元に、塾生たちの短くも長い2分間の発表に耳を澄ませます。まずは前半のクラスから。

【Aグループ】 ー島の北西ー
山田 あおいさん 「湖畔の森」


「森」は生き物が助けあいながら住んでいるという着想から、老人ホーム、保育園、ホスピスが一つとなった場を提案します。
小さなブロックの重なり合いによってできた空間には生命感があり、花のつぼみがほころぶ瞬間をイメージしているとのこと。
小さなボリュームの組み合わせで全体をつくっているところに伊東さんは非常に感心しました。
「こんな風がいいよ!こんなに柔らかく包まれたら気持ちいい」と、はやく歳をとってここに入りたいと高揚するアストリッドさん。そして今まである老人ホームなどではなく「新しく想像したのがよかった」と結びます。

「新しい」
後期の初回授業の際、アストリッドさんが掲げたのは「新しさ」というキーワードでした。これまでの後期の課題は実際にある敷地上に展開し、周辺環境や居住者との関係性を考えることが大きなテーマでした。今回は湖に浮かぶ架空の島が舞台。住まい方も住人一人一人、ゼロから考えます。よりこれからの理想が描ける自由な課題です。
また、私たちはいまwithコロナという現実を2年近く経ました。あたり前とされてきたものはゆらぎ、これまでの視界に風穴が開きました。みんな次の世界を探していますが、建築を考えることはあり方を考えることでもあり、新しい建築は新たな視界を広げることでもあります。

萩尾 友喜さん 「ゆれるインフォメーションセンター」


島に訪れる人々を熱く歓迎する泊まれるインフォーメーションセンター。床はバネ状の柱に支えられ心地いい島の風にゆらゆら。見晴らしの良い緑の屋上でのキャンプも一興。釣った魚も調理して振る舞ってくれます。
キャンプもできる屋上に生えている4本の「木」は上の層まで貫通し「突きぬけいているのがいい。」と伊東さん。キャンプのテントの大きさもスケールが押さえられていると技術的側面も評価しました。

須々木 心くん「ボートハウス」


島の生活には欠かせない船大工の住むボートハウス。眩しい朝陽が差しこむベッドからは作業中のお父さんの姿がよく見え、夕暮れどきには建物がサンセット越しに映えます。大きな水槽に放たれた心くんの釣る魚は道ゆく人たちからも評判で、ブリッジでとなり合うホテルにも卸します。
おじいさんがゴロゴロしている様子など「自分も住人の一員として百人でどう生きているか、島での暮らしがイメージできている。」と太田さん。4年生でありながら後期で掲げるテーマを充分達成しており、出題担当者としてもたいへん納得の様子です。

阿部 日葵さん 「街と生きていく病院」


一見「森」のように見えるそこは病院です。散歩をしているといつの間にか木漏れ陽のさす青空診察室、枯葉おおわれた処置室へと向かいます。実は病院が苦手とのことで入りやすいような工夫が随所に。自然から生命力を感じ生きる力に。
「自分の病院体験がそのまま空間になっていっていくのは面白いね」と伊東さん。水量を調整することで多機能に使える足湯のベンチなど工夫が多くなされ、「みんなが集まる楽しい場所になっている。」とアストリッドさんも喜びの表情を浮かべます。

【Bグループ】 ー島の北東ー
新井 歌乃さん 「光と色のアレグロ」


軽やかな調べにいざなわれたどり着くそこは七変化する光と音色にあふれるコンサートホール。となりの学校へと通じる路面に描かれた鍵盤はステップ状のピアノ。風にたなびくグリーンカーテンは自然のハーモニーを奏でます。子どもたちや人々が集まることで空間が生まれます。
言葉の一言一言がとても繊細で深く考えぬかれた発表に「こんなにしゃべれない…」と伊東さんは感嘆しました。
一つ一つのことがらが丁寧に考えられていて「面白い」とアストリッドさん。ただ全体をより総合的に考えても良いのでは、とも提案しました。

「総合的にかんがえる」
設計のコンペティションの審査も多くされる伊東さんですが、実現したいことが多い案に対しては「いったい何がやりたいんだ」と思うと話します。「これだ。」というただ一つの思いが大切だと。
子どもたちの頭の中はアレもコレもやりたいことであふれています。それは当然なことです。ではその全てをやるのか、省くのか、試しながら判断するのか、さらなる展開を目指すのか…。スケッチと模型を行き来しながら次第に客観的になる瞬間がやってきそうです。半年間じっくりむきあいながら、「ただ一つ」の思いを見つけることも大切にしています。

片岡 詩和さん 「トリプルサークルスクール」


島の大人たちも特別授業にやってくる小中連携校。どこからでも入りやすいよう入口はありません。それぞれの教室も前後左右、方向性のない円のかたち。自由を模索できる空間です。
「サークルにどこからでも入れるのはいい。」いくつもの円形ドームが集まる空間構成に伊東さんは自身の作品『ぎふメディアコスモス』を例にあげました。「メディアコスモスもグローブが11個ぶらさがっていてどこからもで入れる。ただ、あんまり高く浮かんじゃうと中にいるのか外にいるのかよくわからない。中に入ったら外とはちがう…でも誰でも入りやすい、という高さが重要。」とさらなる追求を促しました。

竹井 李央子さん 「つつぬけリラックス」


役所のホールにある大きな丸いテーブルではいつもおばあちゃん達が井戸端会議。くつろいだ雰囲気に思わず会話が弾みます。天井がないので話し声はどこまでも、、会話も関係もつつぬけに?!
その絶妙なネーミングに一同惹きつけられます。役所という閉じがちな建物に「新鮮」な発想だと太田さんは痛快そう。熊本駅のすぐ前に「アストリッドが丸い穴のをつくっているよ」と市民にランドマークとして親しまれる「熊本南警察署熊本駅交番」の事例を紹介してくれました。「こういう役所があったらいいな」と伊東さんもうなずきます。

坂本 絢志郎くん 「パンプキンパーク」


犬や猫が自由に歩き回る動物たちと触れ合えるペットショップ。飼い犬をドッグランで遊ばせながら一緒にキャンプもできます。デコボコに隆起したカボチャのような印象的なドーム形の屋根が目印です。
模型のできばえを「すばらしい。色もいい。」と伊東さんは評価した上で「かぼちゃでなくていいんじゃない?」と具象的に模倣するということについて疑問を投げかけました。

【Cグループ】 ー島の南西・港があるー
小牧 南々帆さん 「カジュアルロード」


手のゆき届いた畑の果物や野菜は本土からの来訪者を生き生きと出迎えます。中央広場へとつながるメインストリートでもあり、果物がたわわに実る色鮮やかなシンボルツリーが沿道から歓迎の意を表します。
「スケッチの『木』が力強い」と伊東さん。港から広場へつながる構想においてシンボルツリーの存在感が「模型でもっとだせるといい」とつけ加えました。木の上に住人が住んでいるという面白い発想も模型やスケッチで表現を見たかったと太田さんは指摘しました。

野中 音さん 「ガラクタ地球ハウス」


人々が使い「記憶の欠片」となりつつある島のガラクタたちを集めリメイクした本屋。昔からある大きな樹を囲むように新たな息吹を得たリサイクル品たちが書籍とにぎやかに並びます。
いくつもの球体が折り重なったような全体像について「球体というかたちをはやくから決めないほうがいい。」と伊東さん。「ここでではいったいどういう生活があるんだろう、どういうことを自分がやりたいか、ということからかたちが生まれてくる。その方が生き生きとした建築になるのではないか。」と語りかけます。

夏目 結人くん 「Honey Bread


甘く優しいハチミツの香りに包まれるパン屋さん。訪れるお客さんたちにリラックスした気持ちになってもらいたいと、お店のそのかたちも蜂蜜の瓶を模しています。
太田さんは屋根のかたちの工夫に進化を認めたうえで「もうちょっとやわらかい方がいい。『瓶』そのものではなくかたちの可能性を試せるといい。」と次への展開を期待しました。パン屋さんはどういうことをやっていてどういう棚が並んでいるんだろうと「やわらかいとは内側に考えていくこと。」と伊東さんもつけ加えました。

「やわらかい」
講評ではいろいろな言葉が飛び交います。「やわらかい」という表現も前期から幾度となく耳にするその一つです。一方、硬いといえば形式的であったり、既成概念といった平均化された集団的価値観として理解しやすいですが、それと真逆にある「やわらかい」が意味するところとは…。
塾ではそれぞれの体験、経験から生まれた発想をより磨きたいと考えます。ただそれは簡単なことではありません。子どもたちはすでにあらゆる常識を身につけ、より常識的に振る舞おうとします。
それぞれがそれぞれに考えること。何年か通う塾生が次第にもの静かな後ろ姿を見せはじめることがあります。高学年になることもありますが、まだ言葉にできないようなものと向き合っているのかもしれません。

小野瀬 柑那さん 「リフレッシュできる場所」


髪をさっぱりと整えお気に入りの服を身にまとえば身も心も晴れやかに。そんな気分で巡る島の景色はどこもフォトジェニック。この写真館はいつもリフレッシュな瞬間に満ちています。
敷地が三角形でむずしいレイアウトですが「スムーズな流れで入りやすい。賢くできている。」とアストリッドさん。「髪をカットして服も買って写真を撮る。そこでやっていることから生まれてきている「かたち」が素敵」と自身も根っからのおしゃれ好きですが、その計画力にも満足します。

Dグループ ー島の南東ー
森永 幹久くん 「〇〇のついでに」


いつでもどこでも立ち寄りたくなる広場に面したマーケット。となりの銭湯帰りの人には持ってこいのアイスやお惣菜が売られていたり、評判の手作り弁当は向かいの役所へ毎日配達されます。日々のちょっとした潤いが見つかる島に無くてはならない存在。
「みんなに合わせていくという大人なアプローチ。」と太田さんは象徴的なアイデアにとても関心を示します。「一本「木」が真ん中にあることでいろんな場所ができる。その周りに人は行きたくなる。」とそのアイデアからスケッチ、模型にも伊東さんは共感しました。

伊藤 咲来さん 「上から見たら??」


動物園、水族館、博物館という三つの機能が層状に重なる建物。横から見ると三角、上から見ると星のかたちをしているというのが特徴です。3層を突きぬける円筒の吹き抜けにあたたかな南風が湖上から吹き抜けます。
伊東さんは層の重なりについて「むしろ三つが溶け合うようななかで面白さがでる」と指摘します。「三角形とか星形にこだわらないで、中でどういう活動があるかかんがえるとやわらかくなっていく」とその先の気づきを促しました。

安藤 英十くん 「町の工具たち」


定期的に浸水被害に見舞われる島を支える修理屋さん。水害に備え水陸両用、有事には桟橋にもなり船をつける工夫もされていますが、普段はお客さんとの会話も弾む交流の場です。作業場からは美しい夕陽が臨めオレンジ色の建物のワイヤーがその光を受けます。
数々のエピソードを交えながら雄弁に作品の特徴を語ってくれた安藤くん。「一つずつが説得力があってうなづいてしまう。」と伊東さん。授業中ノリノリで模型をつくっていたことが「嬉しかった」とアストリッドさんは微笑みます。

ライト サラさん 「色とりどりのふんわり大工ハウス」


広々とした高いドーム屋根の大工さん。屋根はカラフルな布に覆われ、とり分け朝陽のさす方角に掛けられた薄紅の布を通したあたたかな光に包まれる瞬間はとてもやる気が出ます。木材の木の目の不思議な模様にも着目。
当初の断面スケッチに目をやりながら「最初のイメージがすごく綺麗だね」と伊東さん。「スケッチでは複雑でいろんなことが起こりそうなので、それが模型になるとよかった。」と良いアイデアがゆえに残念さもにじませました。

菊池 志帆さん 「ひょうじょう色いろ」


自然の空気を吸ってのんびりリフレッシュできるお風呂屋さん。澄んだ湖沿いの露天風呂に浸かれば夕焼けから満天の星空へと表情が変わる大空を一人じめ。地熱によってタービンも回し温泉発電。電気はとなりの修理屋におくります。
「みんな銭湯、大好き!」全員を代弁するアストリッドさん。「模型にもいろいろな面白い場所があり、湖沿いのお風呂は男性にも人気でしょう。」となりの修理屋で修理してもらったお礼に銭湯に入れてあげるというGive and take は「まちのいい関係だね」と満足します。

「つながり」
「全員まわりとのつながりを考えていて素晴らしい」と後期の課題担当者である太田さん。太田さんは日頃より、前期は音楽で例えるならソリストのように自由にかなでられる術を身につけ、後期はオーケストラのようにハーモニーをかなでられることが狙いと話しています。銭湯、修理屋、マーケットそれぞれ同士のコンビネーション、また隣接する広場とのつながりなど「後期の大きな課題に応えてくれた」とおおいに評価しました。
一般の建築教育では個別の設計課題が多く、かつて大学院の課題として同様の課題を出題した際には周りのことが見えない学生たちの結果は散々であったというエピソードも添えられました。

以上で前半クラス20名の発表を終え、それぞれの講師による特別賞が授与されます。子どもたちの姿勢が心なしか改まります。

柴田淑子賞は、みんなの案をきちんと尊重しつつ自らのアイデアも深めることができた安藤英十くん「町の工具たち」。

アストリッド・クライン賞は、いつも面白い形を考えこれからも新しい生き方を考え続けて欲しいと、山田あおいさん「湖畔の森」。

太田浩史賞は、下級生でありながら上級生も引っ張っているようだったと竹井李央子さんの「つつぬけリラックス」。

伊東豊雄賞は、「人が集まるところにかたちが生まれる」とインパクトのある言葉を残した新井歌乃さんの「光と色のアレグロ」。
「人があつまることでかたちが生まれる。ぼくもいつもそういうことを考えて建築をつくっている」と伊東さんの著書「冒険するケンチク」が贈呈されました。

そして塾生全員にも健闘の証としてアストリッドさんデザインの缶バッチが一人一人に手渡されました。

「人があつまることでかたちが生まれる」

「建築ってそこでどういうふうに人が活動するんだろう。それがかたちになっていく。それを心がけてください。」とそう伊東さんは最後に結び、前半クラスの発表会は幕を閉じました。

柴田淑子