会員公開講座 藤山浩さん「田園回帰1%戦略」

2017年01月08日

2016年内最後の公開講座は、島根県中山間地域研究センター研究統括監・島根県立大学連携大学院教授の藤山浩さんにお越しいただきました。著書『田園回帰1%戦略』でも語られている地方の魅力とこれからの地域づくりについて、人口・経済の二点からお話しいただきました。

img_8568

かつては都会で仕事をしていた藤山さんは「もっとハードに体を動かす生活がしたい」と思い、27年前の1989年に廃屋だった一軒家を150万円で改修して田舎暮らしを始め、18年前から島根県中山間地域研究センターに勤めていらっしゃいます。島根県中山間地域研究センターは集落・産業・農業・畜産・林業など分野横断型の研究を行う、島根を含めた中国地方全域の共同研究機関です。

まずは人口問題についてお話を伺いました。地方の過疎ばかり話題になりますが、人口の再生産構造は極めて刹那的で、増加地域は常に移り変わっています。今や、東京が過疎化する時代です。現代の代表的な地域社会と言える都市の団地は前代未聞の一斉高齢化の時代を迎えています。2000年代に入っても同じような団地がつくられ続け、杉並区は30年後に高齢者が三倍になるという予測が出ています。このような状況の中でこの先どうやって暮らしていくのでしょうか?これは人口が都市部に集まりすぎた結果であり、暮らしと国土のバランスを取る時期に来ているのです。例えば、都市の団地は人の老いや死に寄り添う建築と言えるでしょうか。

また、藤山さんが考える一番大切なことは「家族でおいしいご飯を食べること」です。しかし、東京は世界に冠たる長時間通勤・長時間労働都市です。夫の帰宅が8時以降の割合が61.5%、ほとんどの家庭がお父さんがいない食卓で夕食を食べています(パリは26.6%、ミュンヘンは17.7%)。あらゆる点で、今のままでは暮らしが壊れてしまうということを考えないといけない時期に入っているのではないか、と藤山さんは語ります。

%e3%82%b9%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%88%e3%82%9916

そんな中、島根は過疎という言葉が生まれた土地ですが、山間部や離島といった中山間地域=「田舎の田舎」ではこの5年間で若者の人口が増加しているそうです。島根の出生率は全国平均より多く、30代女性は4割の地域で増えている上、県の中でも都市から遠い方が人口増加率が高いという前代未聞の逆転劇が起こっています。

popwomen
30代女性の増減数 2010〜2015年

これからの地域づくりを進める地域ユニットはどういうものであるべきかと考えたとき、市町村という大きな単位ではリアリティがなく、住民自身が本気になれない。かといって集落という単位では小さすぎる。ならば市町村と集落との間、例えば小学校区や公民館区(平均500世帯、1370人)といった日常的な暮らしの舞台がこれからの地域づくり、移住の受け皿を作る単位ではないか、と藤山さんは考え、その単位を「郷」と名づけました。そして、人口や産業のデータを「郷」ごとに毎年更新するカルテをつくり、データ化し、個別の戦略が立てられるようにしました。身近な地元単位で今のままだとどうなるかを住民内でシェアし、目標を定めることにより、すべきことが明確化されます。

%e3%82%b9%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%88%e3%82%9958

藤山さんの分析によると、島根の中山間地域227地域では、各地域100人につき毎年たった1人増やせば人口が安定するそうです。むやみに人口も仕事も増やそうとする必要は実は全くないことが分かります。合計しても2,920人、島根だけでなく田舎の県40くらいが同じくらい取り戻しても12万人で、東京にとっても人口が流失してきても問題のない数です。無理する必要はない、「平均人口の1%の定住増で未来が開ける」と力強くおっしゃいました。

%e5%bf%85%e8%a6%81%e3%81%aa%e5%ae%9a%e4%bd%8f%e5%a2%97%e5%8a%a0%e4%ba%ba%e6%95%b0
必要な定住増加人数〜人口1000人当たり

続いて経済について。人口に合わせて所得も1%増やすというときに、外から取るのではなく、自分の持っているお金の1%を見直すことでできるのではないか、と藤山さんは考えました。そこで家計調査によって、商品の出所は地元なのか外なのかデータを取り直した結果、食事は外食がトップ、つまりどんどんお金が外に出て行っていることが分かりました。灯油・ガス代で言えば年間11万円もが地域の外、しかも国外に出ています。しかし、藤山さんは裏返せば希望が持てる状況、つまり今外に出ているお金を中で使えばその分取り戻せるということだと語ります。

例えば、イタリアのある村では徹底した衣食住の地元生産を行っており、その魅力が広まって大量の観光客が訪れていますが、地産地消により観光で得た利益は外に出て行くことがありません。それはどんな経済危機があっても揺るがない強さでもあります。日本でも藤山さんのご自宅近くの地元スーパーでは徹底した地産地消を行って成功しており、しかも地元で取れた野菜はおいしいだけでなく、農家の方々も自分の名前を誇りに野菜をつくっていて、スーパーが地域の底力を引き出す舞台にもなっています。現在の問題は、外からお金が来ないのではなく外へお金が漏れすぎていることなので、中で循環して取り戻す仕組みが必要であります。それをつくる単位が「郷」=「地元」=一次生活圏なのです。こうした考えは政府も「小さな拠点」政策として取り入れ始めています。

%e3%82%b9%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%88%e3%82%9959

マスローカリズム(ボトムアップ型の地域づくり政策)によって、同時多発的にまず試すことが大切で、そのデータをとって共通の阻害要因を炙り出し、地域同士で学び合っていけば、地域活性化政策は進展するはず、と語られました。また、地方に移ってきているのは女性の方が多く、新しいビジネスモデルを成功させているそうです。海外からの観光客を呼んでおばあちゃんの手料理のフルコースをふるまうツアーなどが開催され、女性のパワーが感じられます。

img_8591

最後に、東京に住んでいる人間にはどんなことができるのか、という質問に対して、「日々を丁寧に暮らすこと」そして「記憶を紡ぐこと」だとおっしゃっていました。自分の暮らしを見つめ直させられる夜でした。

杉山結子