会員公開講座 石川幹子さん「江戸の名園探訪」

2017年02月08日

2016年11月13日、講師にランドスケープ・アーキテクトの石川幹子先生を招き、小石川後楽園において、第5回会員講座「江戸の名園探訪」が開催されました。

冒頭、石川先生からは、小石川後楽園について、世界に誇る庭園であり、何度来ても新しい発見がある、というお話がありました。その後、昭和13年に作庭家の重森三玲が実測により作成した図面と、明治16年にフランス淡彩色図法で描かれた図面の2つの図面をもとに、以前は水戸徳川家の屋敷が広がっていた敷地が政府に接収され、砲兵工場等に次第に変化していった様子や、木の一本一本や石のひとつひとつまで地道に実測を重ね緻密に描きこまれた様子を解説されました。

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そして、石川先生から、参加者の皆さんに対し、「庭園とは何か」という問いかけがありました。自然の縮図、揺らぎ、世界、安らぎ…といった各参加者の答えに対し、石川先生からは、日本庭園はひとつのユートピアで、小石川後楽園は江戸のディズニーランドであり、多様なもてなしのもとに心の解放を促す場所であるという一つの解が示されました。20世紀にパリに作られたラ・ヴィレット公園のように、都市と連続しフィクションを排除した公園とは異なり、日本の庭園は、時間と空間をアートにより飛翔させた物語であり、綿密に編み出されたフィクションとのことです。

この物語を体験すべく、石川先生とともに庭園内を回遊し、ご案内いただきました。

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小石川後楽園は、平らで何もなかった敷地に人為的に山や池といった凹凸が施されており、一歩歩くごとに景色が変わります。庭園の外と内の間には、盛り土による境をつくり、別世界をつくり上げています。足元に敷かれた石張りの延段は、場所ごとに組み合わせや敷き方を変え、景色が変わる少し前の場所で石の大きさを変え、景色への変化に対する期待感を演出するなど、もてなしの心を表しています。

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海を表す大泉水に浮かぶ蓬菜島は、南海に浮かぶ不老不死の仙人が住むという孤島を模したものです。一面笹に覆われた小廬山は、江戸時代から続くサステナビリティな風景で、厳選して植えられた樹木が景観を形作っています。秋の紅葉が見事な竜田川は、「千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは」という在原業平の和歌から引用してつくられた景色で、深さ2〜3センチを保つ川は、底が光り水の表情が見え、水と陸の境界を植物が縁取っています。

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木曽路を模した森を抜けると、大泉水の最奥に、池を広く見渡す空間が開け、琵琶湖の島々を模した竹生島を近景に、中景、遠景とつながる風景の中を、大泉水の汀線がゆらぎの線を描いていました。庭園の眺望を楽しむ視点の場を設け、その間に物語をちりばめ、全体が一体に結びついてネットワークを築いているのです。

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さらに足を運ぶと、松原の向こうに稲穂の揺れる水田や藤棚が並び、暮らしとともにあった文化的景観の縮図を描いた風景が広がります。石川先生によれば、自然の松原は黒松単体ではなくコナラ等の他の植物が入り混じるところ、単一の松のみが生い茂る庭園の風景は、白砂青松という美学に基づいたフィクションとのことです。

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また、園内には、江戸の上水として利用された神田上水の跡があり、石川先生のお勧めの景観として、水面に円を描く円月橋の、さらにたもとまで進み、神田上水が緩やかに曲がり消えていく様を臨む景色をご紹介いただきました。

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見学を通して、決して広大とまでは言えない敷地の中に、故事や古典に倣った風景や、木曽路、琵琶湖など日本各地を模した風景が、その場所ごとの光や植層を伴い、物語として展開され、多様な表情を宿していることに改めて驚きました。歩みとともに何気なく移り変わる景色の連なりも、計算のもと生み出されたものであり、しかも、それが、成長により変化を続ける樹木等を巧みに生かして長年にわたり維持されていることにも、庭造りの奥深さを感じました。

辻 美和