会員公開講座 伊東豊雄「建築の夢」

2017年07月31日

5月13日、2017年度最初の会員公開講座が開かれ、塾長の伊東豊雄が講演を行いました。「建築の夢」というテーマを掲げ、20世紀から現代にかけて建築家たちが追いかけてきた夢や彼らがつくり出した今の建築のあり方、そして現在、伊東塾長が胸に抱く「建築の夢」についてのお話でした。

プロローグ­——夢を実現する
伊東塾長にとって夢を実現するということ。それは「自然と建築とが一致する」ということ。そして、それをかたちにするために、幾何学と人の力が欠かせないと言います。

その「夢」をデザインした例として、伊東塾長が持つイメージと幾何学を使って実現された建築が紹介されました。それは、「爽やかな風が吹く木陰で本を読める図書館」をかたちにした「台湾大学社会科学部図書館」や、ポルトガルでコンサートの会場となっていた「階段と踊り場がある街中の広場」をかたちにした「台中国家歌劇院(台中メトロポリタンオペラハウス)」です。特に、大きなオペラ劇場とは程遠い、ストリートの延長のような空間を狙った「台中国家歌劇院」では、人がブラブラ行き来する中で小さなイベントが絶え間なく行われ、伊東塾長の期待以上に、細かなたくさんの交流が自然発生的に起こっていたそうです。アイデアと幾何学が織りなす空間デザインの素敵な可能性が感じられます。


台中国家歌劇院 内観

20世紀建築の夢
そもそも、現代につながる建築の夢を描いたのは誰で、どのようなアイデアを持っていたのでしょうか。伊東塾長がその重要なアクターとして取り上げたのは、「ル・コルビュジエ」と「ミース・ファン・デル・ローエ」です。二人の建築家は、同じように20世紀の建築の夢を描きながら、根底から違うアプローチを持っていました。

まずは、二人の対照的な思想に関して。建築家は、何もない場所から試行錯誤を経て建築を生み出します。その際に、コルビュジエは立体的な幾何学を使って建築をかたちにしたのに対し、ミースは直行するグリッドという幾何学を使って建築を生み出しました。

さらに、二人の言説からその思想を探っていきます。参照されたのは、コルビュジエの著作『建築をめざして』、「300万人の都市」プロジェクト、「パリ・ヴォワザン計画」、「サヴォア邸」、そしてミースの「スカイスクレーパープロジェクト」、「レイクショア ドライブ アパートメント」、「シーグラム ビルディング」、さらに二人が描くスケッチです。これらから浮かび上がってきた二人の対照的な思想とは以下のものでした。

[コルビュジエ]—住居空間—肉体の空間—身体的空間—リアルな空間

[ミース]—オフィス空間—意識の空間—抽象的空間—バーチャルな空間

次に、二人の共通の夢に関して。思想は対照的でも、二人が追いかけた夢は、近代合理主義に根ざし都市を前提としたものである、という点で一致しています。つまり、建築の近代である、① 自然の克服・② 科学的技術の信頼・③ 個(privacy)の尊重・④ 明快さの希求・⑤ 普遍性の追求、という「切り分けの思想」をもとに、「技術によって場所の違いを克服し、世界のいかなる場所でも同じ建築をつくる」ことを目指したのです。

現代建築の問題とは
このような20世紀建築の夢によって実現されたのは、「高層化に伴い自然から切り離された人工環境をつくり上げることで均質化を高める空間」と「バーチャルな体の育成」でした。つまり、ミースの夢が現代の時代の意思となって「バーチャルな空間」「グローバリズムに支えられた資本主義経済で成り立つ空間」「ネット社会空間」を生み出し、意識(イメージ)のみによってつくられる肉体から離れた「透明な身体」が育まれてしまっているのです。伊東塾長は、「資本主義の終わりが近づいている今、バーチャルな空間はいつまで持続するのか」という問いを投げかけ、「そもそもフィジカルな身体を持つ農耕社会に根づく私たちは、フィジカルさを失っては生きていけない」と警鐘を鳴らします。

21世紀建築の夢
このような現状で、私たちはどのような「21世紀建築の夢」を描けばいいのでしょうか。伊東塾長は、その突破口を「コルビュジエが描いたような力を与えてくれるフィジカルな身体観」と「アジアの自然観」に見出していると話を続けます。

タイ・バンコクの運河のほとりで目撃した人々の生活風景や、ネパールで出会った川辺の埋葬風景にはっきりと現れている「人が自然の部分である」という感覚、日本の農村や祭りの風景に見られる「自然を尊び、自然の恵みに感謝し、神に祈りを捧げる」という自然と人とのあり方、境界が自然と溶け合い非幾何学的秩序によってつくられる日本庭園、流動的な空間を志向する「渦の概念」や言葉の背後にある翻訳不可能なものを示す「余白の概念」などを取り上げながら、伊東塾長は「アジアの自然観」が可能にし、伊東塾長が思い描く「21世紀建築の夢」について明らかにしました。

① アジアの流動性を建築化し、自然と建築の相互浸透をはかる
② 機能によって切り分けず、場所の違いをつくる
③ 日本庭園のように非幾何学的秩序によって、新しい抽象的建築をつくる
④ 歴史を継承する伝統的身体を顕在化する建築をつくる
⑤ 職人の手とコンピュータを結ぶ
⑥ つくりながら考え、考えながらつくる

これらの夢は、伊東塾長が携わったプロジェクトに何らかのかたちで反映されています。「せんだいメディアテーク」では、各“チューブ”の間に機能で切り分けられない自然の中の木々の間のようなスペースを設け、埼玉県で進めている「川口市火葬施設」のプロジェクトでは中世的秩序のもとで死を隠蔽せず側に存在させるデザインを施し、「新国立競技場案」では自然が眺められ中と外をつなぐ縁側のような歴史に育まれた伝統的身体観が生きているコンコースを目指しました。そして、岐阜県各務原市の葬儀場「瞑想の森 市営斎場」の例では、複雑な幾何学の実現は職人技術にかかっていること、「台中国家歌劇院」の例ではより良いものをつくるために歳月をかけることを厭わずスタディと設計を繰り返したこと、について言及しました。

今年度初回の会員講座は、伊東塾長の「建築に託す夢」や「実現させたい建築」が塾長自身の熱い言葉で語られ、建築に関わることで実現できる「夢」について考えさせられるものでした。会員の皆様やブログ読者の皆様の問題意識、ひいては「建築の夢」も、活動を進める中で共に顕在化させ、共有していければ幸いです。

岩永 薫