会員公開講座 渡邉格さん(タルマーリー オーナーシェフ)「発酵と地域内循環」

2018年03月12日

2018年2月3日、今年度第7回目の会員公開講座が行われました。今回は「発酵と地域内循環」をコンセプトに掲げ、鳥取県の智頭町でカフェ「タルマーリー」を経営されている渡邉格さんを講師にお招きしました。渡邉さんは、パン・ビール・カフェの3本柱に支えられた事業への取り組みを通して培われた、地域の「場づくり」という考え方と実践を提唱されています。今回の講座では、渡邉さんによる地域内での自然と食糧生産が生み出す好循環追求の取り組みと、その中で見えてきた現代社会が抱える問題点や私たちが選択しうる生き方についてのお話をお伺いしました。

タルマーリーの発酵と地域内循環
まずは、「地域内循環」というコンセプトの説明がありました。これは、「無から有を生む」という生産体制の発案に端を発します。無から有を生むために、「空気中に浮遊している菌を利用」して、菌を採取するために「地域内で菌の採取と培養が行える環境を整える」。これが、渡邉さんが提唱される「地域内循環」という考え方です。具体的な活動としては、地域の農家の方々に菌のために環境を汚さない穀物生産をしてもらい、空気と水をつくる森林を扱う林業家の方々とも提携をされています。このように、天然麹菌や野生酵母を起点として、自然資源と食糧生産が地域内の好循環を生み出す環境づくりを目標に、タルマーリーは活動されているそうです。

「地域内循環」を歴史の中に見る
このような「地域内循環」は、江戸時代にはしっかりと実践されていたようです。渡邉さんは、江戸時代に存在した「始末」という考え方に着目されています。「始末」とは、始まりと終わりをきちんとして物事を循環させるという、職人たちの実践を反映した言葉です。この「始末」は、炭やきが山に入ると道ができ、そこを木こりが通って仕事をする、というような職人同士の行為の循環にもつながっていました。

しかし、このような技術は近代化とともに捨てられていきました。そして、渡邉さんが注目されているそれらの技術の一つが「野生の酵母・かび・細菌を使って発酵食品をつくる」ということなのです。渡邉さんは、採取が非常に難しいコウジカビの採取を目指し、試行錯誤をされてきました。蒸米を餌としてコウジカビを誘い出す行程の中で発見したことは、「自然環境の清浄さの重要性」「労働環境の大切さ」「殺菌・滅菌思想を排除すること」「無肥料米を利用すること」などだそうです。天然コウジカビを採取することで、空気の汚れ判定や、肥料を与えない生命力の強い農産物の目利き、自然界の異変に気づき、「場」を整えることができるのですね。

渡邉さんの活動では、菌を採取して発酵食料を生産するという生産活動を支える核として、空気・水・森林という「共有財産」を守り、持続可能な農作物と自然環境との良好な関係を生み出します。加えて、工房内の環境や労働環境を整え、菌の採取や発酵を促します。このような菌を取り巻く全体の環境を整える実践を、渡邉さんは「場づくり」と呼び、「地域内循環」の促進力として大切になさっているようです。

地域内を結びつけると「社会の分断」が明らかになる
次に、渡邉さんは、菌の採取のために始めた「地域内循環」と「場づくり」の活動を通して見えてきた、現代社会が抱える問題についてお話ししてくださいました。社会の近代化は、経済や技術の合理性を追求したことで、昔の技術や考え方を捨てながら発展せざるを得なかったのだろうと、渡邉さんはおっしゃいます。従来の技術を廃棄したことが、結果的に循環的につながっていた「物事の関係性の分断」につながりました。さらに、従来の技術の廃棄と新技術を用いた身体を必要としない労働によって、「頭で理解していること」と「自分の体で出来ること」が分断されました。そして、生活費を得るために労働力だけを資本化する労働体制によって、本来は一続きだったはずの労働が生活の中から切り離され、人生という個人の時間が分断されてしまいました。

さらに、「分断」という現代社会の問題に着目したことで、人間の幸福の可能性が見えてきたそうです。渡邉さんは、菌の採取を阻害する「いらないものを引く」という行為を、菌のための「場づくり」の基本として考えられています。そして、この行為によって、現代社会では私たちの「常識」として認識されていた物事が、各所における「分断」を促進して、人間の幸福を阻害していたのかもしれない、ということに気がつかれたそうです。渡邉さんは、この「分断」を取り払うことで個々人と社会が幸福を取り戻すプロセスを「下からの経済」と呼び、近年積極的に提唱されています。例えば、「地域内循環」の中で生産される食物を得ることで、体が化学物質に過敏に反応するようになり、化学物質を引き算したより自然に根ざす食を求めるようになりました。キッチンに殺菌の道具として置かれていた石鹸や食器洗剤などの化学物質を取り除いたことで、キッチンがよりきれいになりました。また、歯磨き粉やシャンプーを使わなくなったことで、日々の歯磨きや洗髪の中で、直接自分の体に触れ対話出来るようになり、体の異変に気づいたり食生活を見直すきっかけが生まれたりしました。さらに、渡邉さんのお子さんには「おむつなし育児」を実践したことで、お子さんの行動や様子を事細かにチェックする習慣がつき、育児が面白くなると同時にお子さんとのコミュニケーションが促進されました。このように、「分断」を取り払う「場づくり」によって物事のコミュニケーションやつながりを促進することで、人間は最も幸せな社会を築けるのかもしれませんね。

畑と食卓が繋がることで未来の保障が生まれる
「場づくり」の思考を用いて「分断」を取り払うことで、渡邉さんが目指されているゴールとは何でしょうか。それは、菌によって生物史が形成され、土を養生する微生物によって人類の文明が支えられてきたように、自然環境や食物生産の「地域内循環」を実現させる菌を使った技術によって、「持続可能な秩序を保つことができる食」という未来への保障を確保することです。さらに、日々の生活にも「場の思考」を取り入れ、常識を疑うことで「分断」された「人生」をつなぐ努力も大切です。身体を使った労働によって、無理のない地に足のついた労働活動が可能になり、仕事も生活の一部となります。そして、このような生活に根ざした楽しい労働から食が生まれ、さらに身体感覚にあった技術を習得することができ、持続可能な社会が得られるのです。

つながりをつくり出す過程の中で、人間が一人では生きていけないということやそれぞれの関係性が大切だということに気がついた個々人が、互いに関係性を構築することで形成された循環型の社会を目指していくことが、今後の人間と社会の幸福のために必要ではないか、ということを強調されて、渡邉さんは講演を締めくくられました。

岩永 薫