会員公開講座 伊東豊雄「内なる自然」

2018年08月22日

6月2日、2018年度最初の会員公開講座が開かれ、塾長の伊東豊雄が講演を行いました。伊東塾長が建築をつくる際に大切にしている哲学について、「内なる自然」というキーワードを元に6つに分けてお話ししました。

1.空虚な中心を巡る
伊東塾長にとっての「内なる自然」とは何なのか。その問いの答えに近づくための第一歩として、伊東塾長は、ロラン・バルトの日本論から「東京は空虚な中心を持っている」という部分を引用しました。これは、誰も近づくことのできない皇居を中心として発展している東京のまちを表した言葉です。伊東塾長は、この環境を自身が生まれ育った長野県諏訪湖のほとりにも見出し、諏訪湖周辺について「湖という空虚な中心によって守られている」場所であることを強調されます。そして、伊東塾長のお話は、学生時代の回想へと続きます。冬には、凍った湖面をスケートで突っ切り登校し、冬の湖面すれすれに現れる水平虹に心を奪われていたといいます。小学校時代や中学校時代の先生との思い出話にも花が咲きます。特に、近年まで交流があった中学時代の熱血漢の先生からは、もっとリーダーシップをとり外向的に行動するようにと叱咤激励されていたそうです。伊東塾長は、当時の伊東少年に顕著に見られた「内向性」が「内なる自然」というものに繋がっていたのではないかと分析しています。

次に伊東塾長は、「内と外」という設計思想と自作との関係性について説明しました。その始まりは、事務所開設時にあった内壁面が真っ黒に塗られた倉庫です。伊東塾長はこの箱に、「瞑想の箱」という名前をつけ、倉庫内で「胎内回帰」と称した瞑想を一人で行なっていたそうです。1993年にできた『下諏訪町立諏訪湖博物館』では、水平虹にインスパイアされて、湖からはコンクリートで閉ざされているが、建物の曲線によって「外と内」が「表(人がたまる)と裏(人が通り抜ける)」という関係性を示すような設計を目指しました。この考え方は、伊東塾長の設計思想に常に存在しているそうです。


瞑想の箱

1976年完成の『White U』では、湾曲する2枚の壁を界に、壁の外の世界と壁に囲まれた黒土の庭が、「外と内」を形成しています。特に、この建築では、コンクリートに囲まれた真っ白な「内」の中心に黒土でできた庭“空虚な中心”が存在していて、住民はこの周りをぐるぐる回りながら生活しています。そして、2017年から設計している『大三島オーベルジュ』でもまた、コンクリートの一枚壁を境に、自然に開きっぱなしになったレストランと人々が集う中庭とが「外と内」を形成しているのです。


『White U』

 

2.非西欧的音楽は自然の音楽である
次に、伊東塾長は、作曲家の武満徹さんの哲学を紹介します。武満さんの「非西欧的音楽の全ては自然と深く関わるものであり、それを“自然の音楽”と呼ぶことができる。また、この音楽はその土地の自然のように特定の土地や時間に根差し、他の土地へ持っていくことは不可能である。」という考えは、建築にも当てはまるのではないか、と伊東塾長は続けます。「西欧の大鏡とは根本的に異なる、非西欧の多数の鏡の組み合わせによって新たな音楽をつくっていきたい」とする武満さんの思いは「色々な要素が協奏している庭園」への興味やそこからインスピレーションを得るという作曲行為にも繋がっているのでしょう。

そして、伊東塾長は、庭園でも重要な役割を果たす「池」を巡る自身のプロジェクトを紹介しました。2005年完成の『福岡アイランドシティ中央公園中核施設ぐりんぐりん』では、それまで水とは縁のなかった真っ平らな埋立地を周囲から水が集まる場所へと変化させるべく、小さな堀をつくりました。当時は住民から懸念の声が上がったそうですが、今では鳥が集まってくる緑豊かな施設になっているそうです。
2016年にメキシコのエコロジーパーク内に建設された『バロック・インターナショナルミュージアム・プエブラ』は、数十枚の壁をグリットの状態から回転させて組み合わせることで生まれる空間によるミュージアムで、建物自体も池に囲まれており中庭にも池があります。池を中心として、壁の隙間を周遊しながら建築を巡るという仕掛けです。
2006年『瞑想の森 市営斎場』では、池のほとりに波打つ屋根の斎場を設計し、利用者は池の周りを歩きつつ思い思いの時間を過ごすことができます。

『バロック・インターナショナルミュージアム・プエブラ』


3.地形としての屋根

伊東塾長の設計に度々登場する「波打つ屋根」を、自身では「地形のようなもの」として捉えているそうです。設計する際には、構造家の力を借りて周囲の等高線を元にデザインを決めます。2006年『伊東豊雄 建築|新しいリアル展』では、展覧会の一部屋に地形のような起伏をつくりました。このように、外部のような空間を内部につくると、子どもははしゃぎ、大人も横たわるというように、人間の行動が大きく変わることを強く印象づけられた経験だったそうです。伊東塾長は「いつも外のような空間をつくりたい。そうすると、人間はリラックスできると思う。」と強調します。
2018年にオープンした『川口市めぐりの森』(火葬施設)では、中心に池があり、周囲を植栽で囲みました。『瞑想の森 市営斎場』が「浮かんでいる屋根」なら、『川口市めぐりの森』の屋根は、太い柱で低めに作った「大地が盛り上がって出来上がった、または大地にぐっと入っていく屋根」だそうです。

『瞑想の森 市営斎場』


『川口市めぐりの森』

ここで、火葬施設の設計の中で「施設を隠すように」という注文を受けたことについて、伊東塾長は自然なものであるはずの死を忌み嫌う現代日本のあり方について疑問を投げかけます。この問題提起とともに伊東塾長が見せてくださったのは、二十数年前にネパール旅行をした際に目撃した、夕涼みをするかのように川辺で死体を焼いている光景の写真です。この光景からは、真に自然と一体化した人間活動を垣間見ることができたと、伊東塾長は付け加えました。

4.内なる自然
次に、伊東塾長は人類学者の中沢新一さんが、チベット寺院で経験した「外の自然が寺院の中に再び現れている印象を抱き、まるで母親の胎内にいるかのような錯覚を覚えた経験」について引用しました。この「自然の中や母親の胎内にいる感覚」というものが、伊東塾長が憧れている建築表現なのだと述べます。そして、「内と外」の異質性の表現と同時に、「内」に“浄化された自然”を持ち込むことを目指しているそうです。つまり、母親の母体(内と外が区別され、内に外の個体とは異質なものが存在する)と密接に関わっている設計哲学なのかもしれません。

2017年に完成した『薬師寺食堂復元プロジェクト』では、チベットの僧院のイメージを強く持っていたそうです。たくさんの場所が集まるところの上部に雲のような天井があるという建築表現を、黄色に染色したアルミの板によって実現しました。
2001年『せんだいメディアテーク』では、透明なチューブの中に人工的な自然を持ち込むというコンセプトのもと、自然的な柱と建築らしい抽象的な薄い板の床で人工自然の表現を目指しました。
2007年『多摩美術大学図書館(八王子キャンパス)』では、碁盤目を曲線に置き換えて、木に見立てた十字型の柱と、建築を抽象的に表したシンプルなアーチを用いました。
2013年『台湾大学社会科学部棟』の図書館では、放射状のパターンの組み合わせによって、蓮の葉が並んだような幾何学の天井と柱を考案しました。これも、幾何学とそれを崩す力のせめぎ合いで生まれる建築を志向した例だそうです。
2011年にできた『今治市岩田健母と子のミュージアム』は、海辺にあるコンクリートで囲まれた44体の彫刻が展示された半屋外の美術館です。ここでは、この彫刻が「内」の自然の役割を果たしていて、壁のスリットからも光が入り込んできます。このミュージアムで特に興味深いのは、「内」にいると、「外」にいる時とは異なり、外のみかん畑や海といった自然が明瞭に「自然」として認識されることだそうです。

2015年『みんなの森 ぎふメディアコスモス』では、2階に11個の傘のような本を読む場所“グローブ”がぶら下がっており、その周りに書架が配置されています。自然の光が落ちてくると同時に、緩やかな空気の流れを生み出すグローブのデザインにおいて、その内と外が何か違うという感覚が追求されました。
ちなみに、グローブの源は、伊東塾長が1971年に取り組んだ『都市住宅』プロジェクトにまでさかのぼれるそうで、「内と外」のイメージが初期の活動から見られていたことがわかります。


『みんなの森 ぎふメディアコスモス』(Photo: Kai Namamura)

 

これらの事例を踏まえ、伊東塾長は「“内部”というものがやはり僕には必要だ」と改めて確認します。そして、「ただ連続して内も外も一緒だと、僕の建築は意味がなくなってしまうかもしれない」と強調しました。

5.母体内部
伊東塾長の設計哲学の「母体内部」とは何なのか。その鍵が、劇場という外部から閉じられた空間をつくった経験から垣間見えると伊東塾長は続けます。

2004年『まつもと市民劇場館』では、壁と椅子の色を用いて、劇場内部空間が薄いピンクから濃い色へと変化するデザインを思いつきました。
同様に、2015年『新国立競技場(B案)』でも、チベットの僧院のように大地のエネルギーが「内」へと還っていく明治神宮の外苑のイメージを形にするべく、大地のベンガラ色が観客席に伝わり、白く抜けていく表現を提案しました。
2016年『台中国家歌劇院』では、チューブがいくつもあり、その間が地形となっている空間を想定しました。ここでも、劇場内部に赤と海の底をイメージした青の二つのグラデーションを空間デザインに活用しました。


『まつもと市民劇場館』

 

ここで、再び武満さんの「私は、つねに艶っぽい音楽を書きたいと思っています。この世界全体の仕組みが、いろいろな形で見せている官能性というものですね。生命(いのち)ということです。」という言葉を引用します。「官能的な建築をつくりたい。」という思いが、「母体内部」という観念に繋がっているのです。

6.聖地を創る
さらに、伊東塾長は、一つの建築をつくる上で「聖地を創りたい」という気持ちを常に持っているそうです。中沢さん曰く聖地の条件とは、①結界を備えている、②自然と結ぶ回路を備えている、③人間の生き生きとした活動を生み出している、という3点。まさに、伊東塾長が目指している建築とは、「どこか外とは違う。でも、自然と繋がっていて、人間活動でにぎわっている」ものだそうです。「この聖地性と官能性を兼ね備えているものが、私にとっての“内なる自然”である」という力強い言葉で、講演を締めくくりました。

岩永 薫