子ども建築クラブ マニュアル・シンキング講座「みんなの○○」のアイデアを育てよう!

2019年03月13日

2019年1月29日に伊東建築塾恵比寿スタジオで行われた、子ども建築クラブのレポートをします。
子ども建築クラブとは、子ども建築塾を卒塾したOB・OGの小・中・高校生を対象とした講座で、年に1〜2回程度開催しています。

今回のテーマは「マニュアル・シンキング」です。
日本ではあまり耳にしない言葉ですが、その言葉の通り、「マニュアル=手で、シンキング=考える」という意味で、小さな円形の紙にアイデアを描き、それを大きな紙の上に並べ、カテゴライズをし、アイデアを整理するという手法です。
ブレイン・ストーミングのように、新しいアイデアを模索する際に使用されることもあれば、ある情報を体系化し、視覚化するような場合にも使われます。


今回の講師はスペイン・バルセロナ在住のブックデザイナー・編集者の坂本知子さんです。
坂本さんは、マニュアル・シンキングの公式ファシリテーターでもあります。
日本で建築を学ばれた後、スペインに渡り、現地の設計事務所に勤められ、現在はバルセロナを拠点にブックデザイン・編集者としてご活躍されています。
またカタルーニャ語と日本語を話せる数少ない建築関係者として、現在開催されているRCRアーキテクツ展にも携わられています。

もともと「マニュアル・シンキング」はスペインの有名レストランで、新しい料理を考える際に発明された、他者性を組み込んだ集合知を形成するためのツールです。
新しい料理を考えるとき、普通であればシェフたちが知恵を絞り合って考案しますが、ここのレストランは違いました。異分野の専門家や、地域の一般の方などを集め、レストランのシェフたちと一緒になって新しい料理のアイデアを出し合い、今までにないメニューを生み出したのです。

この成り立ちに通じるエピソードを、坂本さんが紹介して下さいました。
坂本さんが「せんだいメディアテーク」の取材で伊東さんにインタビューした際、伊東さんが以下のようにおっしゃっていたそうです。

「せんだいメディアテークは僕(だけ)の作品だ、とは思っていないのです。この建物は、構造家や施工者、仙台市などのクライアント、家具やプログラムのデザイナーなど多様な人びとの力で生まれた、もっとずっと総合的な存在なのです。」

坂本さんがこの言葉を聞いたことをきっかけに、そのときにできた本も建築書籍というよりはいろいろな関係者のインタビュー集、ドキュメンタリーに近いものになり、それ以来ずっと「皆でつくる」ことの大切さや面白さ、一人の能力を超えたものをみんなの力でつくることの可能性についてずっと考えてきたそうです。

マニュアル・シンキングと流れとコツをつかむために、まずは仮のお題で練習を行いました。
お題は『クリップを使って、紙を留める以外の使い方を考える』です。
アイデアを描く上でのルールは以下の2つです。

・1枚の紙に1つのアイデアを描く
・描くものは絵と、それを補足する一言

制限時間は2分で、大人も子どもも同じ条件で描きます。
2分経ったら、1人1人のアイデアを発表し、皆で共有した後、大きな紙に貼ります。
アイデアを大まかに分類し、似ている案同士を近くに配置し、カテゴライズします。
今回は、クリップをつなげてアクセサリーなどにする『おしゃれ』、クリップを大きくして建築化したり、クリップをつなげてカーテンなどをつくる『建築』など、合計5つのカテゴリに分かれました。
絵を大きく簡潔に描くことで、後で見返したときにわかりやすいよう、明快にまとめるのがポイントです。

ウォーミングアップができたところで、本番のアイデア出しを始めます。
最初のお題は、『みんなで使う机』です。
また、お題とは別に、グループそれぞれに、『本』『ハンカチ』『葉っぱ』というサブテーマが与えられました。

『みんなで使う机✕本』のグループでは、天板部分に直接字を書き込んだり、破ることのできる机や、天板そのものが本になっていて、みんなで読むことのできる机(本)、
『みんなで使う机✕ハンカチ』のグループでは、本体が布で出来ていてお昼寝しやすい机や、ハンカチがフィルターになっていて、キャンプのときに水を浄化できる机、
『みんなで使う机✕葉っぱ』のグループでは、葉っぱの形をした机や、二酸化炭素を吸収して酸素を発生させる机などが提案されました。

それぞれの案を一枚の紙に並べ、カテゴライズしていきます。
予め与えられたサブテーマのみをベースに並べ直すのではなく、新たなグルーピングを見つけ出すのがポイントです。

2番目のお題は『みんなで使うキッチン』です。先程と同様に、『本』『ハンカチ』『葉っぱ』というサブテーマと一緒に考えました。
『みんなで使うキッチン✕本』をテーマに考えたグループでは、キッチンの天板が本になっていたり、レシピになっている案、
『みんなで使うキッチン✕葉っぱ』をテーマに考えたグループでは、調理器具として葉っぱを使う案や、葉っぱの食器があるキッチン、
『みんなで使うキッチン✕ハンカチ』をテーマに考えたグループでは、キッチンの天板がめくれるようになっており、簡単に掃除ができるようになっている案や、丸めることができたり、包んだりすることのできるポータブルキッチンなどが提案されました。

3番目のお題は『みんなで使う公園』です。先程までと同様、これもサブテーマとして『本』『ハンカチ』『葉っぱ』のいずれかを組み合わせてアイデアを考える必要があります。
『公園✕本』をテーマに考えたグループでは、巨大な本が遊具になっている案が多く提案されました。
『公園✕葉っぱ』をテーマに考えたグループでは、葉脈部分が道となった巨大な公園や、葉っぱの東屋、
『公園✕ハンカチ』では、ハンカチで街を覆い大きな日陰をつくりつつ、その上で遊べるような公園だったり、ハンカチが公園の色んな場所に埋められており、掘り出してレジャーシートとして活用できるという案などが提案されました。

4番目のお題は『みんなで使うトイレ』です。
レントゲンが内蔵されており、健康診断ができるトイレ、映画を見ることができるトイレ、ゲームをすることができるトイレなど、非常にバラエティに富んだ案が提案されました。

5番目のお題は、『畑』です。
畑を垂直に組み上げたり、ビルの上に畑を作ったりする立体的な案や、畑=土のある場所と読み替え、砂風呂としても利用できる案や、持ち運びのできるポータブル畑などが提案されました。

最後のお題は、『他の人が考えた案を、自分なりに発展させたらどうなるか?』です。
今まで行った5回のマニュアル・シンキングで出てきた案に対して自分なりに手を加え、新しいアイデアを考えました。
もともとの案を考えた人が思いつかなかったようなアイデアや、違うテーマの案をくっつけて新しい案を考えることにより、見たことないアイデアがたくさん生まれました。

まとめとして、それぞれが気に入った案を5つ選び、投票を行いました。
その中でも人気だったのは、『天板部分がめくれるキッチン』、『畑で行う砂風呂マッサージ』、『レントゲントイレ』です。
全7題のマニュアル・シンキングを通じて様々なアイデアが提案されましたが、「あったらいいな」、「もし実現したら楽しそう」と思わせる未来志向なものが多く、どれも非常に魅力的でした。

この「マニュアル・シンキング」を行う中で、意識するべき大切なポイントがありました。それは、「常に肯定的であること」です。突飛であったり、一見実現が難しそうなアイデアだったとしても、許容することが非常に重要です。そこを起点に議論を進めることもできますし、そういったアイデアから新しい案が生まれることもあります。奇天烈なアイデアや誤解は、発明の種なのです。

今回、1つのアイデアを作成するのに与えられた時間は2分でした。アイデアを絞り出すのにこの時間は短すぎると思いがちですが、これがとても有効でした。もちろん、1つのアイデアを頭の中でじっくり思考するということも大切だとは思うのですが、ひとまずアイデアを吐き出し、他者の意見と並べ、ディスカッションをすることにより、個々のアイデアがより発展したという場面が幾度もありました。

「マニュアル・シンキング」は、絵+一言しか描かないため、大きなシートに並べると、それが誰によって描かれたか分からなくなります。今回は、子どもと大人が混じって案を出し合いましたが、出てくるアイデアはどれも魅力的で、年齢から生まれる差はありませんでした。
通常、新しいアイデアを求められる場合、それは往々にして組織の中であったり、それぞれの立場が明確な場合が多いと思いますが、それぞれの案が匿名になることにより、立場に関係なく、フラットにアイデアを出し合うことが可能となるのです。

建築に限らず、新しいアイデアが求められる機会はたくさんあります。
また、現代社会は職能が多様化し、協働しながらゴールを目指す場面が増えてきました。
こういった中で、集合知としてのアイデアを生み出す「マニュアル・シンキング」は非常に現代的な手法で、また、立場と世代を乗り越えるデザインコミュニケーションツールとして、大きな可能性を感じました。

貴重な機会を頂き、ありがとうございました。

宍戸優太