会員公開講座 浦久俊彦さん「音楽って何だろう」

2022年05月31日

2月19日、文筆家・文化芸術プロデューサの浦久俊彦さんをお招きし、本年度最後の公開講座が開催されました。浦久さんは、音楽監督や文化アドバイザーとして音楽文化の振興にご尽力されているほか、音楽塾塾頭として音楽の力をまちづくりに活かす人材育成に取り組んでおられます。また、『138億年の音楽史』(2016年、講談社)『「超」音楽対談 オーケストラに未来はあるか』(2021年、アルテスパブリッシング)をはじめとする諸著作を執筆されており、音楽学・歴史社会学・哲学等の知識に支えられた深い洞察力を駆使し、“音楽”について枠組みに捉われることのない思索を重ねてこられました。

今回の講座では、浦久さんの著書『138億年の音楽史』でも触れられている、様々な視点から見た“音楽”のあり方についてお話を伺ったのち、「音楽って何だろう」というテーマについて会場の皆さんと共に考えました。

世界を知るための音楽:宇宙の音楽、調和の音楽
「みなさんは宇宙の音楽を聞いたことがありますか?」浦久さんはまず、このような突拍子もない問いかけでお話を開始しました。“宇宙の音楽”を人々が編み出したのは、古代ギリシャに遡ります。“調和を保ち夜空を彷徨う星々が動く際に音を出すのではないか?”という疑問に突き動かされ、音を知ることで世界を知ろうとしたコスモロジーに“宇宙の音楽”の起源があります。

同様の音楽は、日本にも雅楽として存在します。天の光を表す“笙(しょう)”、地の声を表す“篳篥(ひちりき)”、天地の間を彷徨う竜を表す“龍笛(りゅうてき)”の三管が用いられる雅楽を聞くと、古代人がいかに世界を見ていたのか、音から感じることができます。

古代ギリシャでは、①宇宙の音楽(ムジカ・ムンダーナ)の他にも、②ムジカ・フマーナ(人間の音楽)、③ムジカ・インストゥルメンタリス(楽器演奏や歌)、が認識されていました。ここでは、“音楽”という言葉で、万物の秩序や、それぞれの調和=ハーモニーが表されています。

時はくだり、ドイツの地理学者アンドレアス・セラリウス著『大宇宙の調和』(17世紀)内、ロバート・フラッド著『両宇宙誌=大宇宙誌』(1617年)内の挿絵からは、宇宙=マクロコスモスの調和が人間=ミクロコスモスの調和を支えているという世界観が読み取れます。

このように、大宇宙や自然界の秩序だった諸関係性や人間との繋がりを捉え、その仕組みを説明する鍵として、“調和の音楽”は歴史の中で受け継がれてきました。

音楽は誰のものか:神の音楽、権力の音楽
古来、音楽と宗教には密接なつながりがありました。最初の宗教的音楽は、ムジカ・フォラムス(音楽的に展開された祈り)に見出すことができます。西洋音楽の元になったとされるグレゴリウス聖歌や、仏教の声明(しょうみょう)はわかりやすい例です。

このようにして発展してきた音楽は、中世期まで、人間が奏でるものではなく、神から授けられたものと思われていました。ところが、ルネサンス期になると、人間の感情を表現するものとして音楽が捉えられるようになり、音楽を生み出す主体は人間であるとする転換が起きました。

一方、音楽を所有することができる主体も、歴史的に限られてきたといえます。“音楽”を奏でるには、音楽家を雇える財力や権力が不可欠でした。例えば、クレオパトラは、トイレにも音楽家を置くほど周囲を音楽で満し、各所を歴訪する際にも彼女の来訪を伝えるために音楽を奏でることで、権力の演出に力を入れました。

物事を音楽に変換する試み:建築の音楽、人間の音楽
空間・時間と切り離せない性質を持つ音楽と近しいものとして浦久さんが挙げたのが、“建築”です。どちらも、具体的な大きさ・音・形を加えることで、空間・時間を単位化します。宗教建築などに完璧なプロポーションが必要とされた時代には、音楽で用いられる比率が建築に現れることもありました。

加えて、建築と音楽を比喩的に形容し合う言葉も散見されます。元はゴシック建築を表現した「凍れる音楽」という言葉を、米国の美術史家アーネスト・フェノロサは薬師寺東塔にも用いました。また、ル・コルビュジェは、音楽を「動いている建築」だと言い表したとされます。

このような建築と音楽との狭間で活躍したのが、コルビュジェの事務所で働いていたヤニス・クセナキスです。彼は音楽家として、ストカスティック音楽という手法を考案し、運動エネルギーとみなした音の諸要素を確率論を用いつつ楽器毎に配分することで作曲を行ったり、その曲の図式化を試みたりしました。一方、建築家としては、コルビュジェの事務所で手がけたブリュッセル万博フィリップス館(1958年)の設計を任され、“電子の詩”を展示するのにふさわしい場として、双極放物線・円錐曲線に着想を得たデザインを発表しました。浦久さんは「彼はいずれの仕事においても、連続と不連続の間に繋がりを持たせる手法を考え続けたのではないか」とおっしゃいます。クセナキスは、浦久さんの言葉を裏付けるかのように、“フィリップス館で建築と音楽が繋がった”と述べているそうです。

クセナキスが音を数値化して作曲したように、人間のDNAをデータ化して音に変換することで音楽を奏でる試みもあります。こうして作成されたのが、異なる血液型が示すタンパク質型の“音楽”です。予想外のものが音楽になりうることを示す好例です。

音楽って何だろう
「音楽の世界とは私たちが思っている以上に果てしないのです」と浦久さんはおっしゃいます。音は、空気と一緒で身の回りや自然界に溢れています。そして、誰かを思い祈りを捧げる時のように、子ども時代に親しんだ曲から懐かしい情景を思い浮かべるように、物事を結びつける力があります。

コロナ禍を経験した我々は、目に見えないものの力に目を向けるきっかけを得ることとなりました。音楽もまさに、目に見えないところで、人間や自然界に計り知れない影響力を与えるものであるといえます。「音楽とは、私たちの体に入り込んで感動をもたらしたり生命に関わったりするもの」だと考えている、という浦久さんの言葉で講演は締めくくられました。

岩永 薫