会員公開講座 ムン・キョンウォンさん、チョン・ジュンホさん「アートって何だろう」
7月8日、韓国を代表するアーティスト、ムン・キョンウォンさんとチョン・ジュンホさんをお招きして、今年度第3回目の公開講座が開催されました。2009年から共同制作を開始されたお二人は、作品を通して、アートが社会的に果たしうる役割を模索してこられました。中でも、お二人の代表プロジェクト「News from Nowhere」は、多様な専門家との共同作業プラットフォームとして構想されており、現代アートの可能性を広げる試みとなっています。
今回の講座では、「News from Nowhere」の立ち上げ経緯やプロジェクト内の作品事例、世界各国で開かれた個展での様子とそこでの発表作品について、詳しくお話を伺いました。
「News from Nowhere」プロジェクトの立ち上げと作品群
お二人の共同プロジェクト構想が立ち上がったのは、2007年のこと。そのきっかけとなったのは、「アート作品は高いほど価値がある」という風潮を流布する当時の芸術界や、「アートは誰でもできる、アーティストには誰でもなれる」という考え方への懐疑心でした。このような背景の元、アーティストの存在意義やアートの可能性を再考したいとの思いから、プロジェクト「News from Nowhere」が始動しました。プロジェクト名は、イギリスの社会学者で、アクティビストやデザイナーとしての一面も持つウィリアム・モリス(1834-1896)の小説から引用しています。小説内でモリスが100年後のイギリスを想像したように、お二人は100年後の未来をアートの力で想像します。この時に鍵となるのは、「現在の価値が全てなくなった未来において、人々はどのような世界を作り上げているのか」という問いです。
この問いへの答えを探るためにお二人が考えたのは、現代社会に疑問を投げかける多分野の専門家たちとコラボレーションをすること。例えば、お二人は、オランダの建築家集団MVRDVが、未来都市社会の構想を通して無謀な都市開発への問題提起を行ってきた姿勢に共感し、共同で未来都市構想を提案することになります。そうして出来上がったのが、「I-City」(2012年)です。この作品では、それぞれに機能を持った個々の土地が集合体として振る舞う未来像を描きました。また、伊東塾長とは、日本の津波被災地で再出発するコミュニティのための都市計画「Mind Shleter」(2012年)を考えました。この共同作業を通して、お二人は、個人の理想を描く芸術家像とは対照的に、人々や社会のより良い未来を考える伊東塾長の姿勢に感銘を受けたそうです。
これらの作品は、2012年にドイツで開かれた国際現代芸術展「dOCUMENTA(13)」にて、未来の退廃的環境における“衣食住”という提案の一部として紹介されています。同様に、デザインとエンジニアリングを融合させた作品作りを行なうTakramとは、人間の体の中で水を循環させる人工臓器「Shenu: Hydrolemic System」(2012年)を、韓国のファッションデザイナーJung Kuhoさんとは未来の服を、日本のファッションデザイナー津村耕佑さんとは「Prototype Uniform」(2012年)を制作・提案しました。
一連の作品は、展覧会でお披露目されただけでなく、書籍『News from Nowhere: A Platform for the Future & Introspection of the Present』(2012年、Workroom)にもまとめられています。この書籍内には、多様な職能を持つ人たちに「芸術とは何か」を尋ねたインタビュー集も盛り込まれています。
議論の場を生み出す
お二人は、芸術を起点に、誰もが集まり考えを述べ合う議論の場を生み出すという活動もなさっています。この装置としてデザインしたのが、「モバイルアゴラ」(2015~)です。2021年に韓国の国立現代美術館で開かれた芸術展「MMCA Hyundai Motor Series 2021」にて「NEWS FROM NOWHERE, FREEDOM VILLAGE」(2021年)という作品を展示した際には、折り畳み・持ち運び可能な階段形式のモバイルアゴラを設置しました。展示のテーマは、韓国と北朝鮮との分断線上にある国連帰属の村「自由の村」。自由の村という特殊な空間における孤立・当時のCOVID-19パンデミックによる人々の孤立といったテーマを念頭に置きつつ、終末的世界観を持つ作品群が発表されました。そして、科学・医学・AIなどの専門家を交えた議論の場が、モバイルアゴラを起点に生み出されました。
2022年にアートソンジェセンターで展示された「Seoul Weather Station」(2022年)では、地球温暖化問題をテーマとしています。人間ではない存在を通して人類の自然観に問題提起をするというコンセプトのもと、石の視点から物語を構築しました。そして、四足歩行ロボット「SPOT」が集めたソウル市内の炭素分布データが可視化され、観客が問題の深刻さに思い至るという仕掛けです。この展示内で設けられたモバイルアゴラは、廃棄されたプラスチック製の椅子から作られました。このように、議論の場となるモバイルアゴラにもまた、現代社会の問題を提起する仕掛けが組み込まれています。
映像作品で現状の私たちを振り返る
2012年以来、シカゴ、チューリッヒ、リバプールなど、世界各地で作品を発表してこられました。昨年には、ようやく、金沢21世紀美術館で日本初の大規模個展「ムン・キョンウォン&チョン・ジュンホ:どこにもない場所のこと」が実現しました。この個展では、これまでお二人が制作してきた約10の短編映像作品のうち、5作品が展示されています。
2012年の「dOCUMENTA(13)」以来、数々の国際展で展示されてきた「”The End of the World” 」(2012年)では、終末世界における“過去”と“未来”が投影されており、「世界が終わる時、芸術に何ができるのか?」という問いかけがなされます。「News from nowhere: Eclipse」(2022)では、毎日記憶がリセットされるメタバースの大海原で、淡々と孤独な日々を繰り返す主人公の姿が描かれています。
「“未来”や“孤立”のように、作品に取り入れた特殊な視点や状況というのは、現在・現実の私たちを振り返るための装置」なのだそう。「アートの意義とは、人間の想像力を喚起することで、新たな価値を発見すること」というお二人の信念を、身をもって体感することができたひとときとなりました。
岩永 薫