第4回公開講座 西牧厚子さん「住宅って何だろう」

2025年03月11日

 11月16日、『新建築住宅特集』の編集長を務める西牧厚子さんをお招きして、本年度第4回目の公開講座が開催されました。西牧さんは、2011年から2014年まで日本の建築を世界に発信する雑誌『JA』の編集長を務めた後、2014年から現在まで約11年間、日本の住宅にフォーカスした雑誌『新建築住宅特集』の編集長として活躍されています。「この先の社会の兆しとなる住宅の発掘と、議論の場としてのメディアのあり方の模索」を通じて建築界に大きな影響を与えてこられただけでなく、多くの若い建築家のキャリア形成にも寄り添ってこられました。

 今回の講座では、西牧さんならではの視点から「住宅」の本質について考察していただきました。建築雑誌の歴史から始まり、住宅特集で取り上げてきた多様なテーマの紹介、そして印象に残った特集や取材先を通して見えてきた人と家との関係性について詳しくお話しいただきました。

はじめに:建築雑誌の編集者という視点

 西牧さんは講演の冒頭で、「住宅とは何か」という大きなテーマに対する向き合い方について語られました。「私は建築家でも、建築史家でも、批評家でもない。建築雑誌の編集者として俯瞰的に様々な建築や建築家に向き合わなければいけないので、建築家のようには建築について話せない」と率直に述べられます。そのため、「今回の講演では、自身の経験から何が見えているか」をお話しくださるとのこと。

 「数としてとにかく多くの建築、特に私は住宅をたくさん見てきているので、記憶に残っているものは何だろうと自問すると、そこには必ず『忘れられない人の存在』があった」と西牧さんは言います。住まい手や、その人たちと建築家の関係、建設に関わった様々な人たちなど、家をめぐるプロセスにはその数だけ固有のエピソードがあって、家は人と関係が濃密であるという意味で、その他の建築とは異なる存在になると考えているそうです。「このお題をいただいてから、この場で何から家について話そうか思案しているうちに、この濃密な家と人の関係から伝えてみようと思う」と口火を切られました。

建築雑誌の役割と日本の建築文化

 西牧さんはまず、ご自身の立場について解説くださいました。「建築雑誌は、建築家が批評的な建築を生み出すための、みんなで考える場所」だと西牧さんは位置づけます。そして、編集者の仕事はその議論の場所をつくるための「建築家の伴走者」と考えておられるのだそうです。

 次に、世界の建築雑誌を地図上にプロットした図を示し、日本の建築雑誌の特異性について説明されました。ヨーロッパからアメリカ、アジアに至るまで様々な国に建築雑誌があるものの、日本が突出して多くの建築雑誌を出版されてきたことが一目瞭然です。

 続いて日本の建築雑誌の歴史が紹介されました。戦後の日本で最も長く続く建築雑誌として、2025年で100周年を迎える『新建築』と、西牧さんが編集長を務める『新建築住宅特集』の位置づけが示されました。「写真や図面、言説といった変え難いものが本というかたちで残り、100年もの歴史を証明する。消せない歴史として残っていき、日本の建築文化を醸成してきた」のです。そして「なぜ日本の建築家が、それぞれの時代で複雑で多様な建築を生み出し続けてきたのか。その背景のひとつに、日本では世界でも稀に見る数の建築雑誌が生まれ、それを建築家と切磋琢磨してつくり上げ議論を盛り上げてきた長く厚い歴史がある」と西牧さんは分析します。その上で、「溢れる情報社会では、思想をもって編集されたメディアから情報を得ることは世界的に減り、建築もまた然りです。建築雑誌というものは、100年前も今も、そこに建築家たちが発表する言葉や写真や図面は、彼らの建築の延長上にあり、それが書き変わらない事実として今も残り地層のように今も積み重なっています。」と続けます。

 特に印象的だったのは、1946年1月号の『新建築』編集後記の紹介です。西牧さんは、戦後間もない、物資も乏しい時期に発行されたページ数の少ない復刊号から「敗戦の廃墟の中、我々が今日、我々の周囲に見い出すものは何であろうか。飢餓と失業、そして家なき人々の姿であり、目の前に解決を迫られるこれらの重要な諸問題の中で、我々建築家に課せられているものは何か自明であろう」という一節を引用されました。「今日の日本にも、建築をつくる背景には、さまざまな自然災害を含む多くの社会課題が横たわる。そうした課題に建築家が真摯に向き合い、その身体を通して生み出された建築と、約80年前のこの精神は一貫している」と西牧さんはおっしゃいます。

住宅特集を彩るテーマ

 西牧さんは2014年から11年間、『新建築住宅特集』の編集長を務めてこられました。「掲載してきた、つまりその建築に向き合った」住宅は約2,500件に及び、掲載しなかった取材も含めると4,000件近くになるそうです。

 『新建築住宅特集』の特徴は、毎号異なるテーマで住宅を捉え直す編集スタイルにあります。「日々の取材から浮き上がってきたテーマを立てて同じテーマに別のかたちで応えている建築を探したり、普遍的なテーマを毎年続けて立ててその捉え方の変化や現在性を一冊にする」のだそうです。

 住宅を様々な切り口で捉える特集は、当たり前の要素に込められた建築家の思想を顕在化させます。例えば「木造の醍醐味」(2023年2月号)という特集では、循環型社会における自然素材としての木材に関する建築家の思想に着目しました。「現在の建築家の多くは、流通する規格材だけでなく、どこからどうやって、誰の手によって運ばれてくる材料かを重要にする。その着目は建築のかたちにどう現れるかだけでなく、森やそこで働く人、環境問題への建築家としての対峙ととらえる」と西牧さんは指摘します。「庭:まちと繋がる生きた場所」(2024年8月号)という特集では、「リビングから眺める住まい手だけの庭からいかに離れて、外部を街のために設計する庭」という思想が浮き彫りになり、「窓:重なり合う関係性をデザインする」(2024年9月号)では、「家に内在するさまざまな関係性を調整する窓を、現代の建築家がどのようにデザインするか」という視点を提示しました。

 時代の変化を反映するテーマも多く取り上げています。例えば、2015年頃に生まれたのは「リノベーション」に関する特集です。「それより前は、住宅の改修という仕事は建築家の作品になりにくかった」と西牧さんは振り返ります。そして最初は「若手の登竜門」として仕事の少ない若い建築家の仕事であった住宅改修が、今では世代も経験の差を超えて、多くの建築家が積極的に取り組む重要なテーマになりました。コロナ禍以降は移住者の家をテーマにした「山の家・海の家:どこでどう生きるか」(2021年10月号)など、住まいに対する価値観の広がりが建築家の仕事にも現れて、別荘ではなく、都心から地方へ移住する人々のための住宅が多く生まれて、それが特集されるようになったといいます。また東日本大震災以降は、エネルギーを自給自足する家を求める人が増えて、例えば佐賀の奥地にある《TIMERの宿》(建築巧房/高木正三郎, 2017年)は、電気やガスに接続しない暮らしを選んだ夫婦のもの。「暮らしの歓びを何に求めるか、という視点は、特に3.11やコロナ禍など、大きな楔のような事件以降大きく変わり、それが家のあり方、建築家が応えるべき課題や美学をも変えてきた」とおっしゃいます。同様に、近年の傾向として特徴的なのは、自主施工の増加です。例えば《三家ランド》(三家大地建築設計事務所, 2022年)は、自分で運べるような軽量の木材石材を利用しつつ、建築家や所員、住まい手の家族、その友人たちが集まってその半分以上が自分たちの手で建設されました。「1ヶ月に3-4件ほどは、自主施工する部分のある住宅が取材対象になる。特に物資の高騰で住宅を建てることのハードルが高くなってきたときに、“建設”をどのように自分の手に引き寄せるのか、建築家たちはさまざまな工夫をしている」とのこと。そういった世情を映す建築家の取り組みを見せるのも、建築雑誌の重要な役割です。

 『住宅特集』では新しい住宅を取り上げるだけでなく、「糸魚川の大火から考える木造住宅密集市街地のこれから」(2017年4月号)や「能登半島の現在」(2024年12月号)など、災害と住宅の関係についても積極的に特集を組んでいます。糸魚川の記事では、147棟が一夜にして燃えてしまった火災現場に建築家たちと足を運び、災害が広範囲に広がった都市的要因を検証し、日本中の街が抱える「木密」という問題を考えました。そして、木材を用いた伝統的な雁木や民家の庇が大火が広がった原因とされる風潮の問題を議論し、これからの住宅と都市のあり方を考える場をつくりました。また能登半島の記事では、発災から10ヶ月間の建築家たちの活動を時系列で追い、最初の避難所シェルターから、復興や仮設住宅に対する動き、山間地域へのモバイル建築の運搬、お祭りの復興まで、建築家たちの被災地での活動と建築家から見た課題、その先に目指す未来を記録しています。

 これまで見て来られた数多くの住宅を通して、西牧さんが感じておられるのは、「家によって人が変わる、人によって家が変わる」という人と家との不思議な関わり合いです。その「人と家」との関わり合いを示す、最も象徴的な特集として西牧さんが取り上げたのが、建築家たちが自らの親のために設計した住宅を集めた特集号でした。

人と家:建築家による親のための住まい

 ここで西牧さんがスライドに映し出したのは「母の家・父の家──建築家による親のための住まい」(2021年9月号)の表紙です。そこには、アトリエ・ワンの塚本由晴さんがお母様のために設計した《ハハ・ハウス》(アトリエ・ワン+東京工業大学塚本研究室, 2021年)で、お母様がひとり大きく開けられた窓を見て座っている風景が切り取られています。「建築を映しているようで、お母様と塚本さんの関係を映しているように見える」この写真は、特に西牧さんの印象に残る表紙なのだそう。

この特集では他にも、千葉学さん、堀部安嗣さん、藤村龍至さん、石上純也さんといった建築家たちが親のために設計した住宅が取り上げられています。「取材や撮影は、まるで家庭訪問のようだった。塚本さんのお母様が『よっちゃん』と呼んでいたり、千葉さんのお父様が千葉さんの小学生の頃の宿題や答案用紙を見せてくれたり。建築家たちは皆気恥ずかしそうにしながらも、いつも見せない息子や娘の表情になって親の家を語ってくれた」と西牧さんは当時を振り返ります。

 西牧さんによれば、建築家による親の家の設計には2つのパターンがあります。「一つは、若手の駆け出しの時に設計する、『自分の建築をつくりたい!』 という野心が詰め込まれた住宅」。もう一つは、「親が年を老いた時、場合によっては片方の親が他界して一人で暮らす必要が出てきた時に、経験を積み、思想を熟成させた建築家が、親への手紙をしたためるように設計する住宅」です。この特集のための取材では、特に後者のパターンを多く発掘したそうです。例えば、千葉学さんの《父の家》 (千葉学建築計画事務所, 2021年)は、千葉さんが当時90歳近いお父様のために設計された住宅です。上階が息子である千葉学さんの居場所、下階がお父様の居場所であるこの家では、2階から大きな吹き抜け越しに常に千葉さんがお父様を見守ることができるように設計してあります。この発表にあたり千葉さんは論考の結びで、「確かに父は老いた。しかし住宅を建てることを通じて父が語る未来は実に生き生きとしている」と綴り、千葉さんが父親とどのように家を考えたか、家を通してふたりの深い慈しみが現れているといいます。

 堀部安嗣さんがご両親のために設計した住宅も紹介されました。「年老いたご両親のために、ずっと取り組んでこられた住まいの断熱気密という問題と開放的な中間領域をどう両立させて豊かな暮らしを実現するか」が考え抜かれた設計です。また藤村龍至さんの設計は、お父様が亡くなられた後、お母様が長く住み続けたいと願うニュータウンの実家を改修した家です。「お母様が孤独にならないよう、地域の人々が常に出入りできる場所」として設計されました。特筆すべきは、「お母様がいつか最期を迎える時に、この家でお葬式をあげ、棺桶がきちんとそこから出ていくように設計されたこと」だといいます。「老いるという揺るがない事実から逃げずにいかに家を考えるか、それは他の家を考える時にも重要なテーマになる」と西牧さんは説明します。続けて、「勝手知ったる親の日常と、親が積み上げてきたものを前に、子どもである建築家がどう設計するかには、建築家が信じる家のかたち、家によって希望や愛しさが表現できることを感じた」と西牧さんは振り返ります。

住宅とは想像力の形

 最後に、西牧さんは「『住宅』ってなんだろう」という問いへの答えを模索する中で、『中野本町の家』(伊東豊雄他、平凡社、2024年)を取り上げられました。この本は、塾長・伊東豊雄の代表作《中野本町の家》(伊東豊雄、1976年)について、初版(1998年)に加え、住まい手であった伊東さんのお姉様とその娘様の証言、西沢立衛さんの新たな解説、そして伊東自身による2024年の後書きを収録した改訂版です。西牧さんはこの改訂版を読んで、「人と家」というテーマで今回話そうと決めたといいます。この本について西牧さんは、「この本は、不朽の名作である『中野本町の家』という住宅の背景にある、赤裸々なプロセスとそこに関わった人の思いが率直に語られるという大変稀有な本」といいます。そして、「ある時間のある家族への思いを強く意識して、そこに特化してあの空間がつくられていったために、壊されざるを得なかった運命を迎えた、と振り返る伊東さんの言葉に打ち震えた」と続けます。

 家は、そこに住む人々の生き方や暮らし方、その家を成り立たせている社会の写し鏡であるというのが西牧さんの視点です。しかしながら、「『中野本町の家』のように、家ってこういうものだと思っていた自分の思い込みを超えるものに出会うと、家とは想像力の結晶のようなものだとも感じる」と西牧さんはおっしゃいます。そして、「家ってなんだろうという根本的な問いに立ち返らせてくれる。家ってなんだという問いそのものが建築になっているような家をこれからも追っていきたい」と、真摯な言葉で西牧さんは講演を締め括られました。

 数多くの住宅を取材し、その姿を冷静に記録してきた編集者だからこそ語れる「人と家」の本質は、意外にも温かさに溢れたものでした。この度の講演は、住宅という身近なテーマを新たな視点で捉え直すだけでなく、建築の意義を改めて考えさせられる貴重な機会となりました。

岩永 薫