第6回公開講座 前田尚武さん「アートって何だろう」
2月1日、今年度最後となる公開講座として、京都市京セラ美術館事業企画推進室企画推進ディレクターの前田尚武さんをお招きして、「アートって何だろう」をテーマに講演が行われました。前田さんは、一級建築士の資格を持つ学芸員という稀有な経歴の持ち主で、双方の視点を駆使して数多くの建築展を成功に導いてこられました。また、当塾塾長・伊東とも長年親交があり、現在は、台湾の新北市で「国家児童未来館」というプロジェクトを共同で進めています。

今回の講座は、港区の小学校で前田さんが毎年実施されている図工の授業を基盤としたものになるとのこと。アートの本質とクリエイティブに生きるための具体的な方法について、前田さんご自身の経験を交えながらお話しいただきました。
アートとは、クリエティブに生きること
「アートって何だろう」という問いに対し、前田さんは冒頭で「創造的、独創的=クリエイティブに生きること」と明快に答えられました。アートとは建築やファッション、言葉など、創造されるもの全てを包含し、クリエイティブに生きるためのヒントが詰まったものだと説明します。
前田さんによれば、アートの面白さは作品の美しさだけにあるのではなく、そのアートを通して見える、「こだわって作っている人はどんな人なのか」という点にこそあるのだそうです。現代アート界に20年近く身を置いてきた前田さんは、作家たちのこだわりや思いに触れるたびに「自分にはこういう生き方は絶対できない」と敬意を感じることが多いと率直に語りました。
こうした考えを踏まえ、前田さんは、小学生が図工を学ぶ意義も「クリエイティブに生きる方法を学ぶため」だと強調します。そして、福沢諭吉の「世の中で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つということです」やスティーブ・ジョブズの「仕事は人生の大部分を占める。…素晴らしい仕事をするには、自分がやっていることを愛することだ」という言葉を引用しながら、クリエイティブに生きるとは「知的好奇心と想像力を使って、一生、発見と発明をして生きること」ではないかと指摘されました。
自分にしかできない仕事
ここからは、「クリエティブに生きる方法」として、具体的に行える実践を五つご紹介くださいました。まず一つ目は、「自分にしかできない仕事を探そう」です。

ご自身の経歴は、まさにこの理念を体現しています。前田さんは、小学1年生の時に、漫画「サイボーグ009」に登場した近未来的な建築に感銘を受け、建築家を志したとのこと。中学時代には、学校の帰りに『新建築』を立ち読みするほどの「建築少年」となりました。もちろん、進学先の高校も、「好きな建築か」で選びます。穂積信夫さんと古谷誠章さんらによって設計された早稲田大学本庄高等学校へ進学し、長期休暇時には京都を訪れ、古建築から現代建築まで見て歩きました。その後、大学院では、憧れの穂積研究室に進学。卒業後は、1998年から六本木ヒルズの設計に関わり、2003年の開業とともに森美術館に移られました。
森美術館時代には50以上の展覧会の展示デザインを手がけたのだそう。特に印象深い仕事として、ダミアン・ハーストの《母と子、分断されて》(1993年)という展示に言及されました。この作品は牛をホルマリン漬けにしたもので、複数の法律に触れる可能性があり、設置には様々な技術的・法的課題があったとのこと。前田さんは、消防協議に力を入れ、ガスマスクをつけて、展示の実現に奮闘されました。
他にも、京都精華大学出身の若手アーティスト集団「ヒスロム」によるインスタレーションを実現するために、装置の技術的検討を行ったり、《東京ガーデンテラス紀尾井町》(2016年、Kohn Pedersen Fox)にてパブリックアートをプロデュースしたりと、多岐にわたる仕事をされてきました。特に力を入れてきたのが建築展のキュレーションです。「世界中の都市には国際的な建築博物館があるのに、日本にはない。もし日本で建築博物館を作ったとしたら?」という視点から展覧会を企画してきたといいます。2018年に森美術館で開催した「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」では、伝統建築と現代建築を比較しながら、日本建築が高い国際的評価を得ている秘密を探りました。2021年に京都市京セラ美術館で開催された「モダン建築の京都」展では、展覧会を超えた関連イベントやオフィシャルサロンまでプロデュースし、関連プログラムだけで2万4000人以上の集客に成功します。展覧会終了後も「京都モダン建築祭」というイベントに発展しました。こうした活動を通して前田さんが描くのは、「『建築鑑賞』という言葉が広まり、映画鑑賞や音楽鑑賞と同じように、人々が建築を楽しむ」未来なのだそうです。
仕事は発明するもの
クリエイティブに生きる方法の二つ目として、前田さんが提示されたのは「仕事は選ぶものではなく、発明しよう」という考え方です。
前田さんは、ご自身の経験を例に挙げながら、この考え方を説明されました。建築士は日本に115万人いる国家資格保持者であり、学芸員も年間1万人程度が資格を取得します。しかし、実際に美術館で働く学芸員は全国でわずか8000人程度。このように、それぞれ単独で見れば競争の激しい職業分野でも、「建築家と学芸員」という二つの専門性を掛け合わせることで、独自の立ち位置が生まれるのだといいます。「建築家の知識と経験をもとにミュージアムの企画やデザインができる学芸員」であり、同時に「学芸員の知識と経験を元にミュージアムの企画や設計ができる建築家」という二面性を持つことで、前田さんは他にはない仕事を「発明」されてきたのです。
実は、事前に、講座に参加した子どもたちからも「掛け合わせてみたい職業」についてアンケートを実施していました。例えば、「医者×古生物学者」という掛け合わせは、体の仕組み・薬品の取り扱い・細かい作業といった共通項に注目したお子さんからの回答です。「建築家×漁師」という一見異質な組み合わせも、漁師経験がある建築家は稀有な存在だからこそ、特別な視点が生まれる可能性があります。このように、職業を単一の枠に閉じ込めて考えるのではなく、複数の専門性や興味を掛け合わせることで、自分にしかできない仕事の広がりを生み出せるのです。

鳥の眼と虫の眼で観察、アイデアは言葉にして蓄積
クリエイティブに生きる方法の三つ目と四つ目は、「世界を観察する鳥の眼と虫の眼を持とう」と「アイデアは言葉にして蓄えよう」という心構えです。
まず前田さんは、世界の観察法について、「タラコスパゲッティ」「カレーライス」「カステラ」「ラーメン」などをあげ、「これらはどこの国の食べ物でしょう」と、子どもたちに質問しました。答えは、「全て日本の食べ物」。日本からみて西側には大陸がつながり、東側は太平洋だけ。西側から様々な文化が流入し、日本独自のかたちに変容してきた歴史があります。
このような日本文化の特性を捉えたのが岡倉天心であると前田さんは説明します。天心は著書『東洋の理想』(1866年)で「日本はアジア文明の博物館になっている。古いものを失うことなしに新しいものを歓迎する」と述べました。こうした視点を前田さんは「鳥の眼」と呼びます。「遠く」から広い世界を観察する眼、つまりグローバルな視点です。
一方、明治維新後の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で多くの文化財が失われようとしていた時代に、日本の伝統文化を守ろうとした岡倉天心の活動は、「虫の眼」の例です。「近く」から細かい世界を観察する眼、つまりローカルな視点です。さらに、こうした視点は空間だけでなく時間軸においても適用できるとのこと。例えば、前田さんが企画した「建築の日本展」では、縄文時代まで遡るという「遠い」視点を取り入れています。このように、遠近の視点の行き来により、物事の新たなアイデアや可能性が見えてきます。
こうして生まれるアイデアは、「言葉にして蓄える」のが最適です。前田さんは、インプットとアウトプットを同時に行う書き込み式の読書術を、10代の頃から実践されているとのこと。「書き込みがものすごく多い本こそ、自分にとって大事な本」だと前田さんはおっしゃいます。また、黒と赤のモレスキンノートを常に持ち歩き、それぞれにインプットとアウトプットを記録しする実践もされているのだとか。
「アイデアを言葉で蓄える」ことは、デザインや建築の世界でも役に立ちます。例えば、「可愛い組み立て式の椅子」と言葉でメモし、あえてスケッチにまで落とし込まないことで、具体的なかたちに縛られず、後々さまざまな方向に発展させることができるのです。

物事の裾野を見る
クリエイティブに生きる方法の五つ目として、前田さんが提示されたのは「オタクになろう」です。
この考えを視覚的に表すのは、意外にも、数式を立体化した模型の写真。これは、《数理模型》(2006年)という作品で、写真家・彫刻家・建築家として活躍する杉本博司さんが、東京大学に残されていた数理模型を撮影したものです。この作品は、後に、大手町プレイスの《SUNDIAL》(2018年)というパブリックアートにも発展しました。
ここから前田さんが読み取った哲学は、「最先端という点は実在しない。注目すべきところは、先端を支える、広く大きな底辺」というものでした。前田さんによれば、多くの人は常に「最先端」を追い求めますが、数学的に言えば「点」としての最先端は実在しません。実在しない点を追うことよりも、その最先端を支える「広く大きな底辺」に深い興味を持ち徹底的に探求すること、つまり「オタク」になることが、クリエイティブな生き方への近道なのです。
前田さんによると、「自分にしかできない仕事を探す」というビジョン、「仕事は選ぶものではなく発明する」というミッション、そして「鳥の眼と虫の眼で世界を観察する」「アイデアを言葉にして蓄える」「オタクになる」という具体的方法論。これらが組み合わさることで、「創造的・独創的=クリエイティブに生きる」ことが可能になります。この講演を通じて、アートは特別な才能を持った人だけのものではなく、誰もが日常の中でクリエイティブな姿勢を持つことで実践できるものだという、前向きで開かれたメッセージが伝わってきました。
岩永 薫