KAERUコラム「Architecture For Kids 地域に開かれたアトリエで初めて触れる“建築”」

2013年09月26日

言わずと知れた観光地、インドネシア・バリ島。ここに、毎年子ども向けの建築教室を開いている建築家の方がいます。

デンパサール市内にあるご自身のアトリエで、「Architecture for Kids」という1日限りのワークショップを2002年から毎年インドネシアの学期休みに合わせて開いているのは、建築家・Popo Danes(ポポ・ダヌス)さん。バリ島のリゾート施設などを中心に、バリの伝統とモダニズムを融合させた作品で知られる、インドネシアを代表する建築家のひとりです。
ワークショップの対象は主に小学生。申し込めば誰でも無料で参加でき、今回は5~11歳の子ども45人が参加しました。多くはバリ島に住んでいる子だそうですが、数人は長期休みを利用してジャワ島などインドネシアの他地域から来ているそうです。毎年参加している子もいるとのこと。

2013年7月6日、このワークショップを訪れました。

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子どもたちとの1日

当日は、朝8時過ぎから子どもたちが集まり始め、アトリエの広い庭でさっそくわいわいと走り回ったりしていました。9時半過ぎにワークショップが始まると、子どもたちは10のグループに分かれ、「Dream Houseを描こう」という課題を与えられて、A3の紙にそれぞれ家の絵を描き始めました。

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どんどん自分のイメージを絵にしていく子もいれば、なかなか描き始められない子もいましたが、スタッフに話しかけられながら、少しずつ筆を進めていきました。特に色のイメージにはそれぞれの感性があるようで、クレヨンやペンを何本も使いながら色とりどりの作品が仕上がっていきました。

new_3ジャワ島から妹と一緒に参加したこの子は、クレヨンでとてもきれいなグラデーションを描いていました。「将来はアーティストになりたい」とのこと。

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完成した絵はみんなの前で発表します。どの子も恥ずかしがらず、元気よく発表していたのが印象的でした。

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集中して絵を描いた後は、ブレイクタイム。有名な建物の名前や所在地を当てるクイズが行われました。マレーシアのペトロナス・ツインタワーやイタリアのピサの斜塔、オーストラリアのオペラハウス・・・正解者は賞品がもらえるとあって、みんな一斉に手を挙げていました。

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子どもたちにはお昼ごはんがふるまわれます。スタッフの皆さんも、いつもこのダイニングで、みんなで食事をしているそうです。

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お昼ご飯のあとは、ポポさんのアトリエ見学。ギャラリーも兼ねている仕事場を見学し、建築家の仕事に触れます。

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後半は、模型作りです。短時間ではありますが、色々な素材を使いながら、グループごとに相談して模型を作っていきます。

new_9グループごとの模型の発表。

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最後にもう一度、まとめのクイズ。建築家という職業について、配られたパンフレットから問題が出ました。賞品につられながら、子どもたちは一生懸命答えを探し、手を挙げます。

new_11子どもたちに配られた青いパンフレットには、「建築って何?」「建築家ってどんな人?」「建築家は何をデザインするの?」「どんな風に建築家は仕事をするの?」「建築家の道具は?」「有名な建築家は?」といった説明が英/インドネシアの2ヶ国語で書かれています。

ワークショップの日は毎年、インターンの学生も含め30人ほどのスタッフ総出で、子どもたちと時間を過ごします。日々、忙しいスタッフの皆さんにとっても、楽しい時間だそうです。ひとつのイベントをマネジメントし、教材などを準備することが、スタッフの教育にもなっています。

ポポさんの、子どもたちへの思い

ポポさんがこのワークショップを行っているひとつの理由は、建築家という職業を早い時期から子どもによく知ってもらいたい、という思いがあるからだそうです。

ポポさんは、お父さんが建築家であったため、小さい頃から「建築家」という職業に触れて育ちました。「将来は何になりたいの?」と聞かれて「建築家になりたい」と言うことは、ポポさんにとってごく自然なことでしたが、当時はそんなことを言う子どもは他にいなかったそうです。「建築家」という職業自体が、「医者」「パイロット」というのと同じ「職業」だとは認識されていなかったのです。「子どもたちが「建築家」を、将来の職業の選択肢のひとつとして考えてくれれば」とポポさんは言います。アトリエ見学や、建築家についてのクイズを行うのも、そのためです。

もうひとつの理由は、早い時期から子どもに創造の機会を与えること。ポポさんによれば「バリ島でも最近は、モノに満たされた生活を送る人が多い。公園も少ないし、子どもはどこに行くにも車に閉じ込められて行く。」子どもたちが自由に発想したり、広い庭をかけまわったりする機会を与えることが必要だと、ポポさんは考えています。

また、近年はインドネシア経済の発展や格安航空の登場で、子どもたちが海外や国内のリゾート地で充実した長期休みを過ごすことができるようになってきました。しかし、中にはどこにも連れて行ってもらえない子もいます。「そういう子どもにとって、新学期が始まって、友達が休み中の写真を見せてくることはストレスなんだ。このワークショップは無料で気軽に参加でき、参加証明書をもらえたり、新聞に取り上げられたりすることもある。参加した子たちにとってこのワークショップが、他の子どもがしている旅行などの体験に代わるものになれば」とポポさんは言います。

地域に開かれたアトリエで

ポポさんは次世代の教育に大変関心を持っており、アトリエではこのワークショップのほかにも、インドネシアの若手建築家がプレゼンやディスカッションを行うイベント「AUB3」を開いたりしています。また、インテリアデザイナーである奥さんは、土日に子ども向けのバリ舞踊教室を開いています。

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ポポさん自身によって「生命を吹き込む仕事場(A workplace that breathes life)」をコンセプトに設計されたこのアトリエには、とても風通しの良い空間がひろがり、先述のように広い庭やダイニング、ギャラリーが併設されているほか、駐車場の脇にはカフェもあります。地域に開かれたこのアトリエで、一日を過ごした子どもたちの表情には充実感がひろがっていました。

「これは、コミュニティに貢献するために私ができるひとつの方法なんだ。」

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ポポ・ダヌス Popo Danes
建築家。1964年、バリ島・デンパサール生まれ。1991年、ウダヤナ大学建築学科卒。オランダ留学を経て、1993年、自身の設計事務所を設立。2004年、バリ島・ウブドのリゾート施設「ナトゥラ・リゾート・アンド・スパ」でASEANエネルギー賞を受賞。他に、インドネシア国内でも受賞多数。

(文責:東京大学生産技術研究所 村松研究室 修士課程 神谷彬大)

※写真はすべて筆者撮影。

参考文献
Popo Danes Architectホームページ http://www.popodanes.com
Imelda Akmal. “New Regionalism in BALI ARCHITECTURE by Popo Danes”. Jakarta, IMAJI, 2011
“Arts community offers creative school holiday alternatives”. The Jakarta Post. 11 July 2007.
Wasti Atmodjo. “Popo Danes: Architect with a green conscience”. The Jakarta Post. 28 August 2008.

謝辞
お忙しい中、私を温かく迎えてくださり、インタビューの際は私のつたない英語での質問の意図を最大限くみ取って答えてくださったPopo Danes氏、また対応してくださったAndesita Oki氏をはじめとするスタッフの皆様と子どもたちに、この場をお借りして深く御礼申し上げます。