講座B「建築はどのようにつくられるか|台湾大学社会科学部棟」

2013年01月15日

12月14日に開催された講座B 第13回目の講義は、現在建設中の国立台湾大学社会科学部棟がテーマです。この建築は、2009年に竣工した「高雄スタジアム」、現在建設中の「台中メトロポリタンオペラハウス」とともに、これまで伊東豊雄建築設計事務所が台湾で手がけてきた3つの大きな仕事の中のひとつです。今回は、伊東豊雄建築設計事務所の古林豊彦さん、矢部倫太郎さんを講師にお招きし、仕事を受けてから3度の大きな転機を経て、今日に至るまでのプロセスについて、お話しいただきました。

まずは、計画の概要に関して。この大学の前身は、1928年に帝国大学の一つとして設立された台北帝国大学です。第二次世界大戦後の1945年に中国に接収され台湾国立大学となりましたが、今日でもキャンパス内には日本人の総督府営繕課が手がけた近代建築が多く残されており、他の旧帝大と同様にバロック的なキャンパス計画がなされています。そして近年、既存の校舎が手狭となり、キャンパス北東に位置する既存の芝生広場に新たな社会科学部棟が建設されることとなり、2006年に大学側から伊東豊雄事務所へとその設計が依頼されました。建築の機能としては、図書室をはじめ、カンファレンス・ホールや教室、研究室が求められました。こうして、現地の設計会社とタッグを組み、国立大学という大きな組織を相手に、大規模な建築計画が始まりました。以後、現地で3回のプレゼンテーションを経て、最終的な設計案が決定されました。

パース

1回目のプレゼンテーションは2007年の4月に行われました。伊東事務所は、風の通り道として多くのヴォイドを持つ、全長168mのワンボリュームの建築を提案しました。各階の平面計画は長方形から重なり合う3つの円弧を切り取った形態とし、南側にはメッシュ状のコンクリート壁面を介して広場と一体化するオープンなスペース、北側には教室などの閉じた空間を配置しましたが、この計画に対して大学側は「建物が一つの大きな壁のようで、広場に対して存在感が強すぎる」と返答し、形態を考え直すよう求めました。

スケッチ

それを受け、翌月2回目のプレゼンテーションでは、建築からグリッドがにじみ出て広場へ広がってゆくというイメージのもと、波紋のアルゴリズムを用いて建築とランドスケープを一体的にデザインする案を提示しました。

模型

具体的には、北側に3つの大きなボリューム(高等研究院、政治学科、経済学科)を配置し、波紋状に切り取られた低層部から広場へと、いくつもの円弧が重なって展開してゆきます。しかし、大学側の事情で要求のプログラムから高等研究院をなくすとの変更があり、高層部が2棟となると外観のバランスがくずれてしまうため、この案は根本的な見直しを余儀なくされました。

スケッチ2

こうして、高層部と低層部の配置や大きさ、全体のボリュームの再検討が行われた結果、9月に行われた3度目のプレゼンテーションでは、グリッド構造を基礎とする北側の校舎を高層棟と、植物のアルゴリズムに基づいた新しい構造配置を基礎にする南側の広場に独立した図書館という、2つのボリュームから構成される案に至りました。この建築のシンボルとなる図書館部分では、規則的なフラクタル図形のような「静的」なデザインではなく、植物が自分で場所を選んで生えてくるような「動的」なデザインとすべく、植物の成長アルゴリズムである、逆方向のスパイラルを重ねあわせたダブルスパイラル・ネットワークが採用されました。

ここからは、実施図面や施工現場での写真を交えながら、現在実際に建てられている建築の設備や構造に関して、説明が行われました。

設備

図書館の空調には、床下に冷水を流してその輻射熱で室内を穏やかに冷やす輻射冷房が採用されました。この冷房システムは、ダクトを天井に這わせることを避けるためだけでなく、床面に近い居住域部分のみを適切に空調できることから省エネ効果も得られます。しかし、台湾にとって大変新しい技術であったために大学側を説得することが困難で、何度も説明してやっと了承を得ることができたそうです。

照明

照明では、さらに省エネ効果に配慮して、室内全体をアンビエント(周辺環境)照明で控えめに照らし、作業面はタスク(作業)照明を用いて必要な時に局所的に明るくするというタスク・アンビエント照明が採用されました。アンビエント照明は、直径1.7mの円盤を天井から吊るし、そこから上向きに天井を照らす間接照明とすることで、床に照明用のポールを立てることなく、部屋全体をやわらかく明るくすることが可能となりました。

家具

また、図書室の家具は、多摩美術大学付属図書館と同様、藤江和子さんが手がけました。藤江さんは波紋の説明を受けていないにも関わらず、模型をじっと観察してスパイラルを感じとり、その流れに沿うような家具を提案されました。伊東事務所の人々は、建築側のアルゴリズムを読み解いた藤江さんの観察眼に大変驚かされたそうです。家具を曲線状に配置することで蔵書数や使いやすさ、見通しに問題が生じないよう、書架の配置や高さ設定(2.5mと1.4mの2種類)、さらにサイン計画は入念に検討されました。また、家具の材料には台湾の代表的工芸技術でもある竹の集成材を用いることとし、台湾大学の農学部の実験林が所有する工房を利用することで、高級な素材ながらも比較的安価に仕上げることができました。

施工

そして、図書館の構造の要となるコンクリートで被覆された鋼管の柱の建設に際しては、様々な試行錯誤が重ねられました。当初、鉄の型枠で実験を行ったところ表面の仕上がりが汚くなったことから、FRP(繊維強化プラスティック)の型枠を用いて、柱を3つの部分(柱垂直部、柱中間部、柱頭部)に分けてコンクリートを打設することにしました。この FRPの型枠を作成するためには、さらにその型枠が必要とされるため、現地の高い木材加工技術を生かし、高精度の木の型枠が作成されました。

こうして最終的に、非常に精度の高いコンクリート柱が実現することが可能となりました。また、これらの柱のうち、外壁側の柱には屋根面で受けた雨水を地下へと水を流すためのドレンが通され、一方、内側の柱には地下水を屋根面にまくための撒水栓が設置されており、雨水を利用した熱負荷低減手法が用いられています。

外観

最後に、2週間前に撮影されたばかりの施工現場の写真を紹介しながら、近年伊東事務所で課題となっている、建築の境界に関して、お話がありました。せんだいメディアテークや台中メトロポリタンオペラハウスにおいては、構造を外壁で切断してその断面を見せることで、建築が外部へと広がってゆくよう意図されていましたが、今回の図書館では、台湾の厳しい日差しを遮るために庇が必要とされたこともあり、柱を外壁に合わせて切断せずに、外側に出すことで、外部との連続性を持たせています。古林さんは、建築と外部環境との境界に関しては、3.11以降、伊東事務所が「みんなの家」プロジェクトを手がける中で何度も話し合われてきたテーマであり、今後も考えてゆくべき大きな課題であるとして、講演を締めくくられました。

今回の講演では、大規模な国際プロジェクトにおいて新しいデザインや設備を提案する際には、相手を説得させるだけの高いプレゼンテーション能力が必要とされることがよく分かりました。そして、3.11以降の伊東事務所の設計に対する考え方の変化が、既に実際のプロジェクトに反映されているという事実が、とても印象深く感じられました。ぜひ実際に社会科学棟を訪ね、グリッドから展開してゆくダブルスパイラルの動きを体感し、建築と外部の境界の問題についてじっくりと考えてみたいと思います。