講座B「建築はどのようにつくられるか|藤江和子氏 特別講義」

2013年01月29日

2013年最初の講座Bは1月18日、家具デザイナーの藤江和子氏を講師にお招きして、伊東建築塾神谷町スタジオにて開催されました。

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先ずはじめに伊東塾長から「飲み友達」として紹介された藤江先生。付き合いは長いそうですが、デザインの上で共作したのは多摩美術大学の図書館が初めてだそうです。

これまで色々な建築家と共同作業をしてきた藤江先生ですが、その中から今回は伊東豊雄建築設計事務所とコラボレーションした作品にしぼり、その作品が出来上がるまでのリアルな作業過程をお話ししていただきました。

今回、講義していただいた作品は『多摩美術大学図書館』『台湾大学社会科学部図書館』『座・高円寺』『ヤオコー川越美術館』の4つです。

「人と人をつなぐ仕事」をテーマに、これまで40年ほど仕事をされてきた藤江先生。最近は伊東事務所との仕事が増えているそうですが、その初めてのコラボレーションとなった『多摩美術大学図書館』について、先ずはお話ししていただきました。

その発端は伊東さんからの電話だったそうです。最初図面を見て、どんな空間かイメージできずに困ったといいます。藤江先生曰く「沖縄の槇文彦さんの海洋博覧会記念公園水族館を思い出した」そうですが、どうやらそれとも違い、空間を把握する為に1/20の構造模型をつくって、あらゆる家具配置を検討されたそうです。そこでまず全体の計画を練りながら、同時に家具をどうやってつくるかについても考えました。先生曰く「家具は構成要素が少ない」ので、“できそうにない”というのはマズいといいます。全体を考えながらディテールも同時に考えていき、素材の目処もかなり早い時期につけて進めていくとおっしゃっていました。

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そうして検討していく中で、建築的な特徴である頭上のアーチや床の勾配を体感でき、林を散策するようなイメージに人々を誘導するような配置で、木々をすり抜けるようなアーチの空間的体験に加えて、直接かかわり建築空間が見えるように欄間の“透ける壁”のようにデザインされたということでした。

全体のコンセプトが決まる過程を説明していただいた後、それぞれ個別の家具の作業過程を教えていただきました。印象的だったのは、既存の家具のかたちにとらわれず、建築との関係性を意識してそれぞれの家具をデザインされているということです。たとえば、建築がコンクリートとガラスのみで成り立っている。一方学生と接していて触感覚が薄らいでいる危惧があり、家具も化粧のない素肌をいかし、合板の仕上げに塗膜を用いないという選択をしました。これは汚れるということで大学側と少々もめたそうですが、その建築の中にある家具の在り方として、どういうかたちがベストかということを、モックアップで試しながら一から考えていく姿勢が印象的でした。

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配管や家具の支持材についてもう少し早い段階で関われていればと触れつつも、「建築の空間を楽しむ、その良さを最大限に引き出すという意図は実現できたかな」とおっしゃっていました。

つづいて、前回の講座Bのテーマであった『台湾大学社会科学部図書館』についてお話しいただきました。先ず意識されたのが21万冊という圧倒的な蔵書数で、本を収蔵しきれるか常に計算しながらのデザイン検討だったそうです。デザインの上では、空間に柱が林立していることが気になったそうですが、当初ダブルスパイラルの説明をされていなかったため規則性が分からず、色々と模索されたといいます。しかしそうして色々なパターンを試している内に、柱をつなぐ曲線上にのせると上手くいく、ということに気が付かれたそうです。

台湾大学

また蔵書数の問題も、部分的に書架を高くすることでスパイラルのダイナミックさを強調し、世界をつくるエネルギー、宇宙に広がっていくような森羅万象というテーマ性をより高めて解決されました。書架は全て竹の集成材を用い、竹の強度を集成したことによって18mmという薄さが実現したそうです。

台湾大学棚

またこの作品で台湾の方々と一緒に仕事をされた際に、平面図を描かなかったり、NCカッターの精度の高さに驚かれたりとカルチャーショックがあったことについても触れられていました。

三つ目は『座・高円寺』です。最初見たときに「なんとも怪しい…」という印象を抱き、60〜70年代のアングラ劇場での夜を思い出されたそうです。ここでは、演劇の前後の時間を意識され、移動して色々なかたちで使える“屋台”を考案されました。時間や置かれ方で場面が変わり、色々な表情を見せる。「劇場ならそうあるべきだ」と藤江先生はおっしゃり、ここでも“家具”という枠にとらわれず、その場のポテンシャルを引き出す“仕掛け”を考える、そんな藤江先生の姿勢が感じられました。『座・高円寺』において、「生きた建築の家具の在り方」を示すことができたのではないかといいます。

高円寺

最後にお話しいただいたのは『ヤオコー川越美術館』。ここでも家具がなるべく目立たず、建築のシンプルさに品よく同調するような在り方を目指されたそうです。最初、保健所の規制でカフェのカウンターを閉じねばならず、デザインとディテールと費用の兼ね合いに苦心されたそうですが、途中でその規制がなくなり喜ばれたという裏話も聞かせていただきました。展示室のソファに関しては、シンプルなかたちでありながら、“いい感じで座れる”、ということを実現するため、スプリングやクッションの素材、布の貼り方や納まりなど、素材の使い方についてあれこれと検討を重ねたそうです。美術館に置かれる家具は「本質を受け止めるような家具でないとダメ」だと藤江先生はおっしゃっていました。

ヤオコー川越美術館

 

最後に、これまでの藤江先生自身の仕事におけるテーマの変遷を述べられて講義の方を一旦締めくくり、質疑応答の方へ移って伊東塾長を始め聴講者からの質問に答えてくださいました。

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伊東塾長がおっしゃっていたように、藤江先生はその建築のコンセプトを、家具を通してビジュアライズされるという特徴が感じられます。それは藤江先生の本質を見抜く鋭い観察眼があってこそなせる業なのでしょうが、その裏には藤江先生の建築に対する深い愛情があるのだということを今回の講義を通して知ることが出来ました。職業は“家具デザイナー”ですが「建築が好き」、それゆえに藤江先生のつくられる家具はどこか空間的で、目立ち過ぎず、建築の一部のようで、家具の枠にとらわれない。「建築の素敵な所をもっと味わいたい。そういられるような家具をつくりたい。そこを味わえるようにしたい。」と藤江先生がおっしゃっていたのが印象的でした。

質疑の中で、「用途の決まっていない家具はどうデザインしますか?」という質問に対して、「それは今は答えられません。」とおっしゃっていたのも、家具や、自分のデザインありきではなく、その空間の中においてどういう在り方が最適か、ということを考えられる藤江先生の姿勢ゆえにだと思います。

その一方で、素材の扱いや技術的な問題に関する繊細さは、やはり建築とは違うスケールの家具ならではという感覚が感じられました。

藤江先生の中で、“家具デザイン”は「自分の感覚が(直接)届くところまで」だそうです。伊東塾長が最後に「住宅ならば感覚が届く。住宅の設計はやらないのですか。」と聞かれると、「大変だからやらない。でも興味はあります。」と答えていらっしゃいました。建築家・藤江和子のデビューも、もしかしたら実現するかもしれません。

普段は見られない、家具デザインが出来上がっていくリアルな過程について、丁寧にお話して下さった藤江先生に、心より御礼申し上げます。

石坂 康朗

※ 藤江和子アトリエのホームページはこちらからご覧いただけます。