講座B「建築はどのようにつくられるか|安東陽子氏 特別講義」

2013年04月03日

2月23日の講座Bは、テキスタイルコーディネーター・デザイナーである安東陽子氏を講師にお招きし、「建築はどのようにつくられるか|特別講義」を開催いたしました。

伊東豊雄建築設計事務所では、ほとんどの建築で安東さんにテキスタイルのお仕事を頼まれているそうです。冒頭で伊東塾長から、テキスタイルデザイナーはプロジェクトに関係なくデザインをする人も多いが、安東さんは特定のプロジェクトに相応しいデザインを仕上げてくれる貴重な人、とご紹介がありました。

IMG_6875

安東さんは先ずご自身の経歴について簡単に説明してくださいました。去年独立されたばかりの安東さんは、それまで20年程六本木にある「NUNO」という、生産から販売まで手掛けるテキスタイル会社に勤めていました。最初はデパートでの販売を中心に仕事をされていたそうですが、そこでそれぞれの人にきちんと似合うコーディネートをするということの大切さに気付かれたといいます。その後、六本木のショールームで働くようになり、約10年間、建築家の方々とお仕事をする中で、伊東塾長や青木淳さんらとお知り合いになられたそうです。

多摩美多摩美術大学図書館(八王子キャンパス) 伊東豊雄建築設計事務所

ここから本格的なレクチャーに入り、NUNO時代から独立後のインテリアのお仕事まで幅広くご紹介していただきました。先ずは伊東事務所とのお仕事に始まり、その他山本理顕さん、隈研吾さん、谷尻誠さんなどのアトリエ事務所とのお仕事や、鹿島建設のような大手ゼネコンとのお仕事、或いは東日本大震災における間仕切りプロジェクトなど、様々な空間、コンテクストの中で手掛けられたテキスタイルデザインについて、丁寧に説明してくださいました。それぞれの建築の中で、どう感じ、何を意図して、そのデザインを選ばれたのか、いくつかの作品については実際の生地を廻してくださったので、参加者一同サンプルを手に取ってしげしげと眺めながら、イメージを膨らませ、興味深く安東さんのお話に耳を傾けていました。

最後は独立してからの二つのプロジェクトについて説明してくださり、講義の方を締めくくられました。展示について、それを見て建築家が、自分たちの空間に入れたら面白そう、そういうことを考えるためのモックアップのような意識でつくった、と語られていたのが印象的でした。

mitateギャラリーMITATE 展覧会 撮影:片村文人

その後、参加者からの様々な質問に答えてくださいました。講義の方では、ひとつひとつのプロジェクトの中でテキスタイルの人がどのように考えてデザインに取り組んでいるのか、そのリアルな過程を伺うことができ、参加者は各々感じるところがあったと思いますが、質疑応答ではそこに通じるもう少し抽象的な、概念のようなものを伺うことができたように思います。

IMG_6870

たとえば安東さんは、「テキスタイルは“組み合わせ”」とおっしゃっていました。安東さんは先ず空間を見て、「こんな生地があったらいいな」という風に考え始め、空間に合わせてつくるので、同じものをそのまま使うことはまずないといいます。しかしそれはまったく一からオリジナルでつくるという訳ではなく、組み合わせを変えたり、色を変えたり、様々な趣向を凝らして“オリジナルに仕立て上げる”のです。その空間に入ったときに“オリジナル”と思えればいい、オリジナルに見えることが大事だとおっしゃっていました。

IMG_6872

また、安東さんはテキスタイルそのものよりは“空間”の一部になる素材としてのテキスタイルに興味がある、ということを話してくださいました。空間が面白くて、建築家がどう考えるのかに興味がある。特に建築や建築家に関わるとその後、つまり空間、人、社会などの、次につながっていけるような気がするとおっしゃっていました。

この話を聞くと、以前同じように建築が好きだと語ってくださった家具デザイナーの藤江和子先生の話が思い出されます。建築が、いわゆる建築家のみでなく、このように建築を愛する様々な人の手によってつくりあげられていると思うと、建築を見る目もまた変わるように思います。

しかし空間に興味を持ちながら、手段はやはり“テキスタイル”。その素材のもつ特性についても教えてくださいました。生地=やわらかい、ではなく、生地の持つ心地よい緊張感を持たせて、質のいいやわらかさを目指さないといけないといいます。しかしそのやわらかさ故に、たとえば人が動くとカーテンが揺れる。そういう精度が出ないところに布の魅力があると語りました。

名称未設定せんだいメディアテーク  伊東豊雄建築設計事務所

テキスタイルはそれだけでは成立せず、色々な影響を受け易い。またいい空間であれば何でも合うといえば合ってしまう。しかしそのもう一つ先に踏み込んで、空間の質を上げることのできる力も持っている。風が吹けば揺れるように、すぐ影響を受けてしまうが、ちょっと掛けるだけで空間を変えられる、自由な可能性がある。だから様々なヴァリエーションがあって、飽きることがない。そんな布の持つ「ひとりで生きていけないというか、色んな人と共存していくようなところに共感する」と語られる安東さんは、「たまたま担当している」と言いながらも、やはりまぎれもなくテキスタイルのプロフェッショナルでした。

幾重にも重ねられたオーガンジーのような、繊細でかつ奥深いテキスタイルの世界を案内してくださった安東さんに、心より御礼申し上げます。

石坂康朗