講座B「建築はどのようにつくられるか|多摩美術大学図書館(見学)」

2013年04月28日

3月9日に行われた講座Bは、いつもの伊東建築塾神谷町スタジオを飛び出し、東京都八王子市にある多摩美術大学八王子キャンパスへと足を伸ばしました。2月22日の講座で解説していただいた、伊東豊雄建築設計事務所の実作である多摩美術大学図書館の現地見学会です。講義の内容を踏まえつつ、それがどのような形となって実現しているのか、建築はどのようにつくられるかを、実際の建築を通して感じることの出来る重要な機会です。普段の講座はスタジオでのレクチャーが主ですが、それらのお話が貴重で大変興味深いものである一方、このように実物に触れて考えるということが、やはり建築に関わる者にとっては非常に大切だと感じます。

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案内をしてくださったのは講義でも解説してくださった伊東豊雄建築設計事務所の庵原義隆さんです。まず1階アーケードギャラリーに集合し、改めてこの建築の概要を説明してくださいました。2004年から1年半を設計、もう1年半を施工に費やし、3年かかって完成したプロジェクトです。多摩美術大学70周年記念のシンボルとして計画され、大学の様々な学科の人たちが交流できる場所として、また作品が一堂に会する場所として、様々な活動が一度に見渡せる空間というのが意図されました。特に初めて訪れたときに、長く続く整地された勾配の地面がとても気持ち良く、それを如何にして建築に取り込むかというのがひとつの大きなテーマとなったそうです。

アーケードギャラリー撮影:大橋富夫

最初は集合場所であったアーケードギャラリーから説明してくださいました。1/20勾配を持つこの空間のコンセプトは、当初から大学の人たちに気に入ってもらえたそうで、正門から入った生徒たちが通り抜けて向こう側へ行けるような空間が目指されました。ガラスの向こう側に図書館スペースを臨みますが、それらはただ仕切られるのではなく、その境界は“インフォウォール”と名付けられました。インフォウォールは木のフレームの中にさまざまな仕掛けが施され、図書館の中の情報をアーケードギャラリーに向けて発信します。また、境界をガラスにすることで、ゼミや小規模授業などの中の活動を見せるということも意識した“ラボラトリー”という空間を紹介してくださいました。イメージとしては、オランダ解剖学の黎明期に、手術台を皆に見せていたような感じだといいます。

アーケードギャラリー中央あたりのゲートを通ると、図書館スペースです。入って右側のオフィスの床はフラットに仕上げてありますが、左側閲覧スペースの床はやはり1/20の勾配があり、そのまま外の景色へとつながっています。裏側のボリュームに階段やエレベーターを詰め込んで、ひとつづきの空間ながら見える・見えないの工夫をかなりされたと話してくださいました。

雑誌コーナー撮影:石黒写真研究所

新刊の雑誌コーナーでは、藤江和子さんデザインのマグテーブルに並べられた色とりどりの雑誌が目を惹きます。色鮮やかな表紙を活かす平台置きを実現するため、バックナンバーは全て裏にしまうという手法をとりました。また床が傾斜しているので、下側から見ると雑誌の表紙が一望できるようにもなっています。

その奥、図書館北東側のラウンジエリアは、藤江さんが最初模型を見た時に、この図書館で一番気持ちいい所はここだと指摘された場所です。一番気持ちのいい場所は一番リラックスした姿勢で本を読むのがいいと、寝転がれる大きなソファが設置されました。このソファに込められた想いは以前、藤江さんの講義で詳しくお話ししていただきましたが、この建築のキーである1/20の床の勾配、それを最も身体的に感じることのできる空間として仕上げられています。

映像閲覧ブースでは、講義でも伺ったように色々な見方が想定されています。思い思いの時間を過ごすところからバーカウンターをイメージしたというメディアバーは、勾配床に対し台が水平なため場所によって高さが違い、それぞれが自分の気に入った位置を見つけます。じっくり観たい時のメディアブースは、飛行機のファーストクラスをイメージされたそうです。それとは別に授業用のAVブースもあります。

2階撮影:石黒写真研究所

続いて2階へと移動しました。2階はガラスで大きく二つに仕切られており、階段を上って左側が“見える閉架”と呼ばれるスペース、右側が開架スペースとなっています。閉架は約10万冊、開架は約12〜3万冊の蔵書があり、書棚はやはり藤江和子さんのデザインによるものです。開架スペースの書棚の高さは1300mm。小柄な女性でも視線が通るように設計されています。一方気になる本を手に取って書棚の間のソファに腰掛けると、目線が書棚より低くなって、本に埋もれる感覚を味わえます。また落ち着いて本を読める空間をつくろうと、アーチを塞ぐように設置された書架に囲まれた閲覧デスクも用意されています。その他に窓際や閉架の中など色々な所に閲覧席は設けられており、各自の見方に合った場所を選んで本を読むことができます。

カーテン撮影:伊東豊雄建築設計事務所

この建築はそれぞれのスラブが異なる勾配をしているので、場所によって階高がかなり異なります。2階北側のアーチが最も大きく、小さいところとの高さの差は3mほどにもなるので、実はかなり幅広い大きさのアーチによって構成されています。アーチの最大部は、もともと北側に大きな開口を持つように計画されていて、それならばカーテンがなくても平気だと想定していたそうです。
安東陽子さんデザインのカーテンが机の上に落とす影も、特徴的な風景を形作っていました。

コンクリートの見た目に関しては、職人さんとも話されてその中で生まれた風合いは敢えて残しておこうということになったそうです。

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最後に外に出て外観を見学しました。講義の時にも話題となっていた、コンクリートの面にガラスをぴったりと合わせる仕上げは、TOD’S表参道と同じ手法だそうですが、この図書館では更にガラスを曲げるという操作が追加されています。賛否のあるその仕上げですが、庵原さんは宝石のようで、シンボル性をもつ建物としては良かったのではないかと語られました。

一通り見終えた後、参加者からの質問に答えていただき、参加者からは「落ち着きと開放感が同時にある」などの感想が寄せられました。庵原さんの解説を聞きながら、講義を思い出し、実現した空間の中で参加者はそれぞれ感じるところがあったと思います。講義を聞いて体感したいと思っていたポイントも、実際に訪れて気になったポイントも、各自で違うことでしょう。次に訪れた時はまた異なる印象を抱くかもしれません。その幅が建築の難しいところでもあり、また面白いところでもあって、だからこそ建築はどのようにつくられるかを考える意味があるのだと思います。

質問の終了後自由解散となり、時間のある方は引き続き図書館を見学されていました。

見学に際し、講義に続いて丁寧な解説をしてくださった庵原さん、また多摩美術大学図書館スタッフの皆様には心より御礼申し上げます。

石坂 康朗