KAERUコラム「建築スクール Arkki -未来のまちに関与できる子どもを育てる」

2013年08月25日

フィンランドのヘルシンキにある、子どものための建築スクール、Arkki(アルッキ)は、1993年に建築家のピヒラ・メスカネン氏(現Arkki校長)をはじめとしたメンバーによって創設された、フィンランド初の、建築教育と環境教育を行う放課後学校です。
本コラムでは、筆者が2012年6月に現地訪問をした経験を交えつつ、Arkkiの概要をご紹介します。

Arkkiの設立背景と理念

フィンランドでは、1970年代初頭に基礎教育(義務教育)の9年制導入が開始されました。それに伴い、授業時間数を大幅に削減された芸術教育を補完する形で、保護者・教師・芸術家らによるアートスクールの支援活動や、自治体による芸術教育支援が起こりました。環境教育や、人工環境(註1)といったトピックは、こうしたアートスクールの活動の根幹をなす要素でした(註2)。

1992年以降は、芸術分野の基礎教育に関する法律やカリキュラムが次々と整備され、建築教育もその一分野として認知されるようになりました。建築やデザインの教育に特化した、子どものためのアートスクールが設立されたのも、この頃です。1998年に公布された、フィンランドの建築政策においても、環境に関する意思決定と議論に参加できる市民の育成の観点から、建築の基礎教育の重要性が述べられています(註3)。

Arkkiは1993年に子どもが放課後に通うクラブ活動を始め、今日まで20年に渡り活動を展開してきました。その活動は、芸術分野の基礎教育の普及や、人工環境に関する市民意識の醸成といったコンテクストから、国内外の注目を集めています。

20世紀に世界で活躍した建築家、アルヴァ・アアルトを輩出したフィンランドでは、いわゆる職能者としての建築家を育成するための、専門教育への関心も、低くはありません。しかし、Arkkiの目標は、建築家を育てることではありません。子ども達に建築や環境と関わる経験を提供し、将来的に、どんな職業・立場であれ、人工環境の発展に関与し、参加したいと思える心を、芽生えさせることを目指しています(註4)。Arkkiの理念は、「良好な環境はすべての市民の基本的な権利である(註5)」という政策に通じ、「建築教育は、人工環境に関する人々の理解を深化させ、自らを取り巻く環境に向けて一人一人が変化を起こす責任と可能性をもっていることに気づかせてくれるだろう(註6)」という強い信念に裏打ちされています。

組織とプログラム

Arkkiでは、4歳から19歳までの子ども500名以上が、ヘルシンキ周辺の3都市で、年齢・経験別に分かれ、毎週行われる建築教育・環境教育の長期コースに参加しています。季節ごとに行われる短期プログラムの参加者も合わせると、年間約1000名もの生徒がArkkiに通っています。

Arkkiのカリキュラムと授業は、校長のメスカネン氏とNPOスタッフ、そして、50名以上の建築家達に支えられてきました。Arkki専任の講師もいますが、ヘルシンキ周辺の建築家達が、仕事の傍ら非常勤に来ていることもあります。

Arkki architects 2013Arkkiの建築家達、2013年 (photo: Ulla Pitkanen)

メスカネン氏は、Arkkiの建築教育について以下のように述べています(註7)。

「Arkkiにおいて、子ども達は、人工環境、自然環境、そして、それら二つの環境の関係の、様々な側面を教わります。Arkkiは、様々なプロジェクトを通して、建築について教えています。プロジェクトの多くは、大小様々なスケールによって構成されています。

建築教育は、子どもが彼らの環境を認識し、考察し、理解し、概念化し、評価する能力を育てることを目的としています。建築教育は、私達が地域、国、そして人類に帰属していると感じられるような、個人の文化的アイデンティティーの発達を支えているのです。こうした帰属意識は、身近な環境づくりに参加し関与したいという気持ちを人々に育む重要な要因となります。地域のアイデンティティーは、グローバルな意識と持続可能な発展に向かう第一歩なのです。

よい建築と快適な環境は、全ての人間の基本的な権利です。今日の子ども達は、未来の市民であり、意思決定者です。建築教育は、身近な環境に対する深い理解と、未来により良い環境を求める主張を、私達の中に生み出す手助けをしてくれます。

Arkkiでは、建築教育が、未来の環境の創造に関与する新しい可能性、方法、媒体を子ども達に与えてくれると、信じています。」

Hatut帽子型建築プレゼンテーション:興味を引くプロジェクトの裏側に本当のテーマが隠されている (Photo: Arkki)

colorful snow architecture 7Colorful snow architecture, snow workshop in MFA, England 2012 (photo: Arkki)

Lego city_photo Pihla Meskanen

LegoworkshopP_photo_NIINA_HUMMELIN
Kalasatama lego city workshop in Kaaperi, Helsinki 2012 (photo: Pihla Meskanen, Niina Hummelin)

light wall small picLight wall, Arkki spring exhibition in Kaapeli, Helsinki 2013 (photo: Arkki)

アウトリーチ

 実際のまちや建物に関与するプロジェクトが行われてきたことも、Arkkiの魅力の一つです。その一例として、2006年から2007年にかけて、ヘルシンキ市都市計画局の招待により、Hernesaariという元造船所の地区の再開発マスタープランの提案に、Arkkiの子ども達が参加しました。3歳から18歳までの約100名の子ども達と、ファシリテーターの建築家達が、それぞれの年齢・経験に応じた方法で提案に参加した、とても大きなプロジェクトです。ヘルシンキ市では近年、ウォーターフロントを中心に多数の再開発プロジェクトが進められており、都市計画局による情報提供や市民参加システムの整備も細やかに行われています(註8)。Arkkiと都市計画局の協働は、ヘルシンキのまちづくりを本当に市民に開かれたものにしていくために、教育的にも、政策的にも、意義深いものと考えられます。

Hernesaari
Hernesaari local master plan 2006 (photo: Arkki)

また、日本人ユニットyutakana(大橋香奈・大橋裕太郎)とArkkiが共同で構築したプログラム「C my city!」では、ウェブサイト上で、子ども達が自分のまちを紹介し、未来のまちへの提案を行っています。プログラムによって、ウェブサイト上に簡単な方法でデジタルコンテンツを掲載することが可能になったため、子ども達はArkkiの授業の一環として、パソコンを使ってコンテンツの制作やアップロードを行うことができます。子ども達の制作したコンテンツは、まちの地図と共に、世界中の人々がインターネットを通して見ることができるようになっています。同コンテンツは、Nomadiというアプリケーションを使用し、携帯電話でも見ることができます。

Arkki訪問

筆者は、2012年6月、ヘルシンキを訪れ、Arkkiを訪問しました。6月のヘルシンキは、完全な白夜にはならずとも、日照時間の長い、爽やかな夏でした。夏休み中の子ども達は、午前中からArkkiのサマーコースに通い、昼食もみんなで一緒に食べます。

SONY DSCメスカネン氏(左)と建築家のヤン・インゲロイネン氏(右)(筆者撮影)

SONY DSC名前のレタリングと、住みたい家のスケッチをする子ども達(筆者撮影)

午後には、サマーコースのキャンプに参加するため、ヘルシンキ郊外に出かけました。メスカネン氏に連れられて、幅広の幹線道路の脇の茂みを抜け、ひっそりとした森の奥に足を踏み入れると、突然、秘密基地のような光景が目前に現れました。

SONY DSCArkki設立当初からキャンプに使っている森(筆者撮影)

その秘密基地のような光景は、「ハット・ビルディング・キャンプ」というプログラムで、Arkkiの全体カリキュラムのうちの小さな一部として、16年間続けられてきました。子ども達は、木の枝や、つる、アシの葉等、自然の素材を使って、世界中の様々な文化における伝統的なハット(小屋)を制作し、完成したハットに保護者を招いて、キャンプを行います。

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SONY DSC様々な素材・形態のハット(筆者撮影)

Arkkiで特別に訓練された建築家達に指導されて、10歳に満たない子ども達も、金槌やのこぎり等の道具を器用に使い、チーム毎に協力して制作に当たっていました。感心して見ていると、道具や素材で遊びだしてしまった子が、しっかりと怒られており、チームワークや、自然の中で暮らす作法についても、学んでいることが見て取れました。

SONY DSCハット制作に取り組む建築家のヘルッタ・アヴェナイネン氏(中央)と子ども達(筆者撮影)

より良い環境と社会を求めて

Arkkiは、建築教育や環境教育を通して、より良い環境を希求し、環境に関する意思決定や議論に参加する心と術を子ども達に育もうとしています。ハット・ビルディング・キャンプにおいても、自然と向き合い、チームの中の他者と向き合い、身の回りの環境づくりに参加し関与したいという気概が、子ども達から伝わってきました。その気概の背景には何があるのかと、考えてみたところ、一つは、子ども建築塾のある東京と、Arkkiのあるヘルシンキでは、日照時間も違えば、季節に対する感じ方も違うという、気候条件の違いが考えられます。自然環境に独特の条件があるヘルシンキでは、人工環境からくる人々への負荷を、物理的にも、精神的にも減らし、環境のリスクを最小化するということが、より良く生きる一つの術と言えるかもしれません。もう一つは、環境-教育-社会の筋道が、ヘルシンキではしっかりと示されていることです。具体的には、環境教育を通して、一人一人が良い環境を享受する基本的な権利を守り、身近な環境に変化を起こすことができるような、より良い社会をつくっていくということです。東京でも環境教育は盛んに行われていますが、身近な環境に向け小さな行動を起こすことが、自らの手でより良い社会をつくっていくことにつながっているという考え方は、子ども達にどれだけ広がっているでしょうか。Arkkiの理念に見た社会への洞察は、伊東建築塾の取り組みに関しても、建築と環境、教育、そしてその先に何を実現させたいかということを考えさせてくれます。

(文責:東京大学生産技術研究所 村松研究室 博士課程 田口純子)

1.建物等の人工物によって構成される、物理的環境。Built environment.

2.Mikko Hartikainen, Art and Architecture Education in Finland, in Pihla Meskanen and Niina Hummelin (eds.), Creating the Future: Ideas on Architecture and Design Educaion (Helsinki: Arkki School of Architecture for Children and Youth, 2010; available at http://www.arkki.net/), pp. 6-9.

3.The Finnish Association of Architects (SAFA) (ed.), The Finnish Architectural Policy: The Government’s architectural policy programme 17 December 1998 (Arts Council of Finland and Ministry of Education; available at http://www.minedu.fi/), pp. 16-17.

4.Arkki – Aims, Arkki website (http://www.arkki.net/). 基本情報は同サイトを参照。

5.SAFA, op. cit., p. 6. 日本語訳は、稲葉武司「フィンランドの建築政策」(2006年度日本建築学会大会(関東)研究集会資料「成功する建築・まちづくり教育支援活動の実際」)による。

6.メスカネン氏へのインタビューより、2012年6月11日、Arkkiにて。

7.メスカネン氏のノートより、2013年8月20日。

8.都市計画局職員の多くは建築家であり、市民参加を促し情報公開・意見収集を行うとともに、計画の調整を綿密に幾度も重ねる。ヘルシンキの繁華街に、都市計画に関する情報発信拠点のLaituri(ライトゥリ:フィンランド語で「桟橋」の意味)を置く。

謝辞

Arkki校長のピヒラ・メスカネン氏、スタッフの皆様、子ども達には、視察訪問時に温かく迎え入れて頂き多大なご協力とご助言を賜りました。大橋香奈氏、大橋裕太郎氏には、ヘルシンキと東京の教育のあり方について有益な議論を交わして頂きました。ヘルシンキ市都市計画局の吉崎恵子氏(故人)には、同局の人工環境教育支援に関して懇切丁寧なご指導を賜りました。この場をお借りして深く御礼申し上げます。

お知らせ

2014年5月、Arkkiは建築教育に関する国際会議Creating the Future 2.0を開催します。
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