会員公開講座 渡辺謙+安藤竜司『気仙沼復興への想い』

2014年06月15日

昨年度開催するはずだった会員公開講座『気仙沼復興への想い』は、今年2月に日本列島を襲った大雪のため延期となっていましたが、念願叶って、5月11日恵比寿スタジオにて開催されました。今回講師にお招きしたのは、俳優の渡辺謙さんと、宮城県気仙沼市の「磯屋水産」社長を務める安藤竜司さんです。

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安藤さんが震災後のまだ整備も進んでいない湾沿いに、新たな建物を建てようと思われたきっかけの一つは、行政による防潮堤の計画でした。地震による津波被害を防ぐため、湾に沿って6mという巨大な防潮堤を設置するという計画に対し、安藤さんは美しい気仙沼の景観が失われるのではないか、という強い危機感を持ったそうです。そこで安藤さんは瓦礫の処理も進んでいない土地をとりあえず買ってしまうという大胆な行動をとられました。特に具体的な計画も決まっていなかったということですから、本当に驚くべき行動力です。

気仙沼

そんなところに、謙さんが震災後の取材を通じて、気仙沼にインタビューに来られました。謙さんは、安藤さんをはじめとする気仙沼の方々と出会い、彼らにとても親しみを感じ、震災からの復興に何か尽力できればという思いを抱かれていました。しかしながら、謙さんは当初、安藤さんの大胆ながらも無謀とも思える行動に驚きを隠せなかったようです。そんな中、安藤さんの一枚のスケッチが謙さんの心を動かしました。そこには魚屋、自転車屋、スポーツジム、カフェなどが楽しげに描かれていました。

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それを見た謙さんは、磯屋水産の新店舗の敷地の一角に建築を建て、港の近くで“みんなが集まれる場所”(=後のK-Port)をつくろうと決意しました。そして、伊東塾長が中心となって進めている「みんなの家」の活動に共感され、「K-port」の設計を伊東豊雄建築設計事務所に依頼されました。また、「K-port」の隣に再建する「磯屋水産」本社も、同時に伊東事務所が設計を手がけることになりました。

そうして始まった「K-port」の計画ですが、当初は芝居小屋として話が進んでいたようで、五角形という独特の平面もその名残のようです。しかし謙さんは「いつもみんなが集まれる場所、ちょっとしたスペース」が必要だと感じていました。芝居小屋では常に人が集まる場所とはならない。そこでカフェ兼イベントスペースへと計画が変更されました。屋根は雄勝のスレート葺、外壁は焼杉と東北伝統の技術が盛り込まれています。

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内装は赤を基調とした空間ですが、一部を白壁とすることで、展示やパブリックビューイングに使うことを可能としています。

果歩さん読み聞かせ1

もうひとつの特徴として、建物内には靴を脱いで上がる方式が採用されていますが、当初は一般的なカフェのように外履きで入るように計画されていたそうです。しかし、プレオープンのパーティーの日が何と大雨。まだ建物周辺の敷地が整地されていなかったために、土足で入ると床が汚れてしまうことから、急遽スリッパを用意して靴を脱いで上がってもらうようにしました。そうしたところ、意外にもお客さんに好評だったそうで、謙さんと安藤さんは、お客さんに寛いでもらうには、むしろ靴を脱いでもらっても良いかもしれないね、という結論に達したそうです。

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謙さんは「K-port」を拠点としてみんなに集まってもらうため、さまざまな企画を考え、開催してきました。その中にはあまり上手くいかなかったものもあったそうです。しかし大切なのは、とにかくやってみること。トライ&エラーで進んでいくしかないのだということです。さらに渡辺さんは、こちらから企画を提供し続けるのではなく、地元の人からも提案してほしいと考えていました。復興支援ということで始まった「K-port」ですが、企画を通して地元の方と交流を深めるうちに、謙さんの心境は変わっていきました。「一緒に楽しく何かをしたい」。そこに「復興支援」という言葉はもうなくなっていたと言います。やがて、震災復興を超えた地元の方との繋がりができてきました。

新年挨拶

「K-port」は、地元の方が集まるための場所。「俺たちのK-port」であってほしい。お二人のそんな願いを実現するため、様々な工夫をしていました。例えば、全国圏のメディアによる大々的な告知を控え、地元の方が来やすい雰囲気をつくられました。また、玄関に座る場所をつくるなど、親しみやすさをつくろうとしました。

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次に、「K-port」のロゴマークについてのお話になりました。「K-port」のロゴマークは、デザイナーの中山ダイスケ氏が仲間に呼びかけて集まった案の中から決められたそうです。幾つかの候補の中から謙さんの目に留まったのが、灯台から光がさす現在のマークでした。そのマークを見て謙さんは、最初に現地を訪れた際の真っ暗な気仙沼の夜を思い出したそうです。「K-port」はみんなの「光」になってほしい。そういった願いとぴったり一致したマークでした。このマークは灯台と光で「K」の文字を描いています。「K-port」の「K」には気仙沼の「K」、渡辺謙の「K」、絆の「K」、心の「K」という四つの意味が込められています。そして「port」は心の港を意味しています。

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現在、「K-port」の隣には安藤さんが社長を務める「磯屋水産」が建っています。こちらは三階建ての建物で(実は安藤さんのスケッチでも三階建てになっています!)、一階が店舗になっています。鉄骨の柱には潮風による錆防止のために樹脂が施され、全面はお客さんが入りやすい様に開口が大きくとられています。側面には解体ショーをみることができるよう、窓が設けられています。

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安藤さんは建設当初、震災後の資材不足、人材不足のときにこの建物を建てていいのか、悩んだそうです。しかし防潮堤によって気仙沼の景観が損なわれるのを防ぐため、そして何もなくなってしまった土地のランドマークをつくるため、謙さんとともにそこに建てることを決意されました。何よりご自身のふるさとである気仙沼を再生させたいという強い思いがありました。そこに謙さんが来てくれた。そのときの自分の感動を多くの人に分けたい、ということも語られていました。

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講義の終盤で、謙さんは気仙沼の魅力について語られました。「K-port」は様々な方の協力を得て完成することが出来ました。更に、気仙沼元来の魅力が重なったと語られます。気仙沼は独立自治区のような、あるいはいきなり世界を見ているようなスケールの大きさがあるそうです。そういった地元の活力も、渡辺さんが行動を起こす理由になったようです。

最後に謙さんは、「とにかく行くこと、行ってみること。」と強調しました。誰かに呼ばれなくても、何の計画がなくても、とにかく行くことでそこから何か生まれる。この言葉から謙さんの強い行動力と熱い思いを感じました。一枚のスケッチから始まったお二人の挑戦が、今後どのように続いていくのか非常に楽しみです。

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終始、安藤さんと謙さん、そして伊東塾長の談笑が続き、気さくな雰囲気で幕を閉じた今回の講座は、二時間という時間が短く感じられました。お忙しい中、講座にお越しいただいた安藤さんと謙さん、ならびにご清聴くださった参加者の皆様に心より御礼申し上げます。

川副祐太