塾生限定講座「座・高円寺」レクチャー

2015年02月03日

2014年8月8日、恵比寿スタジオにて、伊東豊雄建築設計事務所の東建男氏を講師に迎え、「座・高円寺」についてのレクチャーが行われました。およそ2時間にわたるレクチャーでは、建築の概要についての説明、プロポーザルや実施設計の際のお話、建設現場や完成後の様子、劇場の運営について、さまざまな観点からお話しいただきました。
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「座・高円寺」はJR高円寺駅から東の方向に5分程歩いた場所にあり、すぐそばを環状7号線が通っています。もともとは杉並区公民館があった場所で、建て替えに伴い、小さな劇場をつくることになりました。
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2005年にプローザルが行われた後、約1年半かけて実施設計を行い、2年におよぶ施工期間を経て、2009年に完成しました。

プローザルの際、伊東豊雄建築設計事務所が掲げたテーマは、
① 庶民的な親しみやすさ
② 仮設的な軽さ
③ 秘めやかさ
④ フレキシビリティ
の4つでした。東さんのご説明の中で、“劇場というよりは、芝居小屋をつくる”という言葉が印象に残りました。

鉄の箱
プローザルの段階では、屋根も含めてシームレスな鉄でつくった単純な箱状の形態で、地上のボリュームを抑え、地下に大きなボリュームを持たせた建物を提案しました。
そして、まちに対して開くのではなく、周辺環境を考慮して、あえて閉じた方が良いと考えたそうです。

また、同じ規模のホールを2つ設計するという要件があったそうですが、こうした要件は劇場の設計においては極めて珍しいことだと言います。これは、演出家の佐藤信さんの提案であったことが、お話の中で分かりました。
2つの同規模のホールは性格を違わせ、1階には平土間にして様々なかたちにアレンジできるようなプロ仕様のホールを、地下2階には固定のステージと客席が備わったホールを提案しました。具体的な仕様までは要項には書かれていなかったそうですが、その意図を読み取って提案したのが良かったのではないかと東さんは仰っていました。
構造についても、色々なアイデアを出した上で、本当に実現できるのかどうか検証し、確証を得たら惜しみなく導入していくというプロセスに、設計者の勢いを感じました。

屋根スタディ
プロポーザルで選定された後、住民の意見や演出家の佐藤信さんからの要望を受け、芝居小屋をつくるのであれば、屋根に表情をつけた方が良いだろうとの考えから、屋根のスタディが始まりました。法規制に基づくシミュレーションからボリュームを想定し、それを元に7つのかたちの円筒形、円錐形に沿って削り出すという方法でスタイロフォームを削っていくと、平面のかたちに縛られず、ダイナミックで自然なかたちができることが分かりました。実際にかたちにするには、断面の構成、機能性や施工性など、様々なせめぎ合いの中で判断が下されると言います。

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1階のプランは方向性のない単純な平土間になっており、その要となるホール「座・高円寺1」は、コンサートの舞台の要領で専門職の人が手作業で組んでいくステージデッキという方式が採用されています。舞台装置のウインチも数台のモーターを自由に配置することができ、単純でありながらも可変性に富んだ実用性の高いホールができ上がったといいます。

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地下2階にあるホール「座・高円寺2」は固定席になっており、講演にも演劇にも使用しやすいエンドステージ型です。

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同じフロアにある「阿波踊りホール」は名前の通り、高円寺周辺で盛んに行われている阿波踊りの練習の他、演奏会や会議等にも使われます。
さらにその地下には、舞台の稽古場や作業場があります。

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階段を上った2階には、カフェとオフィスがあります。カフェでは、一般のお客さんに混じって、劇場のスタッフがミーティングをする光景もしばしば見られるそうです。

設計は細かいことの積み重ねで、厚みのあるもの同士をおさめていくことは非常に大変なのですが、ときには大胆な発想をしたり、禁じ手をつくらないようにすることが大事だという東さんの言葉が印象的でした。

現場
続いて、現場での話に移っていきます。
まず、外壁のパネルやトラスの写真に圧倒されました。外壁も屋根の鉄板も現場で溶接されたそうですが、東さんは「竣工後も多少のゆがみが残ったことで、鉄板らしさや人の手の痕跡が出て良かった」と言います。階段の向きを現場で急遽変更したというエピソードや、7月にレクチャーしていただいた照明デザイナーの東海林弘靖さんによる照明計画についてもお話しいただき、現地での見学がさらに楽しみになりました。
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劇場をつくる人は、空間をシンプルかつコンパクトにつくり、空間・演者・観客の距離を近づけるという役割も担っていますが、これが結構難しく、単純なようで奥深いと言います。
座・高円寺は、杉並区から指定管理者として業務の委任を受けたNPO法人劇場創造ネットワークが運営を担っており、演出家の佐藤信さんは芸術監督という立場で座・高円寺に関わっています。東さんによると、杉並区の住民は演劇人が多いそうですが、演劇に興味を持たない方にも劇場に対して親しみを持ってもらうために、カフェの運営やフリーペーパーの発行、商店街の人たちを対象とした優待券の配布、演劇スクールの開催など、さまざまな活動を行っています。外部の業者に発注して頼むのではく、自分たちでアイデアを出しながら工夫して観客や地域の人びとを楽しませることを考えているようです。地域の子どもたちのことも大切に考えており、毎年、区内の小学校5年生の児童を劇場に招待しているそうです。
今回のレクチャーを聞いて、座・高円寺の中では空間・演者・観客が、外では劇場・運営者・地元の人が、それぞれの距離を身近に感じることができる場所になっているのではないかと思いました。そして、東さんをはじめとする伊東事務所のスタッフの方々の建築や劇場に対する情熱を感じることができ、とても良い勉強になりました。特に東さんが質疑応答のときに話してくださったことが深く印象に残っています。

塾生 木平岳彦