会員公開講座 長岡淳一さん、阿部岳さん(株式会社ファームステッド)「農業をデザインで変える」

2017年08月23日

7月8日、「地方にこそデザインのチカラを!」をビジョンに掲げて活動されている株式会社ファームステッドの共同代表・長岡淳一さんと阿部岳さんをお招きして、今年度第3回目の会員公開講座が行われました。講座前半では農業のブランディングに関する考え方について、後半では実際に取り組まれた事例についてお話ししてくださいました。

ファームステッドとは
まずは、会社とお二人の自己紹介。株式会社ファームステッドは本社を北海道帯広市に構える、農業を始めとする第一次産業にデザインを活用しながら地域のモノ・コトを発信するデザイン・ブランディング・カンパニー。長岡さんがプログラムやテーマづくりをするクリエイティブディレクター、阿部さんがブランディングを形に落とし込むアートディレクターという役職分担でブランドデザインを進めて行きます。プロデュースの依頼が来たら、まず現地へ向かい、その地域を感じ、地域の人々とコミュニケーションをとる、ということを大切にされているそうです。本社が帯広であるのも、そのように「地方の現状を常に感じておく」という会社の精神が反映されているのですね。

“地方にこそデザインを。一次産業にデザインを。”
なぜお二人は、一次産業におけるデザインとブランディングの必要性を訴えるのでしょうか。その原点には、十勝で育ち農業が身近にあったという環境、ダイレクトに消費者に届けたいという農家さん達の意識の変化に触発されたことなどがあるそうです。また、現在、地方生産者は、海外産農作物の普及・後継者の不足・農業人口の高齢化などによる農業情勢の不透明感に苛まれています。さらに、生産のプロであっても、そのプロモーションの仕方に関しては多くの農家さんが困難さを感じていることをお二人は強調されます。そこで、その問題を打開するための策として、プロモーションを同一にしたデザイン戦略とサービスの差別化、つまり「世界一のうちのジャガイモ」をつくる生産のプロ達が困っているプロモーションの側面を、デザインという専門知識によってサポートすることで他の農産物との違いをはっきりとさせること、の重要性に思い至ったそうです。

ファームステッドのブランディング手法
CI––Corporate Identity=企業の独自性を明確にすることが、その根本的考え方にあります。数々の大企業のロゴマークを示しつつ、ブランドの理念・ミッション・誇りを戦略的につくり上げて効果的にデザインすることの大切さを話してくださいました。これは、会社のイメージに直結する大切なプロセスです。さらに、その話題は戦国時代の侍達がその背中に掲げる「旗印」にまで広がります。それは、まさに、自分の信念をシンボルとして表すモチベーションの表れ。このような「旗印」によって、農家さんの“顔”をつくり、様々な人々が一目見て「あ〜、この農家さんね!」と合点のいくブランディングの実現を目指されているのです。

お二人の取り組み——農家さん達とのふれあいを大切にして
ここからは、お二人がこれまでに取り組まれたいくつかのプロジェクトについて紹介をしてくださいます。

まず、「カントリーホーム風景」さんについて。北海道鹿追町に牧場とファームレストランを構え、飲むヨーグルトが看板商品。ファームステッドのお二人との関係は、その飲むヨーグルトのデザイン依頼を受けたことがきっかけです。ここで大切にされたことは、スーパーに並ぶ「商品名が一番大きいデザイン」ではなく「誰がつくっているかわかる」デザインを実現することでした。また、百貨店の催事イベントへの出展も視野に入れて、高級感のある“ユニホーム”で商品のイメージ統一を行います。デザイン打ち合わせ後、営業担当をされている牧場のご次男からは「武器ができた。これは売れる!」という言葉が口を衝いて出ました。長岡さんは「このように農家さん自身が前向きな気持ちになることが大切だ」と強調されていました。

次に、「本山農場」さんについて。本山さんは北海道美瑛町で大規模農場を経営されており、トマト・ジャガイモ・玉ねぎ・小麦などを精力的に生産されています。加工商品がない「本山農場」さんですが、自社のロゴマークをつくりたい!という熱い想いからプロジェクトはスタートしました。ロゴマークのコンセプトになったのは、おじいちゃん子だった本山さんが大切にするお爺様の形見のカナヅチに刻まれていた「マルモ」印。「モ」の字を斜めに傾け、上昇感を表しました。この継承された“スピリット”は、修学旅行生や農業体験に来てくれた人に渡す農作物を入れるダンボールに刻印されました。箱詰めするおばさんたちが言っていた「うちの箱だから丁寧につめないとね〜」という言葉に、自分たちのものを届けるという責任感が表れます。そして、このロゴは店頭に並ぶ野菜に添えられたり、HPが作成されたり、つなぎや車にも刻印されたりしました。さらに、本山さんは農場へ入る道のたもとにロゴマーク入りの看板を設置。「旗印」として農場のシンボルをしっかり示し、自分たちのモチベーションを高めるメディアになったのです。

続いて、ハッピネスデーリィ/嶋木牧場さんについて。嶋木さんは、アメリカでの留学をきっかけに、6次産業という言葉がない時代から、イタリアからジェラートマシンを輸入して農家でアイスクリームを売っていた強者農家さんです。嶋木さんとのプロジェクトでは、ブランド力を強化して数ある商品をリニューアルすることがなされました。色を決めて、メインモチーフとして牛と牛乳缶を配置しました。百貨店に商品を並べることが多いので高級感を大切にし、原点であるアメリカっぽさを滲ませました。新聞社にプレスリリースすることで発信力の強化も行いました。この取り組みの成果として、お土産用に置いていたチョコレートの売り上げは二倍になり、「ラクレットカレー」は牧場発のカレーで最も売れているカレーの一つになりました。また、大手航空会社のファーストクラス食にハッピネスデーリィのチーズが採用されたそうです。まさに、イメージ戦略と“ブランド化”によって大成功した例だと言えます。

最後に、「フルーツのいとう園」さんについて。福島県福島市にある、ぶどう・りんご・桃などを生産されている農家さんです。震災の影響でギフトを中心に売り上げが伸び悩んだ危機感から、デザインの依頼がやって来ました。ここでは、お二人は道の駅などに売られる干しぶどうやジュースに目をつけ、他農家との差別化を図るために、「旗印」作成から始まりました。コンセプトは、「ヨーロッパ型のみせる農園」。完全にプレミアムな商品として売り出すことにしました。黒地に金色という旗印に、箱入りの干しぶどう。農作物のコンベンションでは、その目を引く見た目から真っ先に取材陣がやって来たそうです。「福島は安心・安全だと世界に広めたい」という思いもきっと実現したことでしょう。

“「農業デザイン」で畑に旗を立てる。”
「人間関係をゆっくりつくりながら、デザインとブランディングで想いをかたちにして伝えたい」とお二人は熱意を込めます。他の業界はブランディングに力を入れてその仕組みも確立させているのに、まだまだそれが徹底されていない農業界への危機感と、農家さんたちと一緒になって想いを伝えるという使命感に駆られてお仕事をなさっている長岡さんと阿部さんは、「一次産業もブランディングをすることが当たり前になってほしい」とおっしゃいます。農家のモチベーションを高める農場のロゴマークはまさに「旗印」であり、お二人の手法は”FI–Farmers Identity”をつくることである、という言葉で講演を締めくくられました。

地方創生やまちづくりなど、地方を元気にする取り組みが注目を集める昨今。現代の市場システムにいかに農業を組み込むかということを真剣に考え、農家さんたちと真摯に向き合うファームステッドの長岡さんと阿部さんの姿に、人間同士の信頼関係・つながりや、都市と地方の新しい関係性を現代社会に再構築する未来を見ることができました。

岩永 薫