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いよいよ、今週末から2012年度の伊東塾講座Bが始まることとなり、神谷スタジオにて開講式が催されました。
ゴールデンウィークから引き続き大気が不安定で、外はあいにくの悪天候となってしまいましたが、集合時刻の30分以上前から参加者が続々と集まり始め、予定開始時刻の19時にはほぼ全員の方が揃い、開講式がスタートました。
伊東豊雄先生が挨拶をした後で、まずは会場に集まった塾生と賛助会員による自己紹介が行われました。建築家や建築学科の学生だけでなく、土木、都市計画、さらにはジャーナリストや弁護士の方まで、本当に幅広い分野の方々がいらしたことに驚かされました。また、3.11をきっかけに建築について考え、今回の受講を決めたという受講生が多かったことも印象的でした。
つづいて、伊東塾長より講座Bの趣旨とスケジュールに関して説明がありました。当講座は一年制で、授業は全18回( 基本隔週、月2回開催)で、その内容は大きく分けて3つのテーマから編成されています。
ひとつめは、「建築はどのようにつくられるか」。授業では、伊東豊雄建築設計事務所設計の作品を具体的に取り上げ、アイディア段階から竣工に至るまでの設計過程や施工過程、その他構造や設備、ランドスケープも含めて講義するととともに、実際に建築や建設現場に訪れることにより、建築に対する理解を深めます。
ふたつめは、「江戸から昭和にかけての東京を知る」です。日々慣れ親しんだ場所も、よくよく観察すると、様々な時代の断片を読み取ることができます。講座では、歴史に詳しい専門家とともに実際に庭園や下町を訪れて、東京の近世から今日に至るまでの歴史を学びます。
最後は、昨年度の若手建築家養成講座において正面から取り組んだテーマである、「大震災から未来のまちを考える」です。震災から約一年を経て、被災地では復興事業が具体的に動き出しています。今年度は、実際に現場で尽力している市長や住民を招いてお話を伺い、今後のまちについて議論します。
これら3つのテーマを通じて建築や都市について考えるにあたり、塾生同士のコミュニケーションが非常に重要です。伊東塾長は、講座Bでは少人数だからこそ気軽に互いの意見を交わすことができる、「文化的サロン」のような集まりにしたい、とおっしゃりました。
今年度の講座Bの概要がわかったところで、昨年の若手建築家養成講座がどういった内容であったか、具体的な説明がありました。昨年は開講前に起きた3.11を受けて、まずは6月に被災地である釜石でのワークショップを行い、住民の人々の声を聞きながら塾生同士で話し合い、今後どうしてゆくべきかを議論しました。秋以降は、実際に「みんなの家」の設計に取り組みました。「みんなの家」は被災地の人々が気軽に集まるための場所であり、住民や様々な企業の協賛を得て、現在も竣工に向け着々と工事を進められています。今年度の講座Bは講義と見学会がメインですが、もし塾生から積極的に行動を起こしたいと要望があれば、昨年のように被災地と関わったり、何か情報を発信していく可能性もあると伊東塾長からの言葉もありました。
一通りの説明が終わると、質疑応答の時間です。初めはやや緊張した雰囲気だったのですが、途中でお酒が入ると会場内は一気に打ち解けて、被災地の状況や「みんなの家」、子供塾などに関して様々な疑問が寄せられ、伊東塾長を囲んでみなで議論しました。その後は、料理とお酒を片手にそのまま懇親会の流れとなりました。年齢も分野も幅広い方々が集まっていたこともあり、会場内では様々なテーマが話題にのぼり、多いに盛り上がりました。こうして、あっという間に時間が過ぎ、講座B最初の顔合わせは和気藹々とした雰囲気のなかで解散となりました。
いよいよ13日から初回の授業が始まります。伊東塾長のいう「文化的なサロン」を目指し、これから一年間、講座Bの雰囲気づくりを大切にしてゆきたいと思いました。1年間の講座を通じて、塾生で多いに議論して、建築に対する考えがどのように変化してゆくのか、今からとても楽しみです。
伊東豊雄建築設計事務所の高池さんからの「釜石商店街のみんなの家」現場レポート第三弾をお届けします。
伊東豊雄建築設計事務所の高池さんから届いた
「釜石商店街のみんなの家」現場レポート第2弾を下記にご紹介していきます。
昨年度、若手建築家養成講座で取り組んできた「釜石商店街のみんなの家」について、
しばらくレポートができていませんでしたが、現場の方は、既に工事が進んでいます。
伊東豊雄建築設計事務所の高池さんからの現場レポートより、進捗状況をお知らせしていきたいと思います。
先日の3月24日、子ども建築塾の最終回が行われました。1年間を通しての子ども建築塾のフィナーレです。
この日はそれまでの成果をA1サイズ一枚にまとめたボードを用いて自分の建築のプレゼンテーションを行います。
一人プレゼンテーションの持ち時間3分、講評が2分。全部で20人の塾生たちがいるので、子どもにとってはかなりの長丁場です。
審査員は伊東豊雄、村松伸さん、太田浩史さんが務めます。司会は、私、山本至がおこなわせていただきました。拙い司会ぶりでしたが、3名の先生方のするどい意見と、子ども達から飛び出す不意をつくようなコメントに助けられました。
子ども達のプレゼンテーションはみんな見事です。原稿を見る訳でもなく、ほとんどの子が建築の特徴や、設計理念について、的確に語るのです。正直に、小学生の子達がここまで見事なプレゼンテーションをするというのは予想外でした。
計ったかのように、3分間の時間をきっちり使う子もおり、彼等の努力の成果がボード以外からも感じ取れます。
2分の講評は、大学生達にたいする講評会とほとんど差はありませんでした。先生達からは敷地の特性についての質問がでたり、麻布十番と建物のコンセプトの関連についての質問がでたり、そしてそれらの質問に全く動じずに応答する子ども達。世界でもこんなことをしている小学生達はなかなかいないでしょう。
講評会では、子ども達からも互いのアイデアについての寸評をもらいました。先生顔負けのコメントを残す子もおり、終止盛り上がっていました。
最後に、子ども達全員に卒業証書として、伊東さんデザインのバッジを贈呈。その後村松伸さんと太田さん、そして伊東さんからそれぞれの賞状が贈られます。各賞2人ずつ選ばれました。
選定基準として3人の先生方に共通していたのは、都市的なスケールで物事を見ることができていたか。その一言に尽きるのではないでしょうか。その言葉通り、既存の建物を用いて動物園という機能を都市と共に考えることができていた案、そして植物が都市の中で生成していくように建築を考えていた案、この2つが見事伊東豊雄賞に輝きました。他の子達のアイデアも見事なものばかりで、小学生とは思えないほど洗練された案を披露する子もいれば、歳をとると発想しがたくなるような自由奔放な案をプレゼンする子もおり、非常にバラエティに富んだプレゼンテーションばかりでした。
交番がクリスマスツリーのように設計されており、祭事と共に建物が変化するアイデアはボランティアで来てくれていた学生達からは特に人気がありました。他にも段々状の菜園レストランは建築的にも非常に緻密に計画されており、その鮮やかな模型表現によって、誰もが訪れてみたくなるような雰囲気を持っています。村松賞に輝いたケーブルカーは、みんなの建物を繋ぐ役割を果たしており、都市交通の要ともいえる作品です。太田先生によるとコロンビアにあるメデジンという都市はケーブルカーを街に設置したことによって治安の良さが劇的に回復し、街としての魅力を取り戻したそうです。都市そのものをよりよく発展させる要素は、当たり前ですが建築だけの仕事ではないんだと、しみじみ感じました。
卒業証書授与、及び賞状授与が終わったあとは、お楽しみ会を開きました。お菓子やジュースで乾杯をし、一年間の労をねぎらいます。最後の別れを惜しむように、子ども達はあちらこちら走り回り、終止大騒ぎでした。
お楽しみ会の後は、伊東さん、村松さんを囲んで、ボランティアの学生達と共に懇親会をしました。その間、村松研の田口さんがずっとインタビューを撮影していたのですが、お酒もはいったせいかなかなか白熱した議論を繰り広げる方々が多かったです。
これで子ども建築塾の1年目が幕を閉じました。素晴らしいフィナーレになったと思います。1年間子ども建築塾のブログにおつきあいくださった皆様、誠にありがとうございます。来年度も継続してブログを続けて行きますので、楽しみにしていただけたら幸いです。今後とも伊東建築塾を見守っていただければこれほど嬉しいことはありません。ありがとうございました。
子ども達へ:
この一年間のみんなの成長ぶりには本当に驚かされました。
講評会の最後で、村松先生が言っていた言葉をおぼえていますか?
「良い建築家になりたいなら、建築だけでなく、様々なことをしなさい。」
これは僕もまさしくその通りだと思います。大学生になって、建築をやるということを決意したら、どのみちそれしかできません。以前、伊東先生から言われたがあるのですが、もし建築をやるなら、他のことをしている時間なんかない。ひたすら図面を描き、模型を造り、建築のことだけを考えていなきゃいけない。
だからこそ今のうちに様々なことを経験しておくのはとても重要です。本を読むなり、絵を描くなり、旅行へ行くなり。
正直言うと僕も、もっとそういうことをやっておけばよかったと後悔することがたまにあります。
それは建築の道に進まない人にも、全く同じことが言えます。
何の道に進もうが、様々な経験の総体によって人間はできています。
紋切り型の表現にはなってしまいますが、そういったことを積み重ねて、社会を変えるような人間になってください。子ども建築塾でみんなが学んだことが、その足がかりとなったら、こんなに嬉しいことはありません。
一年間おつかれさまでした。
また会える日を楽しみにしています。
ボランティアのみなさまへ:
一年間おつかれさまでした。
今まで小学生と接することはあっても、小学生と建築について語り合うことなんてなかったんじゃないでしょうか。こちらの拙い手際により、みなさまには苦労をおかけしたと思います。
ただ、この機会を通して、伊東さん、村松さん、太田さんが子ども達に語った言葉はみなさんにとっても大きなヒントとなったはずです。学生に語る言葉よりも子ども達に対して訴えかける言葉ほどダイレクトなものはないでしょう。そこから皆さんが何かを学びとっていただけたら幸いです。
皆様のおかげで楽しい1年間となりました。
引き続きお手伝いをお願いできる方々はよろしくお願い致します。
お世話になりました!
3月末で伊東建築塾|これからの建築を考えるを退塾させていただくことになりました。法人の準備立ち上げから2年あまり、塾がスタートしてからは塾生(大人も子ども)のみなさまと1年を過ごさせていただきました。法人のみなさま、塾生のみなさま、ヴォランティアでお世話になったみなさまがたに、あらためて御礼申し上げます。
今回の子ども建築塾は前回の続き、プレゼンテーションボードをより詳細につくりこんでいきます。ボランティアのお兄さんお姉さんに手伝ってもらいながら全体の構成を決めて、様々な素材で埋めていきます。
プレゼンテーションボードには模型以上に、子ども達の特徴が如実に表れます。色を使う、使わないというのは基本的なことですが、文章量の内容や一番目立たせている素材等、どれ一つとってもみんな根本的に違います。それは当たり前なのですが、どうも大人や学生以上に個体差がある。
私たちはプレゼンテーションボードの理想型というある種のステレオタイプを頭の片隅に持っています。最近の流行で言えばSANAAのようにごくごくシンプルに、余計な線はつかわずに、あっさりと仕上げるスタイルは最も人気があるうちの一つでしょうか。また学生には、模型写真に簡単な手書きをいれて、コミカルに演出する人も多いようです。ところが海外に行くと3Dモデリングは当たり前で、パースがよりリアルであればあるほど好まれる。どちらにせよこれらはみんなそれ以前にモデルがあり、そこから刺戟を受けた人々によって拡散していく。先人を手本にすることは決して悪いことではありませんが、その結果、うけの良いプレゼンテーションボードというのが確立されていきます。
それに対して子ども達は建築のプレゼンテーションボードなどまともに見たこともありません。前回の授業で、伊東さんが岐阜で勝ち得たコンペの時のものを簡単に紹介しましたが、それだけです。
何の知識もないまっさらな状態でつくっていくからこそ、それぞれ個性的なものになるのですが、もちろんそれが裏目にでる場合もあります。
一つ一つの素材をお絵描きのように緻密に仕上げることにだけ注視してしまい、全体の構成を疎かにし、ちぐはぐなものになってしまう。ところが驚くことに全体の構成にはじめからすごく気を使っている子のほうが、個々の素材もより緻密に計画されているのです。つまり全体とそれぞれのパーツが連動しており、むしろ全体計画をすることによって個々の素材がより濃厚に描写されていく。それは図面にしろ、文章にしろ、絵にしろ、全てにおいて言えます。
「個は全にして、全は個である」という言葉があります。大げさかもしれませんが、その言葉通り、全体と個の関係性というのは表裏一体。それは人間社会にも同様のことが言えます。ミシェル・フーコーの言うように我々人間は社会的動物であり、人間存在というのは生まれたときからその社会によって大きく規定されている。しかしその社会というのもまた人間によって規定されおり、鶏と卵のようにどちらが先にくるものでもないのです。
人間と社会の関係をプレゼンボードに置き換えるのはおおげさだと思われるかもしれませんが、恐らくそれは何においても言えることなのではないでしょうか。建築と都市の関係、人間と建築の関係、部屋と建築の関係、人間と地球の関係。
全体性を把握することによって、個がより鮮明になる。子ども達のプレゼンボードからはそんなことを学んだ気がします。
子ども建築塾も残すところあと一回です。次回はいよいよ発表会。彼等が卒業後、この社会の中で明瞭な個でいられることができるようになれれば、今期の子ども建築塾は成功したと言えるのではないでしょうか。
次回の発表で子ども達がどんなことを言うのか、寂しいようでもあり、またとても楽しみでもあります。